第34話「宴の時」
日も暮れかかる頃。
森の中央に位置する魔境とは思えぬ花畑では、生徒達を待っている一人の男の姿が夕日に映える。
昼間は淡く光っていた花達は、暗くなるにつれてより一層光を増していた。
そんな幻想的な風景の中。特別科生徒達を待つアレキサンダー先生は一人呟いていた。
「そろそろか……」
そんな時、タイミング良く林道から影が見え始めた。
「きたか! さて、誰が残っているのか……」
生徒達の安否を気にするアレキサンダー先生。
壁を用意し、崖から突き落としたのは紛れもなく自分だと分かっていたが、受け持った生徒達が心配だと思う親心も持っていたのだ。
「あ、アレキサンダー先生~!」
先頭で手を振るのは、アリーシャではなかった。
一つ縛りの優等生の女の子が先頭を歩き、その後ろからぞろぞろとやって来る生徒達。
「無事に着いてなによりだ。で、これで全部か?」
生徒達の頭数を数えたアレキサンダー先生が優等生の女の子へと問う。
「あ、それは――」
「いや!! みなまで言うな。そうか、辛かったな諸君……仲間を失う悲しみ。私は痛いほど分かる」
「いえ、だから――」
「だが!! どうしたって試練はやって来るものだ。仲間の亡骸は私がしっかりと回収し家族に返すから心配するな。今は兎に角、腹を満たせ 」
優等生の言いたい事を遮り突き進むアレキサンダー先生。きっと、去年も一昨年も同じ事を言ったのだろう。
「さあ、とっておきのBBQを用意した! みんなオークの肉は食った事あるか? 人型のせいで食うことさえ考えられていないオークだが、これがまた絶品でな。諸君のために三体のオークを狩って捌いておいた! 沢山食えよ!!」
「だから先生っっ!!」
黙って聞いていた優等生が、ここにきて爆発した。
「なんか勝手に殺されてますけど、特別科の生徒は全員生きてます!!」
「ん? いや、しかし五人ほど足りないではないか。仲間を失ってショックなのは分かるが、現実を――」
「だから生きてます!! ほら、あそこ見て下さい!!」
「あ?」
優等生の女の子が差した方向を見るアレキサンダー先生。そこには、確かに五人の影が。
「生きていたのか!!!!」
「だから言ってるじゃないですか……」
「なら早く言わんか! あ、もしかしてお前ら、ミノタウロスと出会ってないのか?」
「いえ、出会いましたよ。それに、オークとオーガとゴブリンの集団に囲まれました」
「なら何故……んぅ? という事は、のこのこ逃げて来たのか!!!」
「全部倒しました!!!!」
「は? 全部? ミノタウロスはSランクの冒険者でも手も足も出ないのだぞ! 嘘をつくな!!!!!」
「嘘じゃありません!!!!!! ほら! あれを見て下さい!」
優等生の差した方向を再度確認するアレキサンダー先生。そこには、何体もの丸焦げオークと、巨大な生物がプカプカと浮きながらこっちへ向かっていた。
「なっっ!? う、嘘だろ!!??」
「せん、せーいっっ!! 遅くなりましたー♪」
「アリーシャちゃん、元気だね……」
「疲れた……色々」
「ほら降りろエミリー」
「かたじけない……」
元気に手を振るアリーシャ。
アリーシャのパワフルさに翻弄されるマオ。
根掘り葉堀り徹底的に問い詰められ疲労困憊のミケ。
動けないエミリーと、それを背負うルーク。
アリーシャ組のご登場だ。
「お、お前達も無事だったか……よ、良かった良かった! そ、それで……その牛と豚は――」
「ミノタウロスとオークです!」
「だよな……それ、もしかしてお前達が?」
「オークはエミリーが! ミノタウロスは私とルークとミケ君で協力して♪ それに、みんなも凄かったですよ♪ ねー、みんな!」
「「おおー!」」
「そ、そうか……あのミノタウロスを倒すとは大したもんだ……」
それ以上なにも言える事はなかった。
時の勇者でさえ倒す事が出来ず、大賢者と共に絶界の森に封印したとされている伝説の怪物ミノタウロス。
「ところで、ミノタウロスをなぜ運んできたのだ」
「牛だし、食べたら美味しいかな? って♪」
それをいとも簡単に倒し、何故か食べようとしているのだから意味が分からなかった。
