クレープ食べに行こ

霖雨 夜

甘党

「例えばさ、僕が疫病神だって言ったら信じる?」


 友達の颯が急に変なことを聞いてきた。

 俺は彼の目を真っ直ぐに見たまま答える。


「じゃあさ、次災いが起こった時一緒にクレープ食べに行こ」

「え?」

 彼は目を白黒させる。こんな顔初めて見た。まだ半年しか一緒にいないけど。

「颯はクレープ好き?俺の好物なんだよね」

「……っ僕も、」

 びっくりした顔のまま、彼は一言一言呟く。

「僕もクレープ、好き」

 隣の体育館から靴の擦れる音とボールの弾む音が響く。

 ピーっとタイマーが鳴り、もう一度静かになったタイミングで、

「帰ろっか」

と言って自転車置き場へ向かった。

 彼はゆっくり俺の後ろを着いてきた。



「おい松宮ー。一緒に帰ろうぜ」

「わりぃ、今日は仲田とゆっくり帰るからまた今度な」

「おっけー。じゃあなー」

「おうーじゃなー」

 颯の方を見ると、まだ帰りの準備をしていた。みんながロッカー使っている時、ずっと席で本を読んでいたからみんなが帰る時には支度が終わっていない。いつもこうだ。

「颯。手伝うよ」

「大丈夫。自分でやるよ」

 ロッカーから必要な教科書を取り出しカバンにしまう颯。俺のカバンに入っている教科書との量の差に驚く。

「お前いつも教科書そんなに持って帰るけど家で勉強してんの?」

「そう。復習と予習はちゃんとしなきゃダメだよ」

「えっらいな」

「あ!松宮ー!」

 隣のクラスの西田が急に廊下から呼ぶ。どうせ宿題見せて欲しいとかだろ。渋々振り返って投げやりに返す。

「んだよー。先週も数学の宿題みせたろがよ」

「やや!今日は宿題見に来たんじゃねんだ」

 何やら西田がニヤニヤしている。どうせろくな事がない。

「いつも宿題見してもらってるお礼にこのあとカラオケ行かねぇか?お前が可愛いって言ってた田坂ちゃんもいるからさ」

 ほら、ろくな事じゃない。別に女なんざ興味無い。つか、可愛いとは言ってないぞ確か。

「いやパス。お礼ならケーキとかパフェとかにしてくれ」

「はー?んだよそれ。糖尿病になっても知らんからな」

「うるせー文句あんなら宿題自分でやれ」

「ちぇ。じゃあな。また今度」

「おうー今度があるといいなー」

 あしらって颯のほうを見る。

 あれ、颯が居ない。いつの間にか消えてる。先帰ったのか?

 教室をキョロキョロ見渡しながら、廊下に出る。西田の後ろ姿が玄関の方へと消えていったのとは逆方向に向かう颯の後ろ姿が見えた。

 急いで自分のカバンを持ち、教室から出て走って追いかける。

「颯勝手に帰るなよー。一緒に帰ろうぜ?」

「図書館に本返すの忘れてたから」

 そういう颯の手には本が握られていた。しっかりと学校の名前が書いてあるシールが貼ってある。

「なんだお前、家で勉強もしてるのに本も読んでんのか」

「うん?それとこれとは別じゃない?」

 相変わらず読めない表情で、淡々と喋る。颯に感情は無いのか。

「図書館で本返して、新しいの借りてくるから先に帰ってていいよ」

「いや、一緒にいる。俺も本読もうかな」

「はぁ」

 生返事を返した颯はそれ以上何も言わないので、勝手に許可を得たと解釈した。ご同行する。


 ガラガラと、図書館の扉を開ける。校舎から渡り廊下を通れば簡単に行けるが、端っこにあって遠いので行く機会が滅多にない、というか行く気が起きない図書館の扉を初めてくぐった。

 思ったより広い。

 外観は通学時にいつも見ているが、中に入ってみると本の量も相まって、凄く広い空間に見える。予想以上だった。

 颯は慣れた足取りで受付へ向かい、図書委員に本を渡し返却手続きをしてもらう。そのまま、自分であったところへ返すために、また慣れた足取りで奥へと向かっていく。

 初めて見る俺からしたら迷路でしかない本棚を、ずんずんと進む颯の足についていけず、見失ってしまった。

 どこいったかなぁと、辺りを見渡して歩いていると、何やら奥まったところに変なコーナーがあった。

 『○○県で起こった少年の神隠しは、あの"疫病神"が原因か!?』とでかでか書かれたポップと、その手前に置かれたたくさんの書物と新聞をまじまじと眺める。

 疫病神。3週間前ほどに颯が言っていた言葉を思い出してしまう。どういう意味だったんだろう。あれから何度か考えているが、よく分からない。冗談を言うようなやつじゃないし。いやもしかしたら俺に心を開いてそういうことも言ってくれるようになったのかも知れないが。でもこの疫病神、颯になにか関係があったとしたら……。

「なにしてるの」

「うぁ!?」

 びっくりした。でかい声を出しかけて堪えたせいで変な声が出た。

 振り返るとそこにはさっきとは違う本を抱えた颯が立っていた。

「はぐれてたの?もう行くよ」

「う、ん。あぁ行こう」

 悪さをしていた所を母親にバレた子供のような顔をして、颯の後ろを着いていく。

 いつの間にか貸出処理も済ませたようで、そのまま図書館を後にする。

 さっきよりも濃いオレンジに支配された静かな廊下を歩きながら、やっと隣に並べた颯の横顔を見る。

 普通の顔、変なとこがあるとしても少し表情筋が硬いくらい。とても疫病神なんて禍々しい存在には見えない。

 ずっとみていたら急に颯は前髪やら、頬やらを触りだした。

「どうした」

「なんかずっと見てるから、顔になんか着いてるのかなって……」

「あ、そういうわけじゃないんだ。ごめん」

 急に恥ずかしくなって前を向く。そのまま顔を見ないようにしながら下駄箱に向かい、靴を取り出す。

 颯が靴を履き終えるのを待ち、一緒に駐輪場へ向かう。

「いや、颯は別に疫病神みたいな怖い顔してないなーって思って」

 正直に話すと、颯の方から奇妙な音が聞こえた。

 驚いて振り返ると、さらに驚くべき光景が広がっていた。

 颯が笑っていたのだ。手を口に当て、くすくすと、微かな音を立てて。

「悠馬君って変なこと言うんだね」

 一通り笑い終えた颯は息を切らしながら一言。その一言を理解するには驚きを処理してからじゃないといけなくて、颯が落ち着き、俺の顔を不思議そうに見つめるまで、時が止まっていた。

「え、今悠馬って」

「名前で呼んでいいってゆったのは悠馬君でしょ?」

「でも今まで呼んだこと」

「それはタイミングがなかっただけだよ」

 簡単に言ってのける颯はいつも通りの無表情に戻っていた。でも少し声色は明るかった。

「ねぇ、クレープ食べに行こうよ。何も悪いこと起こってないけど」

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