過去を清算しても、君とは結ばれない。

待宵 澪

*

成人式以来だった。彼女に会うのは。


「忘れて欲しかったのになあ。

ずるいね、昔から。」


夜景の見える綺麗な場所でもなく、ただの川縁で再会した彼女と肩を並べた。

そっと絡んだ彼女の右手をぼんやりと感じながら左手の熱に懐かしさを感じた。

この手を繋いでいい理由なんて、数年前に失ったはずなのに。

…ずるいのは君の方だ、なんて言えない代わりにその右手を握ることなくされるがままにする。


「…忘れていたら、怒るだろ。」

「かもね、」


息が詰まるような言葉のキャッチボール。

かすれそうになった声を必死に隠しながら答えたそれは軽く受け流された。

そこに君はいるのに、もう俺を映していないんだ。…いや、どうだろうなあ。


「どうして、今更会おうなんて言ったのさ。」


”どうせ苦しくなるだけなのに。”

そんな言葉が君の言葉に見え隠れする。


「…どうして、あっちゃいけないと思ったのさ。」

「バカじゃん。君、」


数年前。離したその右手がどうしようもなく小さくて悔しくなって少し力を入れた。


「…ねえ、」

「…何。」

「…なんでもないよ」


その気持ちは偽りでなく、真実でもない。

昔のようにただくだらない返答をするくらいは許してほしい。

その程度の弱ささえも多分見据えて彼女は目に影を生む。


「…結婚でもするって言いに来てたりしてな。」


小さな手に力が入って、横から見える目に少しだけ揺らぎが見えた。


「…明日結婚するって言ったら、君はどうするの。」


”私のこと、連れ去る?”

恋人同士だったあの頃に同じ質問をされたっけ、なんてその時の彼女の提案さえもはっきりと思い出した。

あの日は、なぜあんな話をしたんだっけ。


「そうだなあ…」


隣の彼女の瞳には俺に期待なんか込めてない、川の反射がただ映り込んでいるだけ。

”今からホテルに連れ去って、そのまま帰れないようにしてやりたい。”


…言えないな。どうせ言っても気持ち悪っと笑って…くれないだろうから。


「…相手の男のことを聞くかな。

お前が結婚してもいいっていう男、面白そうだし。」


からかわせてくれ、と心の中で告げながらおどけながら答えた俺は正しかった。

多分、これが俺の一番の正解だった。

そしてこれは恐らく彼女にとって


「…優しくて、」

「…ん。」

「からかいがいがあって、」

「…うん。」

「…私の後ろ盾しか見ていない、そんな人だよ。」


________不正解、なのだろう



何も返せない俺と、泣き笑いの彼女の視線がかち合う。

見えない右手の薬指にはきっと煌く指輪が光ってる。

…それが答えで、覆せなくて、俺が捨てた彼女の居場所。


「…幸せになれそう?」

「…今のを聞いてそれを聞くあたり、あの時別れて正解でしたねえ。」

「言ってろ。」


あの時、に俺は肩書きを捨てて。

あの時に、俺は彼女の居場所も捨てて。

ずっと望んでいた自由を初めて手に入れた。


「お姫様はいつまでもお姫様だよね。」


”籠の中の鳥は、いつまでも籠の中。”

幼い彼女が呟いたあの台詞と重なっては、消える。


「ハッピーエンドは、王子様とじゃなきゃいけないらしいの。」

「…王子様、でいいじゃん。」


“俺は、王子様になれないから、”

彼女を連れ去れなかったあの日の俺と重なる。

俺が、捨てたあの肩書きを思い出す。


「…”お嬢様”、「馬鹿言わないで、!」

「…俺、は、お嬢様に幸せになって欲しかったよ。」



____これは”執事”の俺と”お嬢様”の君が幸せになれなかった話。

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過去を清算しても、君とは結ばれない。 待宵 澪 @____handneruneru

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