第2話
わたしは『ひとりぼっちの洞窟』がある山の上から、眼下の『神都』を見下ろしていた。
神都『ゲッツェラント』。
『ミリプリ』の舞台となる国で、一言でいうなら、ファンタジーRPGに出てくるような、中世ヨーロッパ風の『剣と魔法』の世界。
さらにこの世界は球体ではなく平面になっていて、しかも空に浮かんでいる巨大な大陸という設定。
そのど真ん中にあるのが、この『ゲッツェラント』というわけ。
『ゲッツェラント』の中心には、天を突き抜けるほどの巨大な城が建っている。
ようは、巨大な『天空都市』というわけだ。
それと、いまは雲に覆われてるから見えないんだけど、他にも天空の城は存在していて、晴れた日には気球みたいにプカプカと浮いている島が見える。
わたしがなんで、どうして、この『ミリプリ』の世界に来たのかはわからないけど……。
ちょうど
それに悪役令嬢でプレイできるなんて、めったにできない体験だしね。
わたしはさっそくなりきることにする。
片眼鏡に映っているインターフェースの時計を確認すると、ちょうど朝の7時だった。
なおも不安げにしているシーツに向かって、わたしは言う。
「シーツ、わた……」
言い掛けて、片眼鏡がポロリと落ちる。
それで、ただでさえキツいアクヤの顔が、凶悪なまでにキツい理由を、わたしは理解した。
だって、この片っぽだけの眼鏡にはツルがなくて、眼窩に嵌めるタイプ。
頬の肉をクワッと上げていないと、すぐ落ちてしまうんだ。
落下防止用のチェーンのおかげでペンダントのようになっている片眼鏡。
わたしはそれを嵌めなおすと、ことさら険しい顔をつくって言い直した。
「シーツ、わたくしはこれから『登城』いたしますわ」
シーツは儀式を取りやめたことにまだ納得いってないようだったが、アクヤがいつもの調子に戻ったのに安心しているようでもあった。
「かしこまりました。アクヤ・クレイ嬢様。それでは城までお供させていただきます。お足元にお気を付けください」
まだ小さい子供なのに、ぺこりと頭を下げて、わたしをエスコートしてくれるシーツ。
「あ、それとシーツ、わたくしのことは今後、フルネームではなく『アクヤ』と呼びなさい」
「え? しかしそれでは、あまりにも恐れ多いです」
「かまいませんわ。それとも、わたくしの命令が聞けないとでも?」
「いえ、けしてそのようなことは……。かしこまりました、あ……アクヤ様」
「うむ、よろしい」
シーツは大人しそうに見えるけど、それはアクヤの前だけで、プレイヤーに対しては狂犬みたいに懐かない男の子だ。
アクヤの命令には絶対服従で、アクヤのためなら命を捨てるのもいとわない。
可愛いのに超強気というギャップが受けて、プレイヤー人気はすごく高いんだけど、唯一、プレイヤーが落とせないキャラでもある。
誰にもデレない美少年とお近づきになれて、わたしはそれだけでもアクヤになってよかったと思ってしまった。
さっきまで殺されかけてたのが、ウソみたいに幸せだ。
ちなみにわたしがさっき言った『登城』というのは、ゲーム内の行動のひとつで、いまわたしが下山している山より何倍も大きい『ゲッツェラント城』に行くこと。
この世界のプレイヤーキャラはみんな『令嬢』。
『ゲッツェラント城』のてっぺんにいる女神、『ゲッツェン』に仕える、『神族』ということになっている。
『神族』は簡単にいえば、『貴族』みたいなもの。
『神族』は階級分けされていて、『
最初は『
その『推薦』を得るために、令嬢は『ゲッツェラント城』に『登城』し、いろいろな仕事をするというわけだ。
そして城には『令息』という男の子がいる。簡単にいうと『恋人候補』だ。
さらに身も蓋もない言い方をすれば、城は『令息との出会いの場』ってわけ。
令息も令嬢と同じく階級分けされているんだけど、令息が昇格できるかは、令嬢の『推薦』にかかっている。
それと逆に、令嬢が昇格できるかは、令息の『推薦』にかかっている。
これで、だいたいシステムがわかってもらえただろう。
ようは、多くの令息に気に入られることができれば、それだけ多くの『推薦』を得られ、プレイヤーは昇格できるというわけ。
ちなみに推薦の発言権は、令嬢としての階級が上がれば上がるほど大きくなる。
自分より下に『推し』の令息がいれば、引っ張り上げることもできるんだ。
ちなみにアクヤであるわたしの階級は、いちばん下の『
ゲームのシーズン開始直後はいちばん上の『
それでヤケになったアクヤは、世界を滅亡させようとした……というのが、『ミリプリ』のファーストシーズンのお話である。
ちなみにアクヤが世界滅亡を企てているとバレるのは、洞窟での儀式の現場を押えられたとき。
今はただの嫌疑でしかないので、登城してもたぶん捕まったりはしないだろう。
わたしはそんな楽観的な気分で、お城に行ったんだけど……。
いくら令嬢とはいえ、いちばん下っ端なので、居心地が悪かった。
しかも、アクヤはいままでさんざん他の令嬢たちに嫌がらせをしていたので、友達ゼロ。
城に入ってすぐのエントランスを歩いているだけで、通りすがりの上役の令嬢たちから足を引っかけられて転ばされ、
「あらあらアクヤさん、とうとう足腰がお弱りになったのかしら、オホホホ」
なんて嘲笑を浴びるのが、エントランスの中だけで何度もあった。
しかもそんなことがあるたび、
「野郎っ、ブチ転がすっ!」
とシーツが暴れ猿みたいに飛びかかっていくので、わたしは止めるのに苦労した。
執事の不祥事は令嬢の責任。
『
平民たちにもさんざん嫌がらせしてきたアクヤが落ちぶれたりしたら、壮絶な仕返しが待っているに違いない。
もしそうなってしまえば、100万1回目のバッドエンドを迎えるのは、火を見るより明らか……!
わたしは、他の令嬢たちに向かってウーウー唸っているシーツを羽交い締めにしたまま、命令する。
「シーツ、見送りはここまでで結構ですわ! あなたはお屋敷に戻ってなさい!」
するとシーツは、捨てられた子猫みたいな目でわたしを見ながら、しぶしぶと城から去っていった。
さて、これで火種となりそうなものはなくなった。
とりあえずこの城で、なにか『執務』をして……。
なんてことを考えていたら、わたしの背中が燃えるような熱さに見舞われた。
「あっつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!?!?」
思わず、カチカチ山のタヌキみたいに飛び上がってしまう。
何事かと後ろを振り返ると、そこには……!
「ああっ!? エリーチェ、またドジっちゃったぁ~!」
紅茶の乗ったトレイを床にぶちまけ、いや正確にはわたしにぶちまけ、謝りもせずテヘペロと舌を出す、ブリッ子が……!
わたしの視界には、『エリーチェ・ペコー』のネームタグと、彼女の階級が表示されていた。
そのあと、ブリッ子の顔を見た、わたしは……。
驚きのあまり、思わず片眼鏡を落としてしまう。
そして、脊髄反射のように、心の中で叫んでいた。
……野郎っ、ブチ転がすっ……!
だって……だってだって、だって……!
あまりにも、
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