連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記』

武者走走九郎or大橋むつお

第1話 そもそもの始まりは通知表


連載戯曲・あすかのマンダラ池奮戦記


①そもそもの始まりは通知表


作:大橋むつお       


時: ある年の、暖かい秋

所: マンダラ池のほとり ミズホノサト


人物: 元宮あすか  女子高生

    イケスミ   マンダラ池の神

    フチスミ   イケスミの旧友の神

    桔梗     伴部村の女子高生(フチスミと一人二役)





 軽快なテーマ曲流れ幕が開く。通称まんだら池のほとり。ドタバタと猫の走る音がして、あすかが駆けてくる。背中にリュック式のかばん。手には、壊れたラクロスのスティック。頬にひっかき傷。



あすか: おらああああああ! まてええええ! 恩知らずネコおおおお! くそ! 逃げ足の早い奴だ。たすけてもらっといて、ひっかいてくことはないだろ、イテテ……命の恩人だぞ、あたしは……せめて、ニャーとかミャーとか、お礼の一言ぐらい……(池の水面に顔を映す)あーあ顔に二本も赤線……赤は成績だけで十分だっつうの。アニメだったらドラマが始まるとこだぞ「なんとかの恩返し」とかなんとかさ(壊れたスティックを見て)高かったんだぞ……出来心で入ったクラブだけどさ……イケ面の真田コーチも辞めちまうし……ラクロスなんて場合じゃねえんだぞ(成績票を見る)……ああ、英・数・国の欠点三姉妹! あわせて物理と化学も四十点のかつかつじゃん!?……終わっちゃったよ、あたしの人生……こりゃ、お母さん思うつぼの轟塾かあ……やだよ、あそこ。成績はのびるけど、変態坊主の宗教団体系ってうわさだよ。冬なんか褌一丁の坊主といっしょに座禅とかで、偏差値の前に変態値が上がってるっつーの!


 うしろ手に手をつき、足を投げ出す。


あすか: ……雨、ザーッと降ればいいのに。壊れたシャワーみたいにさ。そしたら、そのシャワーで溶けて、流れて……ウジウジ悩んだり、あせったりしなくて……そんなふうに思って雨に打たれたら、ドラマのヒロインみたい……冬のソナタ……秋のヌレタ……濡れた女子高生……なんかやらしい……だめだ(降らない)変なことばっかり言ってるから、猫も雨も、みんなあたしを見かぎる……ん……うそおおおおおおおお!? 成績票があああああ(;゜Д゜)(池=観客席、に落ちてる)


 池に落ちた成績票を壊れたスティックで、たぐりよせようとするが、あせってかきまわすばかり。とうとう池に沈んでしまう。


あすか: あっちゃー……って、おっさんか、あたしは。コーヒーのシミつけただけでネチネチ三十分。なくしたなんて言ったら、どれだけ嫌み言われて、しぼられることか。「通知票を粗末にする奴は、二学期に絶対欠点!」……とっちゃったもんなあ……「池に落としてなくしちゃいました」「じゃ、あすかも消えて無くなればァ……」うかぶよ、担任の顔が……秋深し……って言っても例年にないこの暖かさ。くよくよしても仕方ないか……よし、走って帰るぞ!……って、空元気つけてどうすんだよ……ウ!……ウンコ踏んじゃった。


 雑草やティッシュで、ウンコを拭き取り、ぶつぶつ言いながら、池の水で靴を洗う。ややあって、そのあすかの目の前の池の中から、イケスミ(池の神)があらわれる(観客席の一番前に座らせて隠しておく)


あすか: ……ワッ?!

イケスミ: こんにちは……(チェシャ猫のように油断のならない笑み)

あすか: オ、オド、オド……

イケスミ: そんなにオドオドすることないからね。

あすか: オドロイてんの! 急に池の中からあらわれるんだもん。

イケスミ: ヌハハハ……

あすか: やっぱ、気持ちわるーい……

イケスミ: ここは、あたしの家なんだからね! そして、あんたがしゃがんでんのが、そのあたしの家の玄関先……ほら、そこに鳥居の跡があるでしょーが?

あすか: ……この切り株みたいなの?

イケスミ: 昔は、お社(やしろ)とかもあったんだけどね……

あすか: ……ごめんなさい、靴洗っちゃった……ウンコつきの……怒ってる?

イケスミ: まあな。でも、いちいち怒ってたらきりがない。

あすか: ほんとにごめんなさい(居ずまいを正して頭を下げる)

イケスミ: おっと、手の先十センチ、おっさんがリバースしたゲロ!

あすか: ワッ!

イケスミ: ……気をつけな。

あすか: は、はい。

イケスミ: ところで、あすか……

あすか: あたしのこと知ってるの?

イケスミ: 神さまだよ、あたし。もうこの池に三百年も住んでる。

あすか: 三百年……神さま?

イケスミ: トヨアシハライケスミノミコトと申す……オッホン。

あすか: ト、トヨアシ……

イケスミ: イケスミ……イケスミさんでいいよ。ところであすか、落し物したでしょ?

あすか: え、はい……

イケスミ: 成績票。

あすか: 拾ってくれたんですか?

イケスミ: はい、あすかが落とした成績票(二つの成績票を出す)

あすか: それ……?

イケスミ: 金の成績票と、紙の成績票と、どっちがあすかさんのかしらぁ?

あすか: (ひとり言)昔話にあったよね。正直に言ったら金の方までもらえるって……フフフ、やっぱ猫の恩返しか!?

イケスミ: さあ、どっち。どっちがあすかの成績票?

あすか: はい、もちろん紙の方です! そのコーヒーのしみがついているのが何よりの証拠。紙の方があたしの成績票です!

イケスミ: はいどうぞ。まちがいないわね。

あすか: ……英数国が欠点、物理と化学がおなさけの四十点。まちがいありません、あたしの成績票です!

イケスミ: それはよかった。あなたって、正直者ね。

あすか: いえ、それほどでも(正直に照れる)

イケスミ: 「正直者の頭(こうべ)に神宿る」って、昔からいうのよ。

あすか: 神戸? ひょっとして阪神ファン? どうしよう、わたしって巨人ファンだよ……

イケスミ: バカ、頭のことだわよ。神さまは正直者が大好きって意味。

あすか: それって、正直者をおたすけになるってことなんですよね!?

イケスミ: まーね……

あすか: ウフフ……やっぱ恩返し!

イケスミ: ん?

あすか: いえ、なんでも……

イケスミ: というわけで、その正直さを愛(め)で、特別にこの金の成績票もさずけましょう。

あすか: やったあ!……いえ、こっちのことです。ありがとうございます。

イケスミ: それでは、これからも、神をあがめたてまつり、自然をいつくしみ正直に生きますように。

あすか: はは!(ひれふす)

イケスミ: ヌフフ……

あすか: ?

イケスミ: いえ、なんでも……めでたしめでたし……

あすか: めでたしめでたし……


 池の中(客席)に消える神さま。ひれふすあすか。 

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