第二十一話 平和主義者
「なんで……どうして生きてるのよ!」
空中に浮いたまま、テレサはまるで死人でも見ているかのように驚愕した表情で私を見ていた。
「あんたは確実に魔王様の名を口に出して死んだはずよ! 私が有する【死の予言】から逃れるなんて、絶対に有り得ないわ!」
「それじゃあ単純に、あなたの言葉に絶対なんて保証は無くなったってことね」
「……うそよ、私の予言が効かないなんて。ましてや、こんな人間如きに……っ!」
死んだはずの人間が生きているという状況に理解が追い付いていない。いや……受け入れられないのだろう。今のテレサに余裕などは無く、何気ない私の挑発にもまんまと乗せられているほどだった。
「それで、まさかもう万策尽きたのかしら?」
「うるさい! たかが一度の死を免れた程度で、図に乗るんじゃないわよ小娘がぁ! 」
テレサは私に手のひらを向けると、そこからは複雑な術式で組み込まれた魔法陣が展開される。すると、手のひらに炎を顕現させ、無数の火玉となったそれは私を目掛けて放たれた。
「そもそもぉ、あんたなんか予言を使うまでも無かったのよ。……こうして直接殺す方が早いんだもの!」
向かってくる火玉を
「大丈夫? 息が上がっているようだけど」
「ぐっ……。ふふ、勝ち誇るには早いんじゃない? 私はまだ、一度も全力を出してないのだからぁ!」
テレサは右手を空に掲げ、先程とは比較にならない程の巨大な魔法陣を展開させた。そうしてテレサの頭上に集まる膨大な魔力が炎へと変換され、球体状の炎は魔力が注がれるにつれて大きさを増していく。
「あの街もろとも、ぜ~んぶ焼き尽くしてあげる! 散々私を
炎の球体は未だに巨大化を続けている。今のテレサは無防備であるものの、攻撃した所で一度顕現させてしまった炎の球体が消えることは無い。下手をすれば、地面に落下して大きな災害をもたらしてしまうだろう。
「アレばかりは、私にはどうする事も出来ないわね。けど……あなたならきっと、この状況も切り抜けられるんでしょう」
これ程の絶望的な状況を前にしても、恐怖などは一切無い。理由は至って単純、私はあの人を信じてるから。
「───あとは頼んだわ、月島裕斗」
◆
長い夢から目を覚ました気分だった。
夢の内容は霧がかかった様にぼんやりとしていて、うまく思い出す事ができない。しかし、何故か俺は必死に思い出そうとしていた。
( なんで、こんなに必死になってるんだ? どうして夢の内容なんか…… )
自問自答を繰り返す中で、掛けていた記憶が徐々に形となっていく。
……そうだ、俺は約束したはずだ。また逢いに行くことを、そして───次は絶対に忘れないと。
「……今度は覚えてるよ、ノーラ」
その瞬間、俺は全て思い出した。夢の内容を、此処に至るまでの記憶を。そして───今の俺がやるべき事を。
俺は目の前の敵を倒すため、その目をゆっくりと開いた。
「……へ?」
そこには狂気に満ちた表情で俺を見下すテレサと、空を覆うほどの巨大な炎の塊が上空に浮いていた。どうやら俺はまだ、少し寝惚けてるのかもしれない。一度目を擦ってから、再び目を開いてみる。そこには……。
「死になさい! 小娘ぇぇぇえ!」
「ぎゃぁぁぁ! どういう状況だこれぇぇぇ!!」
急展開過ぎて思考が追い付かないが、一先ず目の前の出来事を整理する。テレサ怒ってる、めちゃくちゃデカい炎の塊が迫ってる、つまり……俺、絶体絶命? ドウシテ……?
( まるで途中まで視聴していたアニメの内容が、ほんの少し目を離してるうちに最終回手前まで話が進んでた時のアレみたいじゃないか!?)
「あんなのどうしろと……。けど、このままだと街が……!」
恐らく俺のステータス的に、あれを直撃しても生きていられる自信は多少なりともあるが、それよりも後ろの街に被害が及ぶのは何としてでも避けたい。それならどうする、俺にできる事なんてあるのだろうか?
「くそっ、こうなりゃ仕方ないな……」
迫る炎に考えている余裕など無い。決心した俺は、刀へと手をかけた。正直、この方法は試したくなかったが。
本気の威力で、消し飛ばすしかない。
「───今度は加減ナシだっ!」
刀を抜くと同時に魔力斬を発動させる。渾身の力を込めたため、当然最初に放った魔力斬とは全くもって威力が段違いだ。放つ先が空ならば、加減なんて気にする必要も無いだろう。
俺の放った斬撃は、迫りくる炎の中に呑まれるも相殺する事に成功……いや、まだこちらの斬撃は生きている。
「なっ……! 私の最大魔力を費やしたのに───」
予想だにしない出来事に判断を遅らせたテレサは、迫る斬撃に対処出来ず───身体を両断される。
「がっ……」
未だに前進を続ける斬撃は、雲を裂きながら上空へと消えていった。やがて二つに裂かれたテレサの身体は、ゆっくりと地面へ落下する。
「……終わった、のか」
確認するべく、俺はテレサの元へと向かう。あまり気は進まないのだが。
「ぅ、……あ、私……死んじゃ……」
繋がっていない上半身と下半身を動かし、何とか抗おうとしている。瀕死になりつつもテレサは死を拒んでいるようだった。
「……ごめん。あんたが敵である以上、私はあんたを助けることが出来ないから」
例え俺を殺した相手でも、こんな姿を見ていると流石に同情してしまいそうになる。もう長くは持たないだろう、せめて看取るくらいの事はしておこうとその場に腰を下ろした時、テレサの手が俺に向けられた。
「───隙を見せたわねぇ!」
テレサは残りの魔力で魔法陣を展開すると、俺の身体は炎に包まれて燃え上がった。
「ぎゃぁぁあ熱い! 熱……いや、暑い?」
「は……?」
突如として自分の身体が燃え上がった事に驚き、つい反射的に熱いと感じてしまったが、痛みも無ければ苦しさもない。感覚で言えば、夏場に外出をした時のような、それくらいの暑さにしか感じなかった。そう、日光浴にはちょうど良いあの暑さだ。
やがて俺の身体から炎が消えると、プスプスと煙を出しつつ無傷の俺が姿を現した。
「……はは。バケモノねぇ、あんた……」
観念したかのように、テレサは小さく呟いた。
「私の負けよ。認めたくないけど……あんたには全く勝てる気がしないわ」
「あ、あぁ……うん。なんかゴメンね」
何だかテレサのプライド的な何かをへし折ってしまったようで、ちょっと申し訳なく感じてしまう。
「早く殺しなさい。……もう、私に抵抗する力なんて残ってないから」
「いや、そんな
「ぇ……?」
テレサはきょとんと俺を見詰めている。流石にここまでしておいて、とどめを刺す勇気は俺には無い。
「どうして……。私は、あんたの敵なのよ?」
「そうだね。けど……これでも私は普通の人間だからね、平和主義な考えしか持ってないんだよ」
甘い考えかも知れないが、俺は元々普通の人間だったんだ。例え現実とは違う世界に来たところで、平気で誰かを殺せるような人間にはなりたくない。圧倒的な力を得たところで、その考えは変わらない。
「だからもう、不意打ちで攻撃はしないでよ?」
ダメージ的にはあまり効かないとは思うが、なんせ心臓に悪い。単なるショック死でまたノーラの元へ行く事になったら、ダサすぎて生きる自信を失ってしまいそうになる。
「魔族の私に同情だなんて。ほんと……変な人間。……けど、悪い気はしないわねぇ……」
テレサはゆっくりと目を閉じた。改めて死を目の当たりにした俺は、複雑な気持ちを抱きつつその場を離れようと立ち上がる───その時、俺は何者かに腕を掴まれた。
「え? いや……あれ、なんで!?」
気付くと、テレサの身体はすっかり元通りに治っていた。警戒や敵意よりも混乱する俺に対し、テレサは勢いよく俺に抱きついてくる。
「───決めた。私……あんたの従者になるわっ」
「……はぁ!?」
テレサの言葉に、俺は余計に混乱するばかりだった。
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