第二十五話 和解
「では、行ってきますね!」
宿屋を後にするレナに、俺は軽く手を振って応える。宿の修繕を依頼すべく、修理屋に向かうと言っていたが……正直、不安で仕方がない。前回の件もあるため尚更だ。まるで自分の子供におつかいを行かせる親のような気分だ。
一応【
( あれ、テレサも青色で表示されてる。まだ味方と信じた訳じゃないんだけど…… )
「さてと……」
様々な表示が重なっているウィンドウを閉じると、俺はテレサの居る部屋へと向かった。彼女には問いただしたい事が山ほどある、この機に吐かせた方が良いだろう。そうして扉の前に立つと、数回ノックを響かせた。
「少し用があるんだけど、入ってもいい?」
「あらぁ、ひょっとして私に性欲処理を任せ……」
予め手に持っていた夜桜を鞘から出したりしまったりを繰り返し、金属音を敢えて響かせた。
「むぅ、どうぞ〜……」
効果は抜群なようで、どこか
「それで、用ってなぁに?」
「そうだな。まずは……あんた達が何者なのかをはっきりとさせておきたい。それと、街を襲った目的も」
「……なるほどねぇ」
テレサの表情が少し真面目なものへと変わる。
「逆に、主様は私たちの事をどこまで知っているの?」
「どこまでって言われても、ほとんど知らないから聞いてるんだけど……」
考え込むような素振りをしつつ、俺は今の時点で分かっている事を思い出してみる。
「とりあえず、魔族の存在が危険なものだって事は分かった。多分だけど、あんたの他にも居るんでしょ?」
「えぇ、私の他にも魔族は存在するわ」
「その魔族って、あと何人居る?」
「……」
テレサからの返答が途切れる。僅かな沈黙の後、何かを考え込むようにしつつテレサは口を開いた。
「四人よ。私を含めて、魔族は五人居るの」
その言葉に俺は表情を曇らせる。テレサ一人でも厄介な相手だったが、そんな魔族があと四人も存在するのか。
「目的は何なんだ、どうして街を襲ってきた?」
「それは……魔王様の
以前から気になっていた人物の存在が、再びテレサの口から告げられる。凡そ見当はついていたが、やはり事の
「その魔お……んぶっ!?」
突如としてテレサが俺を抱きしめてくる。その拍子に、俺の顔はテレサの胸に埋まることとなった。慣れない感触と漂う甘い香りに、自分でも分かるほど俺は顔を赤らめてしまう。
「だぁめ。また死んじゃうわよ?」
忙しなく手足を動かして抵抗するも、テレサの言葉に俺はぴたりと動きを止めた。
「まだ主様には、私の【死の予言】が残っている筈だから」
ようやくテレサの抱擁から抜け出した俺は、赤くなった自分の頬を叩きつつ疑問を向ける。
「それって、どういう……」
「ユニークスキル、私だけが有するスキルの効果よ」
「ユニークスキル……」
その意味はだいたい予想がつく。なんせ俺が以前やっていたリバホプにも、ユニークスキルと呼ばれるものは存在していたからだ。主に武器や防具を作った際、稀に付与されるものとしてユニークスキルのついた武具は重宝されていた。まさか、この世界にもそれが存在しているとは。
「あんたのユニークスキルって、どういう効果なの?」
「予め、相手が口に出す単語を予測するの。その単語を先に私が言って、その後に相手も同じ単語を口に出したら死ぬ。……つまり、私は主様に "魔王様" という単語を発した時点で死ぬように
その説明を聞き終え、俺はようやく納得した。あの時俺が死んだ理由、それこそ魔王様という単語を発してしまったのが原因だ。だからテレサは何度も魔王の名を口にして、俺に言わせようと
「え〜、そんなのチートじゃん……」
「ちーと……? なぁにそれ?」
きょとんと首を傾げるテレサに、俺は何でもないと首を振って答える。チートという言葉は存在しないのかもしれない。
「でも、結構面倒なのよぉ? 単語と言っても主に名称に限られているの。それに、私よりも先に相手が口に出したら、その単語は使えないし……」
