第20話「思わぬ助け舟」

 あまりの能天気ぶりに怒られたアリーシャ達だったが、その後も声のトーンを下げ、ヒソヒソとビンゴを楽しんでいた。


「私、つぎ空いたらビンゴ♪」

「さすがアリーシャ様。私は後三つ空かないとダメですね」

「僕は後二つ。どっちが先にビンゴするか勝負だ雑魚」

「ふんっ、挑むところよ」


 そんなやり取りをしている内に、次の番号が学園長から発表される。


「4回目の数字は77! どうだ? ストレートでビンゴした者はいるか~?」


 真ん中がフリーとして空いているため、元々空いている箇所を絡めて、最短四回でビンゴとなる。


 75までの数字を使った普通のビンゴでは、4回でビンゴとなる確率は0.0003%と、かなりの奇跡。それも今回は、約三倍の数字となる200もの数字を使ったビンゴ。


 最早、ストレートビンゴの確率は途方もない。そんな奇跡を、幸運の女神から享受された選ばれし者は……。


「ビンゴです」

「はい、はーい! 私もビンゴです!」


 二人いたようだ。


 一人は、肩まで伸びたボサボサの金髪が所々ハネていて冴えなそうな瓶底眼鏡の男の子だった。そんな冴えない男の子の特徴と言えば、金色のケモミミと特別科の一年生という事だ。


 もう一人は勿論、


「凄いですアリーシャ様!」

「おめでとうございます師匠」

「ありがと♪」


 このお姫様だろう。


「あんた達か……ふーっ、まあ、おめでとう。こっちに来て」


(報告は受けていたけど、よりによってこの二人とは……魔王以来の魔法全適正持ちに、片方はアレキサンダーを凌駕する剣術使い。もう片方はあのフォクシス族とはね。なんだが面倒な事になりそうだわ……)


 学園長の言う、魔法全適正で剣術使いとはアリーシャの事だろう。そして、アリーシャと同じく魔法全適正の持ち主でフォクシス族とは、ケモミミの冴えない男の子の事だ。


 フォクシス族ーーかつて、世界を破壊しようと企んだ魔王を生んでしまったビースティアの種族の一つ。


 魔王が討伐されてからは、辺境に押し込められ苦渋を舐めてきた種族であり、その数も今ではだいぶ減ってしまっていた。


 そんな珍しい種族だけあり、噂の的となるのも必然だった。


「あれが特別科に入学したフォクシス族か」

「なんでも、次の魔王になるために部下を探しに来たって聞いたよ」

「まじかよ? 怖いから辞めてくんないかな……」

「ほら、あんまり言うと後で消されるかもしんないよ」

「そ、そうだな!」


 在校生を含む生徒達の偏見に満ちた視線と声。そんな中でも、フォクシス族の冴えない男の子は表情一つ変える事なく会場歩いていく。きっと、こんな状況には慣れっこなのだろう。


「きたね。先ずは! 奇跡とも言えるストレートビンゴを達成した二人に拍手を!」


 学園長の号令により会場は拍手喝采となる。


「私達ラッキーだったね!」

「うん……」


 なんだか歯切れの悪いケモミミ男子。調子でも悪いのかと、アリーシャは心配そうに顔を覗き込んだ。


「大丈夫? 具合悪い?」

「あっ、いやっ……」


 どんどん顔が赤くなっていくケモミミ男子。やはり熱でもあるんじゃないかと、おでこに触ろうと手を伸ばす。


「や、やめてくれっ! 僕には触らない方が良い!!」

「えっ……」


 手を弾かれ困惑するアリーシャ。"触るな"ではなく、"触らない方が良い"と言うのも気になる所だった。


(なに? 本当は触ってほしいの? ツンデレ?)


