【完結】天下無双の武士、太平の世に居場所なし  ~剣極まりすぎて時空を斬り、異世界へ~

那斗部ひろ

プロローグ 転生の間

「はい、それでは気をつけていってらっしゃい」


 時の魔女リリアサは、ひらひらと手を振る。


 また一人、転生者を新しい世界に送り出したところだった。


 リリアサの仕事は、時々起こる転生の手続きと該当の人物へのチュートリアルだった。特に難しいことはない。


 毎度決まりきったセリフを言い、速やかに転生者を新しい世界へ送り出すだけだった。


 特殊能力や特殊道具を与えるといった転生時のギフト関連の仕事は、それぞれの世界のクリエイターの範疇はんちゅうで、リリアサには手が出せない部分だった。


 もっともリリアサ自身にもギフトを与える権限はあるが、これはあくまで緊急時のためのもので、通常は越権行為になってしまう。


 どれくらいこの仕事をしているだろうか。


 もはや数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらい長い時間、この仕事をしている。


「転生者にギフト与えるとか、転生先で手を貸すとか面白そうよね。ああいう仕事ならもう少し張り合いもあるんだけど」


 この文句も何度言ったことか。


 時空を操り、時間を司る時の魔女、と言えば聞こえがいいが、実際は与えられた権限を行使しているだけ。


 どこにでもいる役所の役人みたいなものだとリリアサは思っていた。


 しかも大した仕事量のない窓際族である。ただ厄介なことに、ないと困る部署で、かつ代わりが見つけにくい仕事でもある。


 先ほど新たな転生者も送り出したし、これでまたしばらく仕事はない。


 テーブルのディスプレイをタッチし、ホログラムを操作する。


 仕事前まで見ていた動画を空中に映し出すためだ。様々な世界線の映像を見れることだけが、この仕事のメリットだろう。


 リリアサが最近はまっているのは、動物の子育て物だった。動物の赤ちゃんは、どんな状況、どんな世界でも正義だと思っているリリアサである。


 ぼんやりと眺めていると、海獣の赤ちゃんのアップになった。母親を呼んでいるのか、一生懸命鳴いている。真っ白の毛並みに真っ黒のつぶらな瞳。思わず口角が上がる。 


 しかし次の瞬間、そのかわいい赤ちゃんの顔が真っ二つになった。


「ひぃっ」


 思わず悲鳴を上げてしまう。子育てものだと思いきや、残酷な動画だったのか。まさかのミスチョイス。


 自らの動画選択を非難しかけたその時、赤ちゃんが真っ二つになったのが、動画の演出じゃないことに気づく。


「時空が……裂けている?」


 リリアサの目の前の空間には、人一人が通れるほどの裂け目ができていた。


 時空が何らかの理由で裂けたり、乱れたりすることがあるのは聞いたことがある。しかし、それには尋常ではない力や技術の存在が不可欠だ。


 それゆえ、長く時の魔女の地位にいるリリアサでも実際に時空が裂けるところなど目にしたことはない。要は超イレギュラー。


「うそでしょ?どうしよう……あ!確かマニュアルがあったはず」


 緊急時のマニュアルに、時空に異常があった場合のことが書いてあるのを思い出した。急いでテーブルのタッチパネルを操作し、マニュアルを映し出す。


『時空に異常があった場合、担当者は早急に原因を究明し、迅速に最善の対応すること』


「……やってくれるわね」


 具体的な方策は何も書かれていなかった。


「しょうがない。現場の判断で何とかするか」


 しかし、リリアサはそれほど慌てていなかった。


 こういった事態に対応できるほどの力は与えられているのだ。何よりここで慌てるようでは時の魔女など名乗れない。


「可能性として一番考えられるのは、桁外れの力の暴走かしら。冥府の主上?天界の魔王?はたまた宇宙怪獣?まぁ、何が原因にせよ、とりあえずは時空を閉じられるか試さないと」


 リリアサは裂け目に向かい、手をかざす。


「時の魔女の権限を行使する」


 言葉に反応するように裂け目がわずかに震えた。しかしすぐに閉じる気配はない。


「閉じるのには少し時間がかかりそう。これじゃ相手の侵入を防ぐのは無理ね。それにしても……」


 リリアサは裂け目を見つめる。


「きれいな裂け目。う~ん、これは大きな力で無理やりこじ開けたって感じじゃないわね。刃物で一寸の無駄も迷いもなく斬ったって感じ……これはちょっとやばいかもね」


 リリアサの中での危険度はさらに上がった。ただの馬鹿力が相手ではないかもしれない。力に加え、技も有しているのであれば、相当厄介である。


「これはクリエイター案件かもしれないわね。いざとなればそっちに振れるようにしておこう」


 リリアサの能力に加え、テーブル以外何もないこの部屋だが、目に見えない緊急時の仕掛けを多数用意してあった。


 それらを駆使しても手に負えなければ、クリエイターたちが擁する武闘派の手駒に対応を任せればよい。


 もっともそちらの部署に回すまでの手続きは、リリアサがしなければならない。仕掛けの作動のポイントとなる部屋の箇所に手を触れ、一つ一つに力を込めていく。作動は問題なさそうだ。


