第3話
……わたしの
そこそこの商社に、そこそこの年数勤めている。
会社の雑用係といわれる『総務部』にいるんだけど、その中でもひときわ雑用度合の高い『総合システムサポート課』という部署にいる。
わたしの普段の仕事は、他の社員が使うパソコンの保守だったり、サーバーの管理だったり、主にIT関係。
会社のホームページ作ったり、公式ツイッターの更新などもしている。
わたしはコンピュータが好きだったので、それは苦にならなかったんだけど……。
部署にいるアシスタントが、わたしと相性最悪だった。
「エリーチェ、いつか小さくてもいいから、おしゃれなカフェをやるのが、夢なんですぅ~」
腰掛けを堂々と公言するこの女は、わたしより少し歳下というだけで、部署のアイドル気どり。
ちなみに『エリーチェ』というのは自称のアダ名で、本名はバリバリの日本人である。
さらに彼女は頼まれてもいないのに、お茶くみをしていた。
そのふたつの要因だけで、彼女は仕事らしい仕事などほとんどしていないというのに、部署の男たちからは高く評価されていた。
ちょっとシャクに触るけど、そこまではまあ、別にいい。
でも、わたしはある日、見てしまった。
給湯室でわたしのカップにだけ、雑巾の絞り汁を入れる、彼女の姿を。
わたしは課長に訴えたが、
「エリーチェちゃんがそんなことするわけないだろう。そんなに僻んでばかりいると、行き遅れるぞ。少しはエリーチェちゃんを見習って、キミもお茶のひとつも淹れてみたらどうだね。少しは女らしくなるんじゃないか?」
などと、スーパーセクハラで一蹴されてしまった。
それからわたしは、彼女の淹れてくれたお茶には、手を付けないようにした。
そしたら、やりやがった……!
ヤツはわたしの机にお茶を置くときだけ、わざとミスしたフリをして、わたしの服にお茶をこぼすようになったのだ。
それも、ちょびっとだけ……!
そしてその時、かならずこう言うのだ。
「ああっ!? エリーチェ、またドジっちゃったぁ~!」
謝りもしないので、わたしは叱ったが、男性社員はみんなヤツの味方だった。
ウソ泣きする彼女をかばい、「そのくらいで怒るなよ、誰だってミスくらいするだろ」などと言い出す始末……!
その『エリーチェ』そっくりの女が……。
いま、わたしの目の前にいる……!
『ミリプリ』の令嬢になって、『エリーチェ・ペコー』なんていう、へんな名前で……!
それも、
わたしの口から自然に激声が飛び出したとしても、なんら不思議はなかろう。
「あなたっ!? いったいどういうおつもりなんですの!? 人にお紅茶をぶっかけておきながら、謝りもしないだなんて……! 『ペコー』なんて名前なのだから、頭のひとつも下げたらどうなんですのっ!?」
するとブリッ子女は、顔を覆ってわざとらしい泣きマネをはじめた。
「え~んえ~ん! アクヤさんがぶつかってきた拍子に、エリーチェの手がちょっとすべっただけなのに、そんなに怒らなくてもぉ! え~んえ~ん!」
この『え~んえ~ん』と口で言うのは、ヤツの得意技だ。
まさかゲームの中でも、不快な大根芝居を見せられるとは……。
もしかして『エリーチェ』も、『ミリプリ』のプレイヤーなんだろうか……?
そんなことを考えている場合じゃなかった。
ヤツの泣きマネのせいで、まわりにはたくさんの令息や令嬢たちが集まってきている。
みんな口々になにか言っているが、おおむねわたしへの批判だった。
「どうやら、アクヤさんがエリーチェさんにぶつかって、因縁を付けたらしいぞ」
なんて噂がもう広がっている。
……無理もない。
わたしはさんざん嫌がらせをしてきた悪役令嬢。
令嬢としての階級が高かったころは、手下という名の味方が大勢いたんだけど、落ちぶれた今は孤立無援。
昔はアクヤにへーこらしてた人間ほど、鬼のような顔でわたしを罵っている。
わたしは濡れたドレスのまま、その場を立ち去った。
背後から「エリーチェさんに謝れよ!」と声が聞こえたけど、無視する。
なぜならば、わたしの頭の中は、もういっぱいだったからだ。
……
黙ってられない……!
