すみません、雑談しないと先に進まないんですか……?
ちびまるフォイ
こんな変な人には関わりたくない!
「いらっしゃいませ。〇〇美容室へようこそ」
おしゃれな店内には店員がひとりだけ。
他には客がいない。
「予約していないんですが大丈夫ですか」
「はい大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
案内された座席に座ると、首から下に布をかけられてるてる坊主状態になる。
美容師はハサミをちゃっちゃと用意しはじめた。
「今日はどれくらい切りますか?」
「全体的に短くしたいんで、5cmくらいですかね」
「横はどうしましょうか」
「耳の上くらいまで切ってください」
「承知しました」
ふう、とレストランで注文をした跡のように 落ち着く。
あとは髪がいい具合に切られるのを待つだけ。
「……あの。なんで切らないんですか」
鏡越しに美容師はハサミを持ったまま固まっていた。
「いや、最初にふる話題を考えていまして」
「話題?」
「実は私、"雑談症候群"というのがありましてですね。
誰かと話していないと体が動かないんですよ」
「は、はぁ……」
「なので、お客さんとお話しようと思っているんですが
良い話題はなにかなーーと考えてたんです」
「雑談得意な人は話題で悩んだりしませんよね……」
話している間は美容師は手際よくハサミが動く。
まるで口とハサミが連動しているようだ。
会話が途切れるとまたハサミの音がとまる。
「……」
「……」
これは自分から話題をふるべきなのか。
美容師は俺が話題をふるのを待っているのか。
美容師と自分との間に意図しない心理戦が火花を散らす。
先制攻撃を仕掛けたのは美容師だった。
「休日はなにされてますか?」
「きゅ、きゅうじつ!?」
自分の脳裏に休日のプレイバックが流れてくる。
そのありさまを赤裸々に語ったところで絵日記の1ページにも満たない薄い内容。
「特に何も……」
「そうですか……」
「……」
「……」
ハサミが止まる。再びカット完了のゴールテープが遠のいた。
このままではまずい、すでにタイムリミットの足音が体の中から聞こえ始めている。
「び、美容師さんは土日なにされてるんですか!?」
「美容師は……土日が出勤日ですからね……仕事してます」
「そ、そうですか……」
「はい……」
ふたたびハサミが止まる、
渋滞よりも前に進まない。
口下手ふたりを突き合わせると沈黙拷問という新種のストレス異空間が作られることを知った。
「あの、しゅっ、趣味は!?」
まるでお見合いのような質問を美容師にぶつけた。
とにかく何か自分との共通点を見つけて、そこから話を広げるしかないと思った。
「趣味は……そうですね。フラワーアレンジメントやボルダリングをしてます」
「あ、ああ……えーっと……そうですか……」
「……」
「……」
あまりに自分とはかけ離れた趣味で共通点がウォーリーよりも見つからない。
どんどん限界が迫ってきているのに、完成には近づけない。
もうなりふりかまっていられない。
「あの! 強引にでも髪をカットできないんですか!?」
「だから私は"雑談症候群"でして……」
「だとしてもですよ! なんとかこう気合で抑え込んでカットしてくださいよ!」
「できません! そんなことはプロとしてできません!」
「いや大丈夫ですって! お母さんがイキって髪を切ったぐらいの出来栄えであっても、受け止められる心づもりはしています!」
「ダメなんです!」
「どうして!?」
「私は雑談ナシでハサミを使うと手が震えてしまうんです!
髪をカットするどころかお客さんの耳を切ってしまう危険だってある!!」
もう限界だ。
「もういいです! ここではもうカットしません!
腕がいいと聞いてきたのに、こんなに変な美容師さんだと思わなかった!」
「お客さん、待ってください!」
「いいえ待ちません! もう限界です!! あなたのような変な人にはこりごりだ!」
首にかけていたカバーを脱いで椅子から降りた。
椅子のそばに立つと、店の奥にあるドア1点を見つめて立ち止まった。
直立不動になった俺を見て美容師はおずおずと尋ねる。
「あの……店を出るのでは?」
「ええ、そのつもりです!!」
「ではなぜトイレのドアばかり見たまま止まってるんです……?」
「俺は"連れション症候群"で、ひとりではトイレに入れない体質なんですよ!!」
すみません、雑談しないと先に進まないんですか……? ちびまるフォイ @firestorage
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