「触らないでって、どういう事? なんか理由があるの?」


 ちょっと嫌らしい笑みで意地悪っぽく聞いてみるアリーシャ。だが、それに答えたのはケモミミ男子ではなく、後ろで黙って聞いていたイザベラ学園長だった。


「あなた、分かって言ってるの?」

「ん? なにがですか?」


 惚けた顔で聞き返すアリーシャだが、どういう理由があるのか本当に分からなかった。


「この子の名は"ミケランジェロ=ベクスター"。かつて魔王として君臨していたベクスター卿の直系子孫なのよ。だから皆この子には近づかないわ。陰口や悪い噂はするけどね」

「なるほど、その話は本で見ました。だけど、それとどういう関係が?」


(本当に分からない。何百年も前の事をいつまで引きづるのか)


「魔王の子孫だから近づかない? だけど陰口と悪い噂はする? そんな奴等……オークに喰われて豚になれば良いのです!」

「ふーん……じゃあ、この子と友達になれるの?」

「当たり前です!!」

「それで全員にハブられても?」

「そんな人達、逆に付き合いたくないです!!!」

「この子が気にして身を引くかもよ?」

「その時は、ビンタしてでも友達を続けます!!!!」

「ビンタって……ま、あんた良い子だね。ずっとそのままでいなよ?」

「は、はい……」


 興奮を治めるように、アリーシャの頭を撫でるイザベラ学園長。その手は暖かく、慈愛に満ちた母のように心地良かった。


「ミケランジェロも良かったな。良い友達が出来たみたいだぞ?」

「ううぅぅっっ……は、いっ」


 瓶底眼鏡で見えないが、その奥の瞳からは涙が溢れているようだ。


「こ、子供じゃないのでもういいです……」

「そうか? 私にとっては、子供だかな!」


 撫でなれて気恥ずかしくなり、思わず後ろへ下がったアリーシャは、そのままミケランジェロの元へ近づいて行った。


「宜しくね! ミケラン……うん、長いからミケ君ね♪」

「ふふっ、相変わらずだ……宜しくアリー、シャちゃん」

「相変わらず? アリー?」

「あっ、ほら! 学園長が何か言いたそうだよ!」


 ミケランジェロこと、ミケの物言いに何か引っかかったアリーシャだが、学園長が来た事で興味を逸らされてしまった。


「さて、幸運なお前達にはご褒美をやろう! 叶えられる事なら、一つ願いを聞いて上げようではないか!」

「おおっ! 太っ腹だな!」

「今年は何を願うのか……」


 イザベラ学園長の願いを一つ叶えると言う太っ腹な発言で盛り上がりを見せる会場。


 去年の生徒は、一年間遅刻しても許される権利。一昨年の生徒は、学園の敷地内で経営するホテルのスウィートルーム宿泊一年分の権利を願い許可されていた。


 今年は何を願うのか興味津々の上級生達。

 新入生は自分なら何を願うか考えていた。


「どうだ? 二人とも何を願うか決まったか?」

「うーん……ミケ君決まった?」

「ううん、まだ……アリーシャちゃんは?」

「どうしようかな……あっ!」


 悩んでいたアリーシャだが、ある二人の姿を見て思いついたようだった。


「ミケ君、私から良いかな?」

「どうぞ」

「じゃあ、私はエミリーリア=フレイとルーク=イグナイトの特別科編入を願います!」

「ほう……」

「そんなのありかよ!?」

「えー! じゃあ俺を指名してくれよ!」


 予想外の願いにざわめく会場。イザベラ学園長は、アリーシャが指名した二人を見ながら思案顔をする。


(あの二人は確か、専門科の試験でトップ合格だった二人か……頭脳はそれほどでもないが、面白い人材ではある。特別科に入れたらどんな化学反応を見せるか気になるな)


