第十七話 動き出した闇

 召喚儀式から二日が経過した。未だに召喚者さまの生存は確認されておらず、それどころか一つとして情報さえ掴めていなかった。


「このまま、見付けられなかったら……」


 恐らく、猶予はあまり残されていないだろう。本来であれば今頃、召喚者の能力を引き上げるべく訓練に取り掛かっていた筈だった。


 召喚者の称号を与えられた者のみが授かることのできる恩恵おんけい、それこそが魔族の襲撃に対抗できるもの。超人的な身体能力、完璧なまでの魔法の才能。いずれにせよ私たちには得られない特別な力を持つ召喚者こそが、私たちの唯一の希望なのだ。戦う力を得るために身体を鍛え、多くの魔法や知識を覚えることでようやく準備が整う……はずだった。


「何とかしなきゃ。……二度と、あの日のような悲劇を繰り返さないためにも」


 崩壊する街、幾人もの犠牲を出したその風景が私の頭をよぎる。その時、扉をノックする音が部屋に響いた。


「セレシア様、ご報告があります」


「……どうぞ、お入りください」


 扉を開けて入ってきたのはダネアだった。私は咄嗟に沈んでいた表情を戻しつつ視線を向ける。


「どうかしたのですか?」


「はい。以前から目を付けていた冒険者集団、グラングニルについての事なのですが」


「……また、犠牲者が出たのですね」


 半年ほど前から名を挙げ始めた集団、それがグラングニルという一つの組織だった。幾度も事件を引き起こし、その度に兵士を向かわせているのだが……並の冒険者以上の実力を有しているだけあって、ことごとく返り討ちにされている。


 時には死人を出してしまうこともあったため、闇雲やみくもには手を出すことが出来ず偵察兵ていさつへいに監視させていたのだ。報告で彼らの組織名を聞く時は、決まって数人の犠牲者が出ている。今回もそうなのだろうとため息をこぼす私だったが、ラニアは小さく首を横に振っていた。


「いえ、それが……先程グラングニルの計五名全員を取り押さえることに成功しました」


「え? 今、なんと言いました……?」


「グラングニルの全員を、確保したのです」


 信じられないといった様子で見つめる私に、ダネアは言葉を続けた。


「偵察兵から、グラングニルの拠点である小屋がボロボロに破壊されていたと報告を受け、直ちに小屋へと向かったところ。五名のうち三名は完全に戦意を喪失しており、ほか二名は重症を負っていました」


「そ、そんなことが……」


 話を聞くに、恐らく何者かに襲われた後なのだろう。しかし、この街にグラングニルを超える実力を持った人なんて……。

 そこでふと、私の中でノーラさんの姿が思い浮かぶ。外から訪れた者と言えば、彼女の他に居ない。まさかノーラさんが? ……いや、あんな小さな子にそれほどの実力があるとは思えない。


 ───それこそ、召喚者でもない限り。


「……分かりました。一先ず怪我を負っている二人を治療した後、グラングニルの者たちを地下牢へ連れて行ってください」


 傷を治す代わりに情報を聞き出すという条件を出せば、もしかすると彼らを襲った人物が分かるかもしれない。グラングニルの件は兵達に任せて、しばらく様子を見るのが良さそうだ。


「それでは、失礼します」


 そうしてダネアが部屋を出ようとした直後、勢いよく扉が開かれた。


「セレシア様! ほ、報告があります!」


 部屋に入ってきたのは男の兵士が一人。彼は確か、街の外で門衛をしている者だったか。


「無礼だぞ! ノックも無しに入って来るなど……」


 ダネアが彼に向かって怒りを飛ばすものの、それどころでは無いと言った様子で口を開いた。


「魔物が……大量の魔物の群れが、街に向かってきております!」


「なっ……」


 彼の言葉に私は息を詰まらせた。頭の中が真っ白に埋め尽くされ、その場にへたり込んでしまう。


「そんな……もう、攻め込んできたと言うの……?」


 魔物の大群が迫っている。今もなお、この街に向かって。……今の私に、その現実を受け止められる余裕などなかった。


「せ、セレシア様……。我らは一体、どうすれば……」


 門衛の兵士が不安な表情で尋ねてくるが、そんなの私にだって分からない。召喚者も見つかっておらず、何の対策もない今。私たちには何が出来るというの……。


「……セレシア様」


 絶望に打ちひしがれる私の目を、ダネアは真っ直ぐに見つめてくる。


「まだ、諦めてはなりません。セレシア様が諦めてしまわれたら、この街はもう……」


 ……そうだ、諦めるわけにはいかない。五年前に私は誓ったはずだ、もう二度と……こんな悲しい悲劇は繰り返さないと。


「……街の人々を避難させます。そして、戦う事のできる冒険者や兵士を早急に集めてください!」


 何としてでも食い止めなければならない。例え、私自身が犠牲になったとしても。

 剣を手に取った私を見ると、ダネアは目を見開いた。


「だ、だめです! セレシア様を戦場に向かわせるわけには……!」


「いいえ、私も前に出て戦います。隠れて事の結末を見ているだけだなんて、したくありません!」


 ダネアの有無も聞かず、私は部屋を飛び出した。


「……必ず、守り抜いて見せます」

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