⑥
翌日。俺は大学の講義が終わった後、すぐに相談所へ足を運んだ。
階段を上がってドアを開ける。
卯木さんが優雅に紅茶を飲みながら本を読んでいた。俺を見て、にっこりと微笑む。
「やぁ、来たね」
「…どうも」
やっぱりなんだか胡散臭い。なぜだろうか。
「まぁ座りなよ。残念ながら、綾斗はまだ学校なんだ。もうしばらく待ってもらってもいいかい?その間、僕とお話ししよう」
にこにこと笑う卯木さんに曖昧にうなずきながら、俺は彼の発言にハッとした。そういえば、綾斗はまだ高校三年生なのだ。妙に大人びているのであまりそんな気はしていなかったが。
「…綾斗って、何者なんですか」
ずっと気になって仕方なかったことをど直球で聞いてしまった。流石にまずかっただろうか。
そっと卯木さんの顔を見てみると、なんだかとても不思議な顔をしていた。というか、唇を尖らせている。いや、どういう反応なんだ、それは。
「あの…?」
「ああごめん。あんまりにも直球で聞いてくるもんだから、少し驚いて」
口の形を戻して、彼は笑った。今の、驚いた顔だったのか?
やっぱり変な人だなと思っていると、後ろから紅茶を出された。振り向くと、美穂さんが微笑んでいる。
「あ。ありがとうございます」
素直に礼を言って、俺は紅茶に口をつける。いい香りが鼻腔をくすぐる。美味しい。
ほっと息をついたところで、卯木さんが胡散臭い笑みで組んだ両手の上に顎を乗せた。
「綾斗はね、
「そうげんし…?」
聞いたことのない言葉に、俺は首を傾げる。それに、彼はそばにあった紙とペンで『操』『言』『師』と書いてくれた。
「これで、操言師って読む。漢字から、なんとなく意味はわかる?」
それに、今度はうなずく。俺は綾斗が力を使うところを何度も見ているので、それも相まってどんな術師なのかは想像がついた。
「言霊を使うんですね」
「そうそう。よく知ってるね、言霊なんて」
感心したように何度もうなずく卯木さんに、俺は少し気恥ずかしくなって言葉を詰まらせる。
「たまたまですよ」
「ふふ、照れなくてもいいのに…それで、話を戻すと」
紅茶を一口飲んで、口を開く。
「操言師っていうのは、まぁ、簡単に言うとさっき君がいったように言霊を使って霊的なものに対処する人たちのことを言うんだ。彼らが言霊を使う時のことを、
うんうんとうなずく俺に笑いながら、卯木さんはピンと人差し指を立てる。
「しかも、綾斗は特殊でね。普通霊的存在を取り込むことなんて操言師じゃそうそうできないのに、彼はそれが当たり前のようにできた。才能+異端者。それで、あの性格でしょ?同業者たちには生意気だなんだの言われて嫌われてるし、本人はそれを特に気に留めていない。で、僕がある人に頼まれて、綾斗にここで働かないかって声をかけたんだ」
そのある人っていうのが気になるが、あえて口に出さないのは何か理由があるんだろう。とにかく、今は綾斗の正体がわかっただけでもよかったと思おう。
一つうなずいて、俺は向き合う。
「大体わかりました」
「うん。物分かりが早くて助かるね」
にっこりと笑うその男の言葉に、俺は目をすがめる。なんだか昨日も同じことを綾斗に言われたような。
ため息をついて、紅茶を飲んだ。
「…ちなみに、なんで綾斗は俺を助手にしたいなんて言ってるんでしょうかね?」
「ああ、なんか気に入ったらしいよ。面白い人だって、笑ってた」
「はぁ…」
あまり、というか、まったくもって嬉しくないその言葉に、俺はげんなりとうなずいた。
「でも、僕としても夏紀くんにはぜひ綾斗の助手になって欲しいな。あの子は、いろいろと危ういから」
目を細めて、彼は笑った。それに、俺は目を瞬かせる。それはどういう意味だろうか。
「助手が嫌だっていうなら、普通にここで働いてくれるだけでもいい。君みたいな霊感が強い子はなかなかいないし、綾斗の性格にも耐えられるお人好しだ。給料ははずむよ?」
俺は、その言葉に顔をしかめる。正直、興味はある。
「…一応聞きますけど、ここってやっぱりそういう相談所なんすよね?」
「あはは。そうだよ。ここはあらゆる霊障や霊害、あとは幽霊や妖、本人たちの相談を受け付ける場所だ。結構お客さんも来る。人も、そうでない子たちも」
茶色い瞳がゆらゆらと揺れている。
「ねぇ、夏紀戒くん。こっちの業界は常に人手不足だ。この相談所も例外じゃない。才能がある人材はぜひ欲しい。アルバイトでもいいから、働いてみない?君に損はないはずだ」
この人はきっと、俺がこの話に興味があることを見抜いて言ってきている。綾斗もそうだが、卯木薙、この男もまた随分と性格が悪そうだ。
そうは思いつつも、俺は馬鹿だった。
「俺、知らないことがあって、そんで、それが自分にとって利益になってもならなくても、知りたいって思ったら、すぐに首を突っ込んじゃうんですよ」
ニヤリと笑って、卯木さんを見つめる。
「俺は綾斗やあんたたちが生きるこの世界を知りたいと思った。視えていてそれを無視することなんて、無理だ」
「決まりだね」
「これからよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
にっこりと笑って、彼は紅茶のカップを持ち上げる。俺もそれに、同じようにカップを持ち上げた。
ひとまず、今は少し変わった乾杯を。
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