「よし、その願い聞いてやろう! ただし、願いは一つだと言ったな? だから編入させるのも一人だぞ。それでも良いなら叶えてやろう」

「あっ、やっぱり……なら他の事にした方が良いかな?」


 失念していた訳ではないが、もしかしたらと思い願ってみた二人同時の特別科編入。しかし、そう簡単にはいかないようだった。


 ならばどうしたものかと悩むアリーシャ。

 そんな時、思わぬ助け舟が出される。


「だったら、僕もその願いにします。そうすれば二人同時でも問題ないですよね?」

「えっ、そんなの悪いよ!」

「良いんだ。特に願い事なんてなかったから」

「でも……」

「友達になってくれたお礼だと思ってよ。あの二人も、友達になってくれるかな?」

「それは当たり前だよ! でも、本当に良いの?」

「うん。こんなに優しい友達が出来た事以上に叶えたかった事なんて見つからないしね」

「ミケ君……ありがとね!」

「どうやら纏まったようだな」


 ミケの助け舟により、アリーシャの願いは叶えられそうだ。その事に悪いとは思ったアリーシャだが、後でミケにお礼をしようと決め、甘える事にした。


「はい! 私、いえ、私達の願いは、エミリーとルークの編入です! これなら二人同時に編入出来ますよね?」

「ああ、一人一つだから問題はない。しかし本当に良いのかミケランジェロ。こんなチャンスは中々ないぞ?」

「大丈夫です。僕の願いは叶ってますから」


(友達を作る事だっけ? 可愛い事願ってたんだねミケ君♪)


 ミケの願い。それは友達を作るという事では無かったが、ある意味願いは叶っていた。それが分かるのは、まだ先の事だろう。


「分かった! では、エミリーリア=フレイ、ルーク=イグナイトの両名はこちらに来い!」


 イザベラ学園長の呼び声に、エミリーとルークはアリーシャの元へと駆け寄る。


「なんだか凄い事になってますねアリーシャ様!」

「まさか師匠と同じ科に行けるとは思ってなかった」

「ね! でも二人が来てくれるなら嬉しい♪」


 アリーシャと同じ科に行けない不甲斐ない自分達を責めていた二人。従者として失格だとも思っていた。


 そこに来てこの幸運。

 嬉しくない筈がなかった。


「では、アリーシャ=ベルゼウスとミケランジェロ=ベクスターの願いを叶えるため、この両名の特別科編入を許可する!」

「うおおっ! 本当に叶っちまった!」

「いいな~! 特別科に入れれば人生貰ったも同然じゃん」


 生徒達の言う通り、特別科に入れる実力者というだけでも箔がつく。もし途中で辞めても、食うに困らないだけの仕事は山程来るだろう。


 まさに"特別"なクラスなのだ。


「やったね二人とも♪ これからは、クラスメイトだよ!」

「はい! 嬉しいですアリーシャ様! アリーシャ様の席は私の膝ですからね!」

「それは是非見たい。斜め下ぐらいの席にしよう」

「それはちょっと……」

「ミケランジェロ! いや、長いからミケだな!」

「だよね~♪」

「ミケもありがとう! お陰でアリーシャ様と共に居られる事が出来た!」

「礼を言う」

「う、うん」


 新しき友となったミケと、握手を交わすエミリーとルーク。微笑ましいその光景を、アリーシャはとびきりの笑顔で見ていた。


「どうしたのミケ君? また顔が赤いよ?」

「い、いや……笑顔が素敵だと思って……」

「分かるかミケ! アリーシャ様の笑顔は天使のようだろ!」

「強くて可愛い天使」

「ちょっとやめてよ三人して~! でも、ありがとね♪」


 その後、和気あいあいとするアリーシャ達を除き、新入生達は心臓に悪いゲームの続きをする事となる。


 最終的に最後の一人となってしまった一般科の男の子は、涙を浮かべ学園を去っていく。


 それを見た新入生達は、やはりここは世界一の教育機構だという事を再認識させられていた。


 始まったばかりの学園ライフ。これから、アリーシャ達に一体なにが待ち受けているか。


 それは、誰にも分からない……。


 第一幕「第二章 夢の学園ライフ」終

 第三章へ続くーー

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