 「よし、これでやるべきことはやったわね。さあ誰だか知らないけどいらっしゃい」


 リリアサは腰に手を当て、時空の穴を見つめる。この未曽有の緊急事態に、どこか高揚している自分がいた。


 長く濃い退屈を吹き飛ばすような出来事を内心では期待しているのだ。


 時空の奥で、何かが動く気配。


 どんな怪物が現れるのか。時空の入り口には、動きの速さに比例して、時の流れが遅くなる罠を仕掛けていた。


 いきなり飛び掛かってきても、その速さが仇となり、動きが遅くなるだろう。遅くなった隙に、他の仕掛けを発動させる予定だ。


 ここは時の魔女であるリリアサのフィールドだ。


 相手に主導権をとらせることなどありえない。


 「来たっ」


 裂け目の奥に、相手のシルエットを見ることができた。身体の大きさは、普通に見える。


 「え?ただの人間?」


 現れたのは、翼も牙も巨大な体躯もない、普通の青年だった。


 威圧感などまるでない、さっぱりとした端正な顔つきである。唯一物騒だと言えるのは、腰に下げた刀くらいか。


 着物に刀、黒髪を後ろで結んだその様子は、前に動画で見た武士や浪人といわれる者の風貌だ。


 その青年が、裂け目から体を半分ほど乗り出したところでこちらに気づく。


「あ、すみません。ここはどこですか?」


 青年の場違いなほどのんびりとした口調に、リリアサは完全に拍子抜けしてしまった。


「え、転生の間だけど」

「てんせいのま?」

「そう」

「そうですか……てんせいのま、ですか。えっと、とりあえず入っても大丈夫ですか?」

「う~ん……まぁいいわよ」


 いいわけなかった。しかし、敵意は感じられないし、青年の素朴な態度に興味を引かれ、OKを出してしまった。


「失礼します」


 礼儀正しく、青年は時空の裂け目から出てきた。遅延の罠を仕掛けた自分が恥ずかしくなるほどゆっくりとだ。


「あっ!」

「な、なに!?」


 青年の声にすぐさま身構える。


 油断していた。この空間の異常性に気づいて、何か行動を起こす気か。


「女性がお一人の部屋に入るなんて不躾でした。すみません」

「そこ?」


 自らの判断を後悔しかけたところに、再び場違いな発言が出た。青年は慌てて時空の穴に戻ろうとする。


「平気!平気だから待って!私も話したいことがあるのよ」

「でも……」


 こちらを振り向き、やや不安げに言う。


「大丈夫だから。部屋に入ってもいいって許可をしたのは私。だから気にないで」

「……わかりました」


 納得しきれていない表情だが、部屋から出ていくのはやめてくれた。しかし、こちらを警戒させないためなのか、近づいてこようとはしない。


「え~と、いくつか質問があるんだけど、いいかしら?」

「はい。そのあと、私も質問してもいいですか?」

「そうね、答えられることなら」

「ありがとうございます」


 時空を破って不法侵入してきた者とは思えないほど礼儀正しい。過去の事例を見る限り、時空を破ってきた者たちは、一筋縄ではいかない者たちばかりだったはずである。


 しかし、目の前の青年が狂気を隠しているようにはとても見えない。ただ、ぼんやりとした態度の奥に強者の気配が隠れているのはわかる。それもそうだろう、弱者が自らの力で時空を破ってくることなどできない。


 リリアサは興味がますます強くなってくるのを抑えられそうになかった。そして、抑える気もなかった。


「まずは……そうね、あなたのお名前は?」

音鳴恭之介おとなりきょうのすけです」

「音鳴恭之介くんね。私はリリアサ。よろしくね」

「リリアサさんですね。よろしくお願いします」


 見た目からも想像できたが、名前の作りも発音もリリアサが見た動画と同じ系統のものだった。どの世界線のどの時代から来たまではまだわからないが。


「年齢はいくつ?」

「二十四歳です」

「そう、若いわね」

「そうですか?リリアサさんも、私とそんなに変わらないように見えますが」

「ふふ、ありがとう」


 確かに見た目だけで言えば、同じくらいに見えるだろう。


「それで本題なんだけど、どうやってここに来たか教えてもらえる?ここに来る直前に何をしていたの?」

「え~と……ちょっと空中を斬ってみたら、そこに裂け目ができて。中に入れそうだったので、何があるのかと思って、入ってみたんです」

「空を斬った?」

「はい」

「あなたが?」

「はい」

「その刀で?」

「はい」

「冗談ではなくて?」

「はい」


 恭之介は真っ直ぐな眼差しを向け、素直な返事をしてくる。確かに冗談を言っているようには見えない。また冗談をつく人格でもなさそうだ。


「申し訳ないのだけど、その時の前後の状況を話してもらえる?」

「いいですけど、少し長くなるかもしれません」

「構わないわ。できるだけ、詳しいほうが私も助かるし」

「わかりました。話すことはあまり得意ではないので、わかりにくいかもしれませんが」


 そう言いながら、恭之介は少しずつ語り出した。

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