それでも充分危険だと思うのだが。少なくとも使う場面を見極める必要があるらしく、物や人物の名前をピンポイントに言わせる必要があるようだ。
「じ、じゃあ……心の中でその単語を出す分には大丈夫って事でいいの?」
「ええ、口にさえ出さなければ全くの無害よ」
俺は安堵と共に胸を撫で下ろす。まぁ、そうでなければ俺は何度もノーラの居る白い空間を行き来している筈だ。……しかし、仕組みはわかったが、まだ根本的な問題が解決していない。
「その死の予言って、取り消せるよな……?」
「無理よぉ。本来なら既に死んでるはずだし〜……。そもそも、生き返っちゃう主様が異常なのよ?」
( それを言われると、なんも言えないんだよなぁ。もはや自分が他と違う事に慣れつつあるよ…… )
「ま、まぁ……そんなに頻繁に口に出すようなものでもないし、別にいいか」
日常的に魔王様なんて言う事は無いし、言わないように意識していれば特に問題は無いだろう。
「とりあえず、だいたい分かったよ」
結局、魔王の目的が何かは分からないままだが……下手にその名を口に出して死ぬのも御免だ、今の所は伏せておこう。
「最後に一つ聞いておきたいんだけど……」
「なあに? なんでも言ってちょうだい」
「───本当に、あんたの事を信じていいんだな?」
俺の言葉に、テレサは迷う事なく頷いた。
「この身は既に主様のもの、この
そう言うと、テレサは俺の手を自身の谷間へと押し当てた。
「なっ! お前はまたいきなり……」
「ここに私の魔核が埋め込まれてあるわ」
「え、魔核……?」
「そう、これがある限り私が死ぬ事は無い。けれど、それを壊せば二度と生き返る事は出来なくなるの」
テレサの表情は真剣そのものだった。思えば、レナを襲った男のように命乞いをすることなど無く、テレサは俺に最後を委ねていた。恐らく……いや、彼女は本気だ。現にこうして自ら弱点となる場所を告白してきたのが何よりの証拠でもある。
もちろん、それが事実だという保証はない。けど、そんな彼女を見て俺は、疑う気も無くなっていた。
「もし、主様が望むのなら、私は……」
「……もういい、わかった」
「え……?」
テレサは不安な表情を浮かべたまま俺を見つめる。
「信じるよ。ずっと疑っててごめん……」
「……! ほ、ほんとぅ? 嘘じゃない……?」
「うん、嘘なんかじゃない」
「……っ、良かった……。あなたを信じて、本当に良かった……」
途端、テレサは勢いよく俺に抱きついてきた。突然の行動に抗えず、俺はベッドに押し倒される形となる。いつもの如く逃れようとしたのだが、初めて見る彼女の泣きじゃくる姿に、俺は受け入れる事しかできなかった。あんな態度を続けていたテレサだが、ひょっとすると俺が信じるのを待ち続けていたのかもしれない。
「あぁもう、いい大人が泣かないの!」
「大人だって、泣く時は泣くわよぉ……!」
俺の上に覆いかぶさるテレサに対し、胸に埋もれる俺。
( く、苦しい……けど、柔らかい…… )
「ノーラさまもここにいらっしゃるのですか? ……って、な……っ、何をしているんですか!!」
いつの間にかレナが帰ってきていたようで、扉の方から叫ぶ声が聞こえてくる。が、テレサにのしかかられているため見えない。頼むテレサ、どいてくれ。
「うぅ、レナちゃぁん……!」
「ひぃぃい!! な、なんでこの人泣いてるんですか……!? すごく怖いんですけどっ!」
感情を抑えられないまま、テレサはレナの居る方へと向かって行った。ちらりと横目で見てみてると、案の定テレサによって抱き上げられ、今もなお泣き続ける様子に困惑するレナが見えた。
「……まぁ、打ち解けたって事で大目に見るか」
俺は暫くベッドの上で伸びたまま、テレサが泣き止むまで訳もわからず慰めるレナの様子を眺め続けるのだった。
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