バイト伝説ミミコ
私は極度の恥ずかしがり屋だ。
人と目が合わせられない、人と話せられない、なにより自分が恥ずかしがってる自分が恥ずかしい。こんな自分に育てた両親には、深く恨んでいる。お陰で私、ミミコの親友は、この子しかない。
「バイト行ってくるね、ジェニー」
どこかのゴミ箱で拾った人形である。
重い足取りでコンビニへ向かう。バイトをするのは、私の意思ではない。両親が恥ずかしがり屋な私を少しでも人と接しようと、強制的に面接を受けられたのだ。あの時は親同伴で面接に行ったものだから、人生でトップクラスの辱めだ。
「あ、ありがとうございました……」
「あのねミミコさん。何度も言って申し訳ないけど、お客様にはもっと声を出して接客しないとダメだよ?」
「は、はぁい。すみまさん……」
思わず噛んだ。店長は悪い人じゃないとは知ってる。でも私の体のせいで、店長が高圧的な態度と反応して、声が震えてしまう。神様は、どうして私をこんな体にしたのか。世の中に、私以外に苦しんでる人がいるなら、私の苦しみを分けてあげたい。
「お疲れ様でした……」
今日の業績。小銭を落としたの3回、レジの打ち間違い8回、『温めますか』の問答が聞き取れないの15回、無駄な労働5時間。本当に生きてて意味があるのかなと、死にたいよ。
「ミミコちゃん。お疲れ様ー!!」
後ろから大声で呼ばれて肩が反射的にビクッとする。振り向くと、バイト先の先輩が笑顔で両手にポケットに手をつっこんで私を見てた。
「ねぇねぇ、恥ずかしがり屋のミミコちゃんに、とびっきりの解消法を教えてあげようか?」
「わ、わたしは、恥ずかしがり屋では……」
「遠慮しないでほら、俺と手を繋いでみて」
この人は、バイトの仕事のノウハウをを、特に良くしてくれる先輩だ。教え方も上手いし、ルックスも良いし、全部が完璧で……憧れちゃう。
先輩と手を繋いでみる。私の手汗はもうびっしょりだ。それでも嫌な顔をせず、彼は笑って私の手を引いて一緒に歩き始めた。
「ねっ?大丈夫でしょ?」
「は、はい……」
「俺さ。君みたいな人を見るとほっとけなくしてさ」
「ど、どうしてそこまで」
「俺も君と同じだったからさ。言うこと聞いてくれば、俺みたいに絶対上手くいくからさ」
優しい人だ。こんな私をここまで助けてくれるのは、親でもしなかった。しかも先輩も、私と同じ病気を抱えてたと思うと、心の距離が一気に近づいたような気がした。
「ここが、その場所さ」
「ここって……近くの公園じゃあ」
歩いて数分、バイト先のコンビニに近くにあるコンビニだ。時刻は午後8時過ぎだから、辺りが暗いし人気もない。この場所で男女2人だけいるなんて……私は考えただけでも恥ずかしくなってきた。
「大丈夫大丈夫!!いやらしい事は何もしないからさ!!」
恥ずかしい顔をしているのを察した彼の気遣いは、私の心を温かくする。今なら告白してもいいぐらいの、素敵な人……あぁカッコイイ。
「よし、じゃあまず上半身脱いで」
……えっ?
「せ、先輩?」
「どうしたの、おれは脱いだよ?」
話が追いつかない。先輩は上半身の裸になり、持っていたバックから葉っぱのシールを取り出した。
「これを乳首と股間につけて、公園を一周するんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!!誰かに見られたらどうするんですか!!」
「安心してよ。この時間、誰も来ないのは俺もよく知ってるからさ」
まさか、先輩が恥ずかしがり屋を克服したのって、葉っぱのシールを一枚つけて公園を走り回ってた、ということなの。私はとんでもない馬鹿なことをしたと、頭の中で親の助けを必死に呼んでしまってる。
「俺は準備できたよ」
私は恥ずかしさで更けている最中に、先輩は全身を脱いでいた。股間はもう、見えそうで見えないくらいの……。
「きゃあああ!!先輩ダメです!!私にはとても!!」
「じゃあ君、このままずっと人と喋れずに生きていくつもりなの」
先輩の言葉で、私は口籠もってしまう。どんな姿をしても、彼が言ってることは真実だから。
「で、でも嫌です!!無理ですよ!!セクハラになりますよ!!」
「なら僕が先に走ってくるよ!!見てよ!!心まで裸になる解放感を早く君と味わってよ!!」
先輩は裸のまま、公園を全力疾走で回っていく。
止めないと。こんな姿をもし誰かに見られたら、私まで変態扱いされちゃう。
でも声が出ない。
先輩が気持ち良さそうに走ってるのを邪魔しちゃいけない恥ずかしさと、私がここで脱がなきゃ何も変わらないという葛藤がせめぎ合ってる。
ここで停滞するか、それとも変化を求めるか。将来的に考えたら……私には後者の選択しかなかった。
先輩の甲高い声を聞きながら、私はボタン1つ1つを外していく。こんなんならば、もっと真面目なやり方で勉強すれば……後悔の涙を垂れ流がら私は上着を脱いでいく。
「そこの君!!何してんの!!」
第三者の声に、私はボタンを外すのを止める。ハッとして顔を上げると、先輩の前に警察官が立っていたのだ。
「どうしたんだ君!!裸になって走ってる男がいると、通報があったんだぞ!!何か薬でもやってるのか!!」
先輩の痴態に、警察官は怒るより心配そうな顔をしていた。
違う!!先輩は私のために裸で走ってくれたのだ!!先輩も何か……
「あ、あの……えっとその……」
「お、おい。君、大丈夫か?」
なんと、彼の恥ずかしがり屋は治っていなかったのだ。先輩が何も喋れないなら、私だって尚更と話せないじゃないですか!!早く声を出て私!!恥ずかしいのは後にして、今は先輩を助けないと!!
「警察の人!!やっと来てくれたのね!!こいつですよ!!最近、裸のまま彷徨いている変質者!!」
通報した近所のおばさんが乱入して、更にややこしいことになる。どうしよう……私が止めないと……
「君、間違いないのかね。詳しく署に聞かせてもらうことになるが」
「いや、僕はその……」
「早く連れてっててよ刑事さん!!」
「どうしたの?」
「なんの騒ぎだおい」
騒ぎを聞きつけて、近所の野次馬がドンドン集まってくる。先輩が此方を見て、助けを求める顔をしている。
わかってるんですよ!!わかってるんですけど!!声が出ないんです!!恥ずかしくて声が出ないんです!!でも先輩を置いて逃げたら申し訳ないし……私のために走ってくれたのに……だったら助けないと!!
ねえお願い!!私の声よ!!早く先輩を助けて!!
「あっ、うっ、ち、ち……ちがっ」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい
「とりあえず、服を着て。話はそこで聞くから」
「あっ…………………はい」
よし!!気合が入った!!あとは声を出すだけ……アレ?
「せ、せんぱーい……」
人混みの中に、警察に連れて行かれる先輩が、まだこっちを物欲しそうな目で私を見ていた。全身全霊で声を出した言葉は、暗闇の中へと溶け込んでいった。
先輩、あなたにできないなら私もできないに決まってるじゃないですか。
だから恨むような視線を送らないでくださいよ。助けられるわけないじゃないですか。
「やっぱり、恥ずかしい……」
そう思うだけでも、私は恥ずかしくなった。
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