第一章9話 『幕を閉じよう』

 全員が一斉に一点を見つめる。ナズナは焦り、モンクシュットは驚愕、アセビは殺意。それぞれの思いを持って、この事態の中心人物であり、突如この場に姿を現した、いや、現してしまった少女を見る。


「一般人がなぜここに」


 先ほどまで怒りに狂っていたモンクシュットの目は驚きからか、怒りの色をなくしている。


「アイリス、何でここに来た!」


 ナズナは思わず声を荒げる。先ほどまでは戦力的に問題のあるナズナが居ても、モンクシュットの戦闘には何ら影響はなかったが、アイリスがこの場に姿を現したとなると話は別だ。


「これは、私の問題だと思うから。私を殺そうとした理由を聞かないといけないから」


 体は小刻みに震えている。自身の命の危険がある場所にわざわざその理由を確かめようというのだから怖いに決まってる。けれど、ナズナを見る目は、真っすぐで、純粋で、きっと何を言っても自分の考えを曲げないんだろうと思えるほどだった。


「わかった」


 ナズナは説得を諦めてうなずく。となれば次はこの状況で自分のとれる行動を考えなければならない。ここまでの戦いを見るに機動力はアセビの方がモンクシュットよりも 大幅に上。モンクシュットが戦闘の最中に一瞬の隙を突かれてしまった場合、アセビは間違いなくアイリスを殺すだろう。そうならないために、現状ナズナがとれる最善の行動は。


「モンクシュット!アイリスのことは気にしなくていい!俺が守る!」


 ナズナがとれる最善の行動。それは言葉の通り、体を張って、命に代えてもアイリスを守り抜くことだけ。親指でびしっと自分のことを指すナズナの姿に、モンクシュットは深くうなずきアセビの方へと向きなおす。


「君の狙いは彼女なのか」


 モンクシュットが淡々とアセビに問いかける。完全に冷静さを取り戻したようだ。


「ああ、そうだ」


 こちらは変わらず飄々と返す。


「なぜ彼女を狙う。だれの命令で彼女を狙う」


 モンクシュットが問うたのはナズナも、アイリスも知りたいこと。なぜアイリスは命を狙われているのか。そして、以前の周回でアセビが口にした、首を突っ込んじゃいけないこと。これはアセビ自身のことだとも言っていた。それすなわち、アセビにアイリスを殺すように命令した人物が居るということ。


「言えないな」


「そうか、ならば捕縛して吐かせるまでだ」


 モンクシュットが大地を蹴ってアセビに斬りかかる。魔法を乱発しないのは背後に背負うナズナとアイリスに危害を加えないためだ。


 モンクシュットが放った、その風圧だけで砂塵が巻き起こるほどに研ぎ澄まされた一閃をアセビは体をのけ反らせて避け、バク転をしながら距離を取る。


「危ない危ない」


 口調こそ軽いが、今までと違いアセビに余裕の表情は無い。まんまと煽られて冷静さを失っていた先ほどまでの剣筋と、冷静さを取り戻した今の一閃は全く別物だと本能から察知していた。


「まだまだ!」


 もう一度モンクシュットが地を蹴り、アセビの懐へと潜り込む。超近距離まで入り込まれたアセビは左手のナイフを捨てた。


「あれは......!」


 ナズナが2度触れられた、アセビの左手。原理こそわからないがあれに触れられたら動けなくなる。モンクシュットはそのことを知らないままだ。ナズナは大きく息を吸った。


「左手に触るな!」


 ナズナの叫びを聞き、モンクシュットは咄嗟に剣を握る右の肘で自信に触れようとするアセビの左手の手首を叩きお落とす。


 ここまで開示していなかった、切り札ともいえるものを知られていたばかりか防がれたアセビに動揺が走る。一瞬、アセビの動きが止まる。すかさずモンクシュットは左足を強く踏み込み、右足を振り、アセビを蹴り飛ばす。アセビがぶつかった家屋がいとも容易く吹きとぶほどの威力。ナズナは開いた口が塞がらない。自分がくらっていたら間違いなく死んでいる。クリーンヒットしたであろうアセビも無事で住んでいるとは思えない。


