秘密
「なあ美南。疑問に思ったんだが聞いてもいいか?」
「はい、何でしょう?」
19時。リビングで夕飯を食べているときのことだ。
因みにメニューはカレー。余り凝ったものを作る気になれず、適当にチキンカレーを作った。
プラスしてサラダにコンソメスープ。うん、我ながらいい出来栄え。
「美南って俺のこと好きすぎじゃないか? ここ最近好きになったにしては、かなり重度と言うか……」
「……そうですね。そろそろ秘密を打ち明けるには頃合かもしれません」
秘密?
美南は水で唇を濡らし、一息ついてから目を開けた。
「実は、私と裕二君は昔出会っているんです。私達が小学生3年生のとき……9歳のときです」
「……え、9歳?」
9歳っていうと、ほぼ10年前。
そんな前に、俺と美南が出会っていた……?
「待ってくれ。10年前だろ? いくら10年も前でも、こんな可愛い女の子と会ってたら俺でも覚えてるぞ」
「あはは……あのときの私は、髪も短くて暗い女の子でしたから。覚えてないのと無理はありません」
……美南が、暗い女の子……?
「想像できないな……美南なら、生まれて即発した言葉が下ネタだったって言われても信じられるくらいには活発なイメージしかない」
「裕二君の私へのイメージの矯正は後にするとして……ほら、覚えてません? 神奈川の元町で出会った、泣いていた女の子」
神奈川の元町?
……ああ、確かに当時、両親に連れられて遊びに行った記憶がある。
中華街を初めて見た衝撃、今でも忘れない。
……ん? え、でも……。
「あのとき泣いてた子って、ぽっちゃりしてたような」
「ぅっ……お、お恥ずかしながら、間違いありません。当時私は、9歳女児の平均体重を大きく上回るくらいぽっちゃりしてましたから……」
…………あ!?
「もしかしてニクマン!?」
「そのあだ名で呼ばないでください!」
「あ、ごめん。つい……」
だけど、今明確に思い出した。
そうだ、ニクマンだ。
あのとき俺は、自分も両親と離れて迷子になった。
自分も泣きそうになった時、中華街の中にあるお寺、
半袖短パン。髪はショートボブで短かったが前髪は長く、目は隠れていて。
買ったのか肉まんの入った紙袋を傍に置き、さめざめと泣いていた女の子。
当時の俺は、女の子を名前で呼ぶのを恥ずかしく思っていた。気がする。
自己紹介されても、恥ずかしくて呼べなかった。
だから、見た目がぽっちゃりなのと肉まんが傍にあったのを見て、ニクマンというあだ名を付けたのだ。
いや当時の俺最低か?
「驚きましたか?」
「驚いたもなにも……まさかあの女の子が、美南だったなんて思わないぞ」
「あれから私も頑張って綺麗になりましたから」
綺麗になりすぎて別人だろ、これ……。
「あのときは、なんて失礼な人なのかと思いました。でも、一緒にいてその考えは覆りました」
「そういや、あの後一緒に遊んだな」
「はい。手を繋いで、中華街の中を走り回ってましたね」
ああ。名前は呼べなくても、妹みたいな存在の彩香といつも一緒にいたから、女の子と触れ合うことにはなにも思ってなかったんだ。
だから2人で遊んだ。走った。
話した内容までは覚えてないけど、楽しかった。
「あのときに、裕二君から色んなことを教わりました。何で空が青いのか。何で火が燃えるのか。何で飛行機が空を飛ぶのか……」
「あー……父さんがその手の話が大好きで、色々と吹き込まれたんだよ。当時は俺も、そのことを誰かに話したくてな。それが丁度美南だったんだ」
「はい。あのときの裕二君も、同じことを言っていました。私はその話を聞き、子供ながらに物知りでかっこいい人って思っていました。だから私も、勉強を頑張ったんです」
ほう。美南の今の学力の原点は俺だったのか。
そう思うと、ちょっと誇らしい気持ち。
「因みにそのときに下ネタを教えてくれたのも裕二君です」
「え」
「今の私が下ネタを言うのも、当時の裕二君の影響です」
おい当時の俺、そこに座れ! 説教してやる!
マジかよ、9歳児の俺何してくれてんの!? あのヤナギヤ家具の御令嬢に下ネタ仕込むとか頭狂っとるんか!?
「ふふっ、ふふふふ。今の私って、裕二君の影響をものすごく受けてるんですよ」
「そ、そう……なら、今俺が下ネタやめてって言ったら……?」
「やめません。これは私の大切なものですから」
下ネタを大切なものって言うのホントやめてください……。
「でも、これだけじゃありません」
「まだあるのか……」
当時の俺、なんでもありだな。
「私達が遊んでるとき、柳谷家の護衛部隊が私を迎えに来たのです」
「……それって、もしかして黒服にサングラスの……?」
「はい! 覚えてるんですね!」
覚えてるというか、思い出したというか……衝撃的すぎる見た目だったしな。
「あのときは、裕二君が私の護衛を悪者だと言っていました。まあ、あんなに怪しい見た目なら当然ですが」
あ……そうだった。
当時やっていた特撮番組で、敵の組織にいた雑魚が黒いスーツを着ていたっけ。
確かそれで、あの人達を悪者だって言ってた……気がする。
「私の手を取り、中華街を走って逃げ回るあの瞬間。ハラハラしながらも、とても楽しいひと時……裕二君はこう言ったのです」
ああ、覚えてる……。
「「大丈夫、任せておいて。俺が絶対、君を守るから」」
…………。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいッッッ!!!!
子供の頃に言ったとはいえ、恥ずかしいには変わりないぞこれ!?!?!?
と、そんな俺の羞恥心を知る由もなく美南は続ける。
「この言葉を聞いたとき、私はまるで、おとぎ話の中のお姫様のような気持ちになりました。かっこいい騎士様に守られているお姫様。とても嬉しく、とても夢見心地でした」
「……確かに俺もあのとき、女の子を守るかっこいい俺って感じで悦に浸ってたかも」
「ふふ。あのときの裕二君、悪者から逃げてるのに、とっても楽しそうでした」
やめて……やめて……。
「最後は私のパパとお義父様が同時に私達を見つけて、逃避行は終わり。……それから私は、裕二君のことがずっと気になって……気になって、気になって……」
……そんなに前から、俺のことをずっと好──。
「ストーカーになっていました」
「俺の感動を返して」
「ふふ。冗談です……2割は」
「8割ガチならもうガチだって前にも言ったよな」
でも……そうか。そうだったのか。
俺達の起源は、そんな所にあったんだな……。
「これが全てです。ビックリしました?」
「ああ。驚いた……」
「ふふふ。大成功です」
イタズラが成功した子供のような笑顔。
その笑顔は……当時のニクマンの面影を、少しだけ残していた。
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