やられたら、やり返すっ……!
それは、わたしにとっての『悪役令嬢プレイ』の幕が、本格的に切って落とされた瞬間だった。
--------------------神族の階級(♀:令嬢 ♂:令息)
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
New:♀エリーチェ・ペコー
♀アクヤ・クレイ
○
--------------------
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エリーチェはたぶん、『お茶くみ』の『執務』をしていたんだろう。
『執務』というのはこの城のために働くことで、様々な種類がある。
高い階級ほど、大きくて派手な『執務』ができる。
たとえば人々を指揮して、城や街などを作る『開拓』や、平和を乱すドラゴンなどを倒すために軍隊を指揮する『派兵』などがある。
逆に、低い階級は地味な仕事ばかり。
さっきエリーチェがやっていた、自分より上の令息や令嬢の執務室にお茶を運ぶ、『お茶くみ』なんてのがそう。
『お茶くみ』なんてのは、執事やメイドの仕事じゃないのか、などと侮るなかれ。
低い階級の令嬢は、平民から登用された者たちが多い。
上流の神族へお茶を持っていくこの執務は、彼らに顔を覚えてもらうためでもあるんだ。
さらに『ミリプリ』では『お茶くみ』を究めていくと、まずは城下町に自分だけのカフェが持てるようになる。
そこで美味しいお茶を振る舞って評判になれば、次に城内での開店を許される。
城内のカフェだと多くの令息が訪れるので、うまくいけば、昇格のための多くの『推薦』が得られるようになるんだ。
最後は、この国における『千利休』のような扱いになり、誰からも一目置かれるほどに……!
そこまでの地位を確立するのは人生を賭けなきゃいけないくらい大変なんだけど、たぶんエリーチェは自分のカフェを目標にしてがんばってるんだと思う。
その途中で悪役令嬢のアクヤを見つけたから、お茶をぶっかけて怒らせ、手出しをさせて……。
アクヤの不祥事ということにして、『
でも、そうはいかない。
今は『中の人』が違うんだ。
わたしは
見てなさい、トッププレイヤーであるわたしを怒らせると、どうなるのか……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしはドレスを着替えたあと、ふたたび城内の廊下を歩いていた。
こうしていればきっと、ヤツはまた絡んでくるはず。
だって、
ヤツは午前と午後、二回に分けてわたしにお茶をぶっかけてくるんだ。
耳を澄まして歩いていると、予想どおり、背後から聞こえてきた。
……カチャリ!
ティーカップがぶつかる音がした瞬間、わたしはクルリと踵を返して振り返った。
エリーチェと、バッチリ視線がぶつかる。
彼女は一瞬びっくりしていたけど、かまわずトレイをひっくり返していた。
「ああっ!? エリーチェ、またドジっちゃったぁ~!」
言いながら、わたしの胸にかかるように、紅茶をぶちまける。
しかし、わたしの胸には届かない。
なぜならば……。
わたしの胸には、
目を剥くエリーチェ。
そう、この子が『お茶くみ』の執務でお茶を運んでいるように……。
わたしは『装備お届け』の執務を受けていたんだ……!
『装備お届け』というのは、自分より上の神族に、衣類やアクセサリーを届けるお仕事。
といってもただ届けるだけでなく、チョイスもしなくてはならない。
依頼人の好みにあうものを届けることができたら、高ポイントになるんだ。
それはさておき、わたしはここぞとばかりに叫んだ。
「あああっ!? フルスウィング様のお召し物が、エリーチェさんのお紅茶のせいで、ぐっちょんぐっちょんになってしまいましたわぁ~っ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます