第20話

「妹が来たっ!」

 あくる日の午後、グッドヴィル屋敷の二階左端の子供部屋。

 顔を真っ赤にし棒立ちになったまま、それっきりジョイスは口を噤んでしまった。あれほど『妹を連れて来て』と懇願し続けたと言うのに。

 片や、ミミはいっぱし・・・・のレディだった。

「初めまして。私、ミミと申します。仲良くしてくださいね」

 母お手製の一着――母、エミリー・タッカーはリバティ百貨店屈指のお針子なのでセンスは抜群だ――そのよそ行きの黄色いドレスの裾を摘まんで挨拶すると、来る道々摘んで来たレンゲの花束を差し出す。

 感動のあまり紐付き人形パペットのごとくぎこちない動きで受け取るグッドヴィル家の次男だった。

「今日は突然、大勢で押しかけてすみません」

 ヒューが代表して挨拶した。

「色々とお忙しい中、ご迷惑かと思いましたが、少しでも気分転換になればと思ったんです」

「迷惑だなんて、大歓迎だよ! よく来てくれた!」

 硬直した弟に代わってリチャードが歓迎の言葉を述べる。

「弟も僕も凄く嬉しいよ! 叔父上の葬儀は無事終わったし、僕も、もう大丈夫。今朝往診に来たホール医師から全快を言い渡されたんだ。看護師も引き上げて行った。だから、遠慮はいらない、どうぞゆっくりして行ってくれ」

「本当になんてお可愛らしいお嬢さんでしょう! 良かったですね、ジョージ様、願いがお叶いになって……」

 エメットも心から嬉しそうに両手を打ち鳴らす。

「わー、素敵! これがドールハウスですね。兄か話してくれました――」

 早速、ドールハウスに駆け寄るミミ。

「ど、ど、どうぞ、好きに遊んでいいよ!」

「まぁ、いっしょ・・・・に遊びましょ?」

「勿論、いっしょに!」

 得意満面のジョイス。とはいえ、次の瞬間メイドを振り向くと涙目で囁いた。

「お願い、エメット、ずっと僕の傍にいて。そして僕が失礼なこと言ったら、即、注意してよ? 妹に嫌われたくないんだ」

「はい、ジョージ様。ではまず、その『妹』というお言葉が失礼ですよ。坊ちゃまの『妹』ではないのですから」

「えー! なんて言えばいいの?」

 慌てるジョイスにサッとミミが手を繋いで、

「ミミって呼んでね?」

「は、はい、ミミ!」

 子供部屋は明るい笑いに包まれた。

 笑い声が収まった時、待ちかねたようにリチャードが言った。

「エメット、ここは任せていいかい? 僕はヒューとエドガーを書斎に連れて行きたいんだ。いつか話したブレイクの初版本を見せたいのさ」

「勿論ですわ。ミミちゃんとジョージ様には私がついております。安心してリチャード様もお友達と楽しい時間をお過ごしになってください」

「ありがとう、エメット、さあ行こう、ヒュー、エド!」

「妹のこと、よろしくお願いします、エメットさん」

 弾む足取りで書斎へ向かう3人。だがここからが周到に計画された冒険への第一歩だった。

 書斎のドアが閉まった瞬間、ヒュー・バードは言った。

「リチャード、君に話がある。どうか、聞いてほしい」

「え?」

「まず、俺たちは正直に君に伝えなきゃならない。俺とエドが最初にこの屋敷へやって来た理由だ。実はメッセンジャーボーイの間でこの屋敷に関して良からぬ噂が広がっていて誰もここへ配達したがらなかったんだ」

