第二十三話 平和な日々にお別れを

「はぁ〜……」


 宿へと帰ってきた俺は、まるで実家のような安心感を抱きつつ安堵の息を漏らした。もちろんテレサもご一緒だ。一刻も早くレナの笑顔でリフレッシュしなければ、いずれストレスで胃に穴が空いてしまう。

 俺は宿屋の天使に癒されるべく玄関の扉に手を掛ける。すると……。


「ノーラさまぁぁぁぁあ!!」


 扉が開かれたと同時に、中から勢いよくレナが飛び出してきた。


「外から何度も大きな音や叫び声が聞こえてきて、その度にノーラさんが……危険な事に巻き込まれてないか、ずっと不安で……っ」


 留守の間、レナはずっと俺の帰りを待っていてくれたらしい。恐らく外での出来事を知らないレナにとっては不安で仕方なかったのだろう、何より一人で心細かったはずだ。

 自分よりも他人を心配するなんて、本当に心優しい子だと改めて思う。


 ( ……しかし、しかしだ。レナよ、一言だけ言わせてくれ )


「レナ、私はこっちだよ」


「へ……?」


 ようやくレナは顔を上げた。そして、抱きついている人物が俺ではなく隣に居る魔族テレサだと分かると、徐々に顔を青ざめていく。


「ふぇっ……! ど、どうして魔族がここに……!?」


 声と身体を震わせつつも、恐怖でその場から動けずにいるようで、必死に訴えるような目線を俺に向けてきた。まぁ、無理もないだろう。レナには悪いが、慣れてもらう他ない。


「あらぁ! 主様行きつけの宿だと聞いて、一体どんな店主なのかと思ってたけど。まさか、こぉんなに可愛い子が店番をしてるなんてねぇ?」


「ひぇぇっ! の、ノーラさま助けてぇぇぇ!! 」


 怯えていようとも構い無しといった様子で、テレサはレナを抱き上げると、その豊満な双丘に顔を埋めさせた。じたばたと暴れて俺に助けを乞うレナだったが、がっちりと抱きしめたまま離す気配のないテレサに、俺は何も出来ずにいた。


 ( ……うん。断じて羨ましいとか、眺めてたいとか思ってないからね? 仕方なくだから、仕方なく!)


「あ〜……必死な所悪いんだけど、そいつも宿に泊まるみたいだから、今日は二部屋お願いできる?」


「ぇ……? 泊まるって……魔族がうち、に……」


 俺の言葉を聞くと、レナぐったりと脱力した。あまりの衝撃にとうとう気絶してしまったらしい。それでもなお、テレサはレナを抱きしめ続けているが。


「えぇ〜? 私は別に、主様と同じ部屋でもいいのに……。ねぇ、一部屋にしましょう?」


「やだ。あんたと一緒だと落ち着いて寝られない」


「そっ、そんなぁ……!」


 テレサは目を潤ませながら俺を見つめてくる。確かに少し言葉がきつかったかもしれないが、こうでも言わないと調子に乗ってしつこく迫って来るはず。これは仕方のないことだ。

 そもそも魔族とはいえ、テレサも女性である事に変わりはない。それに、体つきも理想的な大人の女性そのものだ。そんなのとひとつ屋根の下で一夜を過ごすなど、俺にはハードモードすぎる。


 ( 幸いにも俺の身体は少女だし、間違っても変な事にはならないと思うけど……俺は男だ、男なんだぞ!)


「とにかく、別々の部屋にするからね」


「……わかったわよ、主様がそう言うならぁ」


 むすっとしたテレサなど気にすること無く、俺はレナが目を覚ますのを待つことにした。もっとも、目を覚ませばもれなく魔族の腕の中だけども。

 それから数十分ほど後。目を覚ましたレナに経緯を説明しつつ、横槍を入れるテレサの誤解を解き続けるのに数時間を費やすのだった。


     ◆


「疲れた……」


 寝具の上で仰向けになり、俺はしばらく天井を見つめたまま疲れを癒していた。テレサが適当な事ばかり言うものだから、そのつど勘違いをするレナを説得し続けるのにかなり時間が掛かった。本来ならもっと早く説明し終わっているはずなのだが。


「まったく、あいつと居ると気が休まらないな……」


 今思えば、昨日まで一人で気楽に過ごしていた時間がとても懐かしく思える。人との関わりには多少慣れてきたが、ベタベタと引っ付いてくるテレサに慣れるには、まだ時間が掛かりそうだ。


「それにしても、疑問は増えるばっかだなぁ……」


 テレサが言っていた魔王様と呼ばれる存在。現世で見た漫画などの知識で考えるとするなら、やはり世界征服云々が定番だろうか。幸いにもこの街の危機をしのぐ事は出来たが、ひょっとすると他の場所は既に多くの魔物が攻め込んでいるかもしれない。

 この街に攻め込んできた魔物たちがテレサの指揮によって集められたものだとすると、テレサの他にも魔物とは比べ物にならない力を持った魔族が居るのでは。


「……ちょっと聞いてみるか」


 今の俺が考えた所で、結局は全て憶測に過ぎない。であれば、その関係者に聞くのが一番手っ取り早い。実際の所、まだテレサの事を完全に信用した訳じゃない。今は敵意が無いとはいえ、俺は一度テレサに殺されたのだから。まぁ、何かを企んでいるにせよ、今は変に刺激を与えない方が良いだろう。

 自分の部屋から出た俺は、テレサが居る部屋の扉を数回ノックした。


「ちょっと話したいんだけど、いい?」


「はぁい。今服を脱いじゃってるから、着替え終えるまでちょ〜っと待っててねぇ」


 扉の奥でテレサが返答した。服を脱いで一体何をしていたのかは知らないが、とりあえず着替えの途中を目撃してしまうような展開にはならずに済みそうだ。ムフフな展開を望む世の男たちよ、俺は健全な選択肢選ばせてもらおう。どうか悪く思わないでくれ。


「もう入っていいわよぉ」


 それを聞くと、俺はゆっくりと扉を開けた。するとそこには……。


「……は?」


 生まれたままの姿を晒すテレサが居た。


「やぁだ、主様ったらエッチ〜!」


 すん、と真顔になりつつ、俺はアイテムの中に入れていた夜桜を取り出した。


「そうかそうか、そんなに斬られたいのなら是非もない。次は肉片一つと残さないから覚悟しろ?」


 にっこりスマイルによる圧、ひたすらに掛ける重圧。


「ひっ……!? わわ、わかったから斬らないで……ね? ねっ? その物騒なものは置いて、一度話し合いを……」


「ノーラさま? 扉の前で一体どうし……って、な……なんで裸になってるんですかあなた!」


 たまたま近くを通りかかったレナが様子を見に来た。しかし、この地獄のような光景を目の当たりにしたあと、レナは咄嗟に俺の背後へと隠れてしまう。


「あ、あら……レナちゃんにも見られちゃったわぁ。これじゃあ私がエッチみたいねぇ?」


 ( エッチどころか痴女だよ! ド変態だよ!)


「の、ノーラさま……この状況は一体……」


「いいから早く服を着ろぉぉぉぉ!」


 その夜、俺の切なる叫びが辺りに響き渡った。

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