「あ、BBQセットあるじゃないですか♪ みんなー! お腹減ったから食べよー!」
「「おおー!」」
オークとミノタウロスの解体を男子に任せ、野菜や解体が終わった肉を串に刺していくアリーシャ達。
石炭に魔術で火を付ける所は、ファンタジーならではである。食欲をそそる香ばしい匂い。BBQの始まりだ。
「先生! 飲み物は!?」
「あ、ああ、用意してあるが……」
「さすが♪ よーし、アリーシャとマオ歌いまーす!」
「や、やっぱりやるの?」
「当たり前じゃん! マオちゃんなら絶対可愛いく踊れるから大丈夫♪」
「わ、わかった……」
現代日本で暮らしていた時に良く聞いていたアイドルグループの歌と踊りを、アリーシャとマオはこっそり練習していたのだ。
リードボーカルは勿論マオ。アリーシャはマオの歌に合わせてハモり、元気に踊るのがメインだ。
「ふーっ! 可愛いよアリーシャちゃん!」
「マオちゃんの歌最高ーっ!」
見た事もない歌と踊りに沸く特別科生徒達。
宴はより盛り上がりを見せていた。
そんな中、一人オークの肉を喰らうアレキサンダー先生。予定外の出来事が連発過ぎてとても疲れていた。
(こいつら、良くミノタウロスの肉なんか食えるな……はあーっ、もう疲れた!! 早く帰って寝る!! )
オークの肉も美味いと評判ではあったが、ミノタウロスの肉はレベルが違う。
滴る肉汁。とろける肉質。まさに霜降り特上肉。
豚と霜降り特上肉では、その差は歴然である。
さらに、ミノタウロスは伝説の怪物。その体に蓄えた魔力や精気は、食べた者のレベルさえ上げてしまう。
しかしチャンスは一度きり。
アレキサンダー先生は惜しい事をした。
その事に気づく事がないのが、唯一の救いだ。
生徒達もアレキサンダー先生も、まさかミノタウロスを食べて強くなった等、分かる筈もないのだから。
夜も深まり、BBQは惜しまれつつも終わりを迎える。
森を抜け、スイフトで帰る道中。満点の星空を見上げるアリーシャの表情は、誰が見ても美しい光のようだ。
男子も女子も、そんな今回のスーパスターを、ただただ心の中で讃えていた。
「さて諸君。今回はご苦労だった。これが良い思い出に残る事を祈ろう。では、解散」
学園に帰り、いつものような覇気がないアレキサンダー先生の解散の合図と共に、特別科生徒達はそれぞれの部屋へと一目散に向かっていく。
みなもまた、今回のレクリエーションで疲れきっていたのだ。この王女様を除いて……。
「あれ? みんな帰っちゃうの!? 反省会とか懇談会的なのは!?」
あまりにも元気なアリーシャに、先ほどまで讃えていた生徒も顔をひきつらせていた。
「「また明日……」」
さすがに付き合いきれないと帰っていく生徒達。
「え~! あ、お風呂は!? 女子みんなで入ろうよ!」
「ご、ごめんねアリーシャちゃん! もうそんな元気も残ってないから、明日早起きして入るね……」
優等生の女の子でさえ、アリーシャの元気さにはついて行けないようだ。
「そ、そうだよねっ」
「師匠元気ありすぎ……僕寝る」
「ごめんアリーシャちゃん。僕も疲れたから寝るね……」
「俺様もさすがに疲れた」
「あ、うん……おやすみ!」
ルークやミケ、バロンでさえ疲れた表情をして自室へと帰って行ってしまった。
その姿を見送りつつ、虚しい感情を抑えトボトボと寮へ入ろうとするアリーシャ。
そんな中、アリーシャの横を通り過ぎる女子三人が、希望の言葉を紡いでいく。
「ほら、行くよアリーシャちゃん! お風呂入るんでしょ?」
「勇者エミリー! 復活しましたので、アリーシャ様のお背中を流させて頂きます!」
「さっさと行くわよ。夜更かしはお肌に悪いって知らないのかしら」
「マオちゃん! エミリー! レイラまで! ううっ、私嬉しい! 持つべきは女友達よねっっ」
三人の背中を追いかけ嬉し涙を浮かべるアリーシャ。
お風呂で弾けるアリーシャの姿も目に浮かんで来る。
そして、女子会と言えばガールズトーク。
楽しい。ちょっとエロスな女子会の始まりである――
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