「どんな噂?」

「蝋燭を掲げた赤いドレスの幽霊を見た……地面から奇怪な音が聞こえる……チカチカと瞬く火の玉が飛んでいる……」

「それらを君たちも見たのか?」

「俺たちが体験したのは、足元からの奇妙な音と火の玉だ」

 間を開けずヒューは続ける。

「但し、この二つは明らかな人為だと俺は思っている。奇妙な音は草の中に置かれた虫の鳴き声だろうし、火の玉は明滅がモールス信号だった」

「モールス信号だって?」

 即座にエドガーが捕捉した。

「ヒューはモールス信号が読めるんだ」

「それで、その信号はなんて言ってたのさ?」

「WATCH DEATHWATCH」

「それは――」

「そうだよ、君のお父上が冊子の最後の頁に書き残したのと同じ言葉だ」

 うなずくヒューに再びエドガーが言い添える。

「地面の虫もね、その鳴き声からどうも死番虫DEATHWATCHっぽいんだ」

「以上のことから俺たちは結論づけた。メッセンジャーボーイを震え上がらせたこれらの怪異はこの屋敷から外へ向けた何らかのメッセージだと」

 ここでヒューは口調を変えた。柔らかい声で、

「昨日、俺とエドはリジー・アッシャーさんを訪ねた」

「リジー!? 懐かしいな。彼女は元気だったかい?」

「元気で凄く幸せそうだった。聖母画のように赤ちゃんを腕に抱いていた」

「彼女が幸せで良かった!」

 心から嬉しそうにリチャードは言った。

「リジーは僕にとって二番目の母だ。一番目は本当の母、三番目はエメットさ」

「リジーさんは、君とジョイスが安全に過ごす役に立つならと、誰にも話していないことを俺たちに明かしてくれた。君のお父上は最愛の妻、君のお母上が失踪後、残して行った愛用品を棺に入れて庭の廟に封印した――つまり、偽りの埋葬をしたと言うんだ。生きているのを確信しているからこそ未練を断ち切ったのだとリジーは解釈している」

「僕の父上がそんなことをしていたなんて……」

 戸惑うリチャードにヒューは一気に言った。

「リチャード、提案がある。君が嫌だと言うなら俺は諦めるけど、どうだい、君のお父上が封印したその棺を開けて見る気はあるかい? 俺は考えたんだ。ひょっとしたらその中にお父上は何か重要なメッセージを残したのではないかと。あるいは冊子に記された言葉の意味の解明に繋がる〝何か〟が見つかるかもしれない」

 ヒューは視線を床に向けた。独り言のようにつぶやく。

「DEATHWATCHと言うけれど、このままでは時だけが虚しく過ぎて行くばかりだ」

「WATCH DEATHWATCH…… 死を刻む時計を見よ、か」

 噛みしめるように言ってから、グッドヴィル家の長男は勢いよくうなずいた。

「承知した。こんな時、君たちはこう言うんだったな。『乗った! その陰謀の仲間になる』または『その陰謀に混ぜてくれ!』」

 三人の少年たちは即座に行動を開始した。

「じゃ、急ごう。時間がない――」

 書斎から出ようとしたヒューをリチャードが制す。

「待って、廟に行くならこれを持って行こう」

 リチャードは父の机の上の置物に手を伸ばした。

 ヒューが怪訝な顔をする。

「そんな骨董品アンティークが何の役に立つんだ?」

「うん、アンティークに変わりはないけど、これは東洋の日本の侍の灯なんだ。龕灯ガンドウと言ってカンテラみたいなものさ。お爺様や父上が廟に連れて行ってくれた時、これを使ってた」

 便利なんだよ、と貴族の息子は実際に操作して見せた。

「こうやって蓋をずらすと明かりが消えて、必要になったら元へ戻せばいい。いちいち蝋燭をつけたり消したりしなくていいんだ。きっと侍たちは闇の中で姿を消したい時に使ったんだろうな」

 三人はその場で蝋燭に火を灯してから蓋を閉じて出発した。

 ガンドウの用意だけでなく、リチャードは心強い道案内となった。

「そっちじゃない」

 庭へ降りようと中央の階段へ向かったヒューとエドガーに声をかける。

 貴族の屋敷はかつての棲家である城砦同様、各階にいくつもの秘密の階段を設置していた。襲撃を受けた際の逃亡、あるいは侵入者への奇襲用だろう。

 二階にも左端のジョイスの部屋の横に隠し階段があった。一見壁にしか見えないがリチャードがその部分を押すと奥へと開き、細い階段が出現した。

 リチャードに導かれてそこから庭へ出る。

 庭の右奥、柳や鈴懸の優しい木立に隠されるようにしてグッドヴィル家の聖廟はあった。

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