美女とサンドイッチ
クソクラエス
美女とサンドイッチ
夏の容赦ない日差しが照り付ける十二時十七分。俺はファストフード店で優雅にランチをするつもりだった。
確か気温は三十二度。おまけに都市部ってこともあって逃げ場のない暑さがビルとアスファルトに反射し街を蒸し風呂のようにしていた。
だから人々は自然と涼しい場所へと集まる。ちょうどランチタイムということもあってか、どの店も人でごった返していた。特にこの店はひどい。入口に目をやると店内にすら入れていない人が多く見受けられた。
「今日の昼は優雅にサンドイッチにしよう!」なんて今朝思い立ったのを少し後悔する。そもそもファストフード店の時点で優雅ではないような気もするが。
こんなことなら裏路地のあの寂れたうどん屋にしておけばよかった。そう思いながら手元のたまごサンドを頬張ろうとしたその時、若い女性店員に声を掛けられた。
「お客様、大変申し訳ないのですが向かいの席に他のお客様をご案内してもよろしいでしょうか?」
額に汗を垂らしながらも彼女は笑顔を絶やさずそう聞いてきた。
「ええ、もちろん構いません」
正直顔も知らない他人と向かい合って食事などしたくはないが、ここで断れるほど俺のメンタルは強くなかった。
「ありがとうございます」
女性店員はそう言って一礼すると、すぐさま入口の方へと消えていった。
「何てツイてないんだ……」
今度こそたまごサンドを頬張ると、それをキンキンに冷えたコーラで胃に流し込んだ。
「お待たせしました。こちらがお席になります」
先ほどの女性店員が戻ってきた。今度は連れもいるようだ。
どうせ汗まみれでクソ臭いおっさんが来るんだろう。期待もせずチラリとそいつに視線をやると、一瞬コーラが逆流しそうになった。
瑞々しい光沢を放つ黒い髪にこちらを見る大きな瞳。それでいて儚さをも感じさせる白のワンピースに包まれた白い肌。そこには一生に一度出会うか出会わないかの超絶美女が立っていた。
「すみません。相席、よろしいですか?」
鈴を転がしたような美しい声に思わずうっとりしそうだったが自然と背筋が伸びる。精一杯出せるいい声で「もちろん」と返した。
美女は美しい動作で目の前に座る。その様はまさに牡丹の花のようだ。
今日の昼食はツイてないって言ったのはどこのどいつだ?過去最高の昼食に決まっているではないか。
目の前の美女が持っていたトレーを降ろすと、そこには俺と同じたまごサンドが入っていた。これはもしや運命か?
いやいや、ここで慌ててはいけない。バレないようにそうっと深呼吸をすると、チャンスを逃さないとばかりに彼女に話しかけた。
「たまごサンド、お好きなんですか?」
彼女はちょっと驚いた様にこちらを見て、「私?」と言わんばかりに自分を指差した。いや、あなたしかいないでしょう。
俺が頷くと、彼女は
「ええ、よくこの店で食べるんです」
と、天使のような微笑みで返してくれた。自然とこちらも笑みがこぼれる。
そこからは他愛もない話をした。お互いの職業や年齢、趣味について。初対面だったのに全く会話が途切れることなく進行した。
十分間があっという間に過ぎた。時計はもうすぐ十二時三十分になろうとしていることに気が付くと、俺は念のため腕時計の方も確認した。どちらも狂いはなかった。
「もう少し話したかったけどそろそろ会社に戻らなきゃならないんだ」
俺がそう言うと彼女も少し名残惜しそうな表情をした。
「でしたらこれを……」
すると彼女は何やら紙切れのようなものを取り出すと、こちらに渡してきた。そこには電話番号とメールアドレスらしきものが書かれている。
「是非ともまたお会いしたいです」
汗が滝のように吹き出し背中を流れた。これは暑さのせいなんかじゃない。いきなり弾丸をくらったような。そんな動揺から来る汗だ。
「こ、こちらこそ連絡させていただきます!」
俺は張り切ってそう言うと、あくまで動揺を悟られないようにゆっくりと店の外に出た。まさかあんな美女から連絡先が貰えるなんて!今日は幸福な昼食だったなあ。
未だ暑さが弱まらないビル街に出ると、またもや誰かに肩を叩かれた。今日はとても出会いの多い一日だ。
「はい、何でしょうか?」
浮かれた気分で振り返るとそこにはいかつい警察官二人がこちらを睨んでいた。
「お兄さん、ちょっといいかな?」
「は、はぁ……」
さっきまでのウキウキはどこかへ行ってしまった。先ほどとは違う意味で動揺しながらできる限り思考を巡らせた。一体何か悪いことをしたか?
「さっきさ、お兄さん。女の人から何か受け取っていたよね?」
「ええ、そうですけど」
どうやら美女といっよにいるのを見られていたらしい。もしかして嫉妬しているのか?
「それ、見せてもらってもいいかな?」
「構いませんけど……」
この際、下手に抵抗しないでさっさと受け流すべきだ。俺は要求通りにあの紙を取り出して渡した。
受け取った警察官はその紙を鋭い眼光で凝視し、そしてもう一人と顔を合わすと「間違いない」と小声で言った。
「あの、どうかし……」
「すみませんが、あなたを逮捕します」
「え?」
全く持って意味不明であった。俺を逮捕?一体どうして?
「何故?と思われているでしょうが今あなたを野放しにするわけにはいきませんので」
すると警察官は慣れた手つきで俺に手錠を掛けて、少し歩いた先にあるパトカーに乗せた。
俺は話の内容に全く付いていけないまま逮捕されパニック状態だったが、隣に座った警察官は発車した途端何故か手錠を外してくれた。
「お兄さん悪いね。でもこうするしかなかった」
警察官は帽子を脱いで汗を拭うと、ゆっくりと話し出した。
「君が話していたあの女。信じられないかもしれないが連続殺人犯なんだ。今までの被害者数は二十三人。といっても彼女が彼らを刺したりして直接殺したわけじゃないんだけどね。じゃあ一体どうやって殺してきたか?」
そう言うと彼は先ほどの紙切れを取り出した。
「この紙に書かれている言葉。間違いなく呪いだ。それも一番凶悪なやつ。今までの被害者もそうやって殺されてきた」
「の、呪いで人を殺す?」
「ああ。にわかには信じがたいが令和である現在においても間違いなく存在する殺害方法だ。だが因果関係がはっきりしない故、逮捕するのが難しい。それでずっと見張っていたんだが、今日君がこの紙を受け取っているのを見てね。それで君に呪いが回る前に早く回収しなければと思って少し強引だが逮捕という形を取らせてもらったというわけだ」
とても信じられないことを次々と言われる。でも確かに俺は今パトカーの中にいて、隣にはおそらく現役の警察官がいる。だとしたらこれは現実かつ真実なのだろうか?
「あの女は今頃拘束されていることだろう。これ以上被害者が出ずに済む。だが君をこのまま返すわけにはいかないんだ」
「どういうことですか?」
「少しとはいえ君は呪いを浴びている。私たちから会社には説明しておくから今日は一緒にお祓いしに行ってもらう」
「はぁ……」
少しずつだが頭が冷静さを取り戻してきた。お祓い?いや、そんなことよりもあの美女が連続殺人犯?しかも呪い殺すだって?
手元の時計に目をやると十三時手前を指していた。全く持ってよく分からないことだらけだ。ただ一つだけ分かることがある。それは
「今日は最悪の昼食だったってわけか……」
美女とサンドイッチ クソクラエス @kusokuraesu
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