「痛った」


 首を鳴らしながら、瓦礫の向こうからアセビが姿を現した。吹き飛ばされ、家屋に衝突してから受け身をとり、ダメージを極力抑えたようだ。


「化け物かよ」


 モンクシュットの蹴りも化け物級だとは思ったが、それを受けてもなお五体満足で立てているアセビも誇張抜きで化け物だ。今まで日本で使ってきた『化け物』と今、口からでた『化け物』は圧倒的に規模が違う。


「なんでわかった。俺の左手のこと」


 先ほどまでモンクシュットを映していたアセビの瞳が、その背後のナズナに向く。その目は今まで見てきたアセビの目とは違い、ナズナに対して明確に攻撃的なものを持った目だった。


「お前のそれに俺は2回もやられてるからな!」


 モンクシュットの威を借りて、その背後からナズナが威勢だけはいい声をあげる。


「お前にこれを見せた覚えはないが」


 アセビは顔をしかめて不快感を露わにする。


「まだ続けるかい」


 モンクシュットがナズナとアセビの視線の間に割り込む。


「逃がしてくれればいいんだけどね」


「煽りに先ほどまでのキレがないようだが?」


 先ほどと一転してモンクシュットの煽りがアセビを襲う。


「言ってくれる」


 小さく舌打ちをしてモンクシュットをにらむ。


「大人しく投降してくれるかい」


 モンクシュットの口撃が畳みかける。


「殺してやらあ」


 懐から再びナイフを取り出し、両手に携えて走り回る。辺りの家や生えている木も利用して幾度もモンクシュットに斬りかかる。


「こちらも先ほどまでのキレがないよ」


 それをモンクシュットが剣で捌く。鋼同士がぶつかり合い、火花が飛び散るほどの一進一退の攻防が繰り広げられる。ハイレベル故に、どちらの攻撃も決定打にはなりえない。


「決定打が無い......」


 その戦いを目で追うのも厳しいナズナだが、この状況がまずいことはわかる。こちらはアセビの拘束が目的だが、アセビは逃亡することも選択肢に残っている。そして、アセビに仲間がいないとも限らない。勝利条件の難易度はこちらの方が段違いに高い。


 やはり、決定打にならないと感じたのか、アセビが一度攻撃を止める。


「モンクシュット!お前も切り札とかないのかよ!」


「あるにはあるが、君に危害が無いとは限らない。それでもいいかい?」


 周りへの被害を考えれば使わせないのが一番。しかし、このままでは平行線なのも確か。小さくうなり声をあげて考える。


 三度死んで、やっとつかんだチャンス。もう一度この状況、もっといい状況を作れるとは限らない。だったら、一か八か。


「頼む!モンクシュット!」


「わかった!」


 力強い返事がモンクシュットから帰ってくる。


 地面に剣を突きさし、両の掌を合わせるモンクシュット。危機感を感じてアセビがナイフを投げるが、即座に作られた氷塊に撃ち落される。


「『氷よ』」


 静まり返った貧民街にモンクシュットの声が響く。心なしか周囲の気温が低下しているように感じる。そのせいか鳥肌が止まらない。


「『すべてを凍てつかせろ』」


 一瞬だった。モンクシュットの前に発生しした氷の棘のようなものが壁のようなものになり轟音を鳴らしながら一直線に地面を侵食していく。直線上にあるものすべてをなぎ倒し、凍らせた。貧民街の気温は急激に低下し、震えが止まらない。ジャージの上着を隣で震えるアイリス渡す。


「大丈夫かい?」


 こちらを振り返り、心配するモンクシュットの声が聞こえる。ナズナは上下に首を振る。背後は氷と砂埃。貧民街一帯を凍らせんとする程の大魔法。アセビが無事であるはずが無い。死んでしまった可能性もある。それほどの規模の魔法だった。

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