月光の下、あなたを滅す
沙倉そら
序幕 討魔師であるということ
刃を振るって怨霊を滅し、這い寄る闇から生者を守る。それが私達『討魔師』の御役目。
心臓を抉り取られ、代わりに塩を詰め込まれた。例えるならそんな気分だった。
喪った命は戻らない。死んでしまった人が生き返ることは無い。仮に故人そっくりな存在が目の前に現れて、私に語り掛けてきたとしても、それは姿を真似ただけの紛い物。決して本人ではない。今までだってそうだった。そう思ってきた。今回だって、きっとそう。それ以外ありえない。ありえてはいけない。
頭の中で、何度も自分に言い聞かせる。これからすべきことを反芻し、柄を握る手に力を込める。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。あれは偽物。殺しても大丈夫。むしろ殺さなければならない存在。大丈夫。あいつを殺しても、私が彼女を死なせたことにはならない。だって、既に死んでいるんだから、彼女は。
私がやらなかったら、無関係な人達にまで被害が及ぶ。祟られ、取り憑かれ、最終的に殺される。そんな事態を引き起こしてしまっては討魔師の名折れ。
柄を握る手が震え、汗が滲む。切先が揺れて焦点が定まらない。呼吸が乱れる。頭の芯まで冷たさに襲われる。もうとっくに慣れたはずなのに、いつになく視界がぐらつく。
――殺さないと。殺してあげないと。彼女が誰かを手に掛ける前に。彼女が、本物の人殺しになってしまう前に。
大きく息を吸い込み、吐く。震える眼球で正面を見据えて、斬るべき対象を視界の中心に捉える。
これは私がやらなければならないこと。わたしがやるしかないこと。分かってる。分かってるけど――。
「おねえちゃあああああああああああああああ!」
もはや誰の物かも判別付かない絶叫が鼓膜を穿いた。
喉が痛い。張り裂けそうだ。数日前から泣き続けたせいで、とうに限界を迎えている。
よく知っている声なのに。物心つく前から一番近くで聞いてきたはずなのに。
こんな声を、私は知らない。
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