第29話
十月九日の事だった。
今朝上野スラムのオフィスの一番近くの幹線道路、その歩道の上にニシキの死体が放置されているのを、民間人が発見した、と警視庁に居るシンパから俺に連絡が入った。死体はニシキの両親に引き取られ、俺達は少ししか遺体を見ることができなかったが、確実にニシキだった。
ニシキの情報端末には死ぬ間際にメモされたデータが残っていた。恐らく音声入力されたもので、俺に宛てられたものだ。うめき声の合間にしぼりだすようにしてしゃべっていた。
アウトサイダーは最終的に愚かな民衆に殺されるんだ
なら今の俺はアウトサイダーになれたってことかな
ずっとおまえの生き方にあこがれてた、一人でも、強い、和泉、アオイを守ってやってくれ、頼む
我慢できないくらい痛い、神経毒、たぶんVXガスだ、助からない、さよならだ、とても、残念だ
また一緒に
メモはそこで途切れていた。
あいつは日本や組織の事じゃなくて俺やアオイの事だけを心配していた。人が死に際に考えることなんてそんなものなのかもしれない。俺はニシキの死を悲しむ暇が無かった。このままでは全員殺される、そんな夢みたいなことは御免だった。だが頭を働かそうにも、無理だった。こんな経験は初めてだった。
ニシキは昨日一人で出かけたっきり俺たちのオフィスに帰ってこなかった。俺はアオイのケアをするのが精いっぱいだった。ニシキをガードしていた手練れ二人は上野の別の場所で穴だらけの遺体となって発見された。彼ら二人とは違って、ニシキは毒殺だったし、爪をはがされるなどの拷問の跡も見られた。しかも直前に俺へのメッセージを残させている。俺たちに対する怨念が感じられた。
ニシキに恨みがあるやつなんていっぱい居るので絞り込めないが、ここまでの憎悪をぶつけられるとなると、正直見当がつかなかった。
茂山が、ニシキがさらわれた時の衛星高度映像を手に入れてきた。平岩や野村が殺されてから、基本的に幹部たちの行動は衛星によって監視していたのが幸いした。俺と葛野はその映像を茂山に見せてもらった。ニシキが上野スラムのお気に入りのトラットリアに入ろうと、車から降りた瞬間、周囲のガードは浮浪者に化けていた男に殴り飛ばされ、昏倒したところを撃ち殺された。別の車がニシキを拉致し、走り去っていった。
衛星映像から判別するに、白昼堂々、人殺しをやってのけた彼らは、「ベオウルフ・コントラクターズ」という名の、PMC(戦争請負会社)の一員だった。
「間違いない、米軍あがりの連中が多く所属する、PMCの中でも中堅の会社です、租税回避の為アイルランドに本社をおいていますが、実質的にアメリカの会社ですね、世界的な義肢製造会社ベオウルフ・コーポレーションの外郭企業です」茂山がかろうじて判別できた敵の顔を自分のデータベースで検索して突き止めた。俺はテルの義指にも、ベオウルフというロゴが入っていたことをおもいだした。
俺は心当たりがあり、
「ベオウルフか、知っているぞ、都市型の戦争を想定して、義肢技術を応用したヒトサイズの戦闘用アンドロイドAIを造ろうとしている会社だ、まだまだ技術的には追いついていなくて運用段階に移っていないという噂だったはずだ」
すると茂山が、
「でも見てください、この映像を、一人異常に背の高いやつがいます、こいつがうちのガードふたりを片手を振り回しただけで昏倒させましたよ、他のやつらはとどめを刺しただけです」
衛星からの動画撮影の為すこし画像が荒いが、なんとかその男を確認することができた。というより、周囲の人間より三つ分ほど頭の位置が高い。身長が二メートル五十センチはあるのではないだろうか。顔は確認できなかった。
「遂に完全に自律した戦闘用アンドロイドAIが実用段階に入ったということですかね」
葛野が言う。
「バカだな、今のAIじゃヒト型の戦闘なんて複雑極まりない行動を制御できるわけ無いじゃん、ハルカでも何十年と研究しないと無理だ、まあプリセットというか行動をあらかじめ何パターンか記憶させておけば可能だけど、ぎこちないし応用力が皆無だ、人間様には遠く及ばないよ」
「でもまわりにいるやつらはこの男がガードをふっとばしたときにデータを採ってますよ、映像撮ってるやつもいる、よく見えないけど男からはコードが出てて、出力できそうな端末につながっている」
「ほんとうだ、なにかの実験なのかな……」
「敵について想像するのは後でゆっくりやろう、これで野村と平岩とニシキが殺されたことになる、今まで通りのスキームで俺たちが動くのは不可能だ、違うか」
二人ともうなずいた。
「まずアオイ、ハルカ、ユキオが狙われる可能性も高いので上野には置いておけない、軽井沢に移す、最悪国外に逃げてもらうことになるかもな、俺達は反撃するにしても敵の姿が見えていない、茂山は今までの仕事をすべて中止してでもベオウルフに関する情報を探れ、葛野は上野の拠点を出来る限り要塞化してほしい、おそらく近日中に大規模な攻撃があると俺はおもう」
「私たちも東京を離れてどこかに潜った方がいいのでは」茂山が言った。
「そうしたいが、あまりギガストラクチャーから物理的に離れたくない、金剛はともかく他の政治家や官僚はニシキや野村の死を知ったらどういう行動に出るかわからないだろ、タガが外れてまたSUAの勢力が盛り返すかもしれない、今は大事な時期だ、今逃げたらニシキ達が作ったものが水の泡だ」
「でも上野は離れましょう、危険です」と葛野が言う。
「ふざけるな、俺とニシキとアオイはここからなにもかも始めたんだぞ、ここが落ちたら終わりだ、それにバラバラになったらまた集合するまでに時間がかかる、ここである程度粘って様子をみるんだ」
俺はそう言って、ニシキの部屋に向かった。彼の机の引き出しの中に、全然使っていないデザートイーグルと銃弾が入っていた。俺はそれを持って、自分の部屋に戻った。
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