2016のオランジェット
---わた雲---
第1話 あの日
決め手は何だったのだろうか。そもそも決め手なんてあったのだろうか。
汚いと思う。狡いと思う。いけると思ったから告白した。この上なく良い状況だった。笑わないようにするのが大変だった。目の前で泣きじゃくる想い人の前で笑うわけにはいけない。
高いプライドも何処かへ消え去るほど絶望して、なりふり構わず目を擦る莉子(りこ)はいつもより一回り小さく見えた。そのまま抱きしめて、腕の中に閉じ込めて、涙で濡れた唇を奪ってしまいたかった。
自分を押し殺したり、我慢するのは得意だったから、髪の毛の一本も触らずに告白をした。用意していた言葉をその場で一言一言紡ぐように、極めて自然に口にした。隠し事は得意だと思っているのは実は自分だけで、莉子にはバレバレかもしれないと思っていた。弾かれたように上げた顔には見開かれた目。その目から止めどなく出ていた涙は止まっていて、ああ、知らなかったのか、と思った。
私の告白は、たくさんの逃げ道と少しの同情を誘う言葉で巧妙に構成された、断りづらいものだった。失恋したばかりの莉子は、まだ新しい恋を始める準備も予定も余裕もないようだったけれど、失恋したばかりだからこそ、その告白は甘い誘惑に満ちていたと思う。
私のことを好きじゃなくていい。そばに居たいだけ。そのままの莉子が好き。嫌いじゃないからチャンスが欲しい。
そんな感じのことをつらつらと並べた。
まだ前の恋人のことを好きだろう。一緒に居て癒してあげる。莉子の失恋も悲しみも丸ごと愛してあげる。無理だって突っぱねるような無慈悲なことはしないよね?
莉子にはそうやって聞こえたかもしれない。そうやって聞こえるように話したから。
莉子は何も言えずに考えていた。短い時間だったけれどたくさん考えたのだと思う。たくさん涙を流したことで上手く回らなくなった頭で。
私を見ることも完全に逸らすことも出来ずに彷徨った目線は、最後に地面に落ちて、莉子は静かに頷いた。それは、お試しくらいの気楽な気持ちで良いから付き合って欲しいという、私の告白の最後の一文への返事だった。
結局、莉子は私を無下にすることが出来なったのだ。失恋した元恋人の姉で、友人でもある私のことを。
あの日、全て私の思惑通りに事は運んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます