始業式──③

 生徒からの視線の嵐を抜け、校門をくぐった。

 つい数年前に改築した校舎は真新しく、白い校舎に陽の光が反射して薄らと輝いている。

 校門から校舎まではレンガの石畳になっていて、左右に生える満開の桜が風になびいた。



「じゃあ丹波君、私は体育館に行きますね!」

「ああ。頑張ってな」

「はーい!」



 ぱたぱたと駆けていく。

 走る後ろ姿も可愛いな、マジで。

 全部が可愛いってどうよ、俺の嫁。


 と、そこに。



「今だ!」

「え? うおっ!?」



 な、なんだっ、囲まれた!?

 ざっと20人以上はいる。男女が入り交じっているけど、全員ギラついた目で俺を睨んでいた。


 その集団の中から、1人の男子生徒が前に出た。

 頭を明るい金髪に染め、ワイシャツのボタンを3つも開けている明らかに優等生じゃない見た目。

 身長は俺よりも小さく、ブレザーの胸ポケットの校章は赤。確か赤は2年生だったはずだ。

 だけど見た目が圧倒的に悪。俗に言うヤンキーって奴だろう。



「おうコラ、テメェ丹波だな」

「そうだけど……何の用だ?」

「そいつはお前がよーく知ってんじゃねーのか」



 まあ、十中八九柳谷についてだよな。



「学園の女神たる柳谷美南と結婚だなんて……! 俺達はテメェを許さねぇ」

「「「「「そうだそうだ!」」」」」

「許さないって言われてもな……俺もこうなるとは思わなかったし。あの場に柳谷がいたのも偶ぜ……偶然だ」

「何で言い直した」



 いや、思えば偶然じゃなくてストーキングの結果だったなーと……でも言えない。あの柳谷のイメージを崩すことになるから、絶対言えない。



「とにかくだ……重りつけられて東京湾に沈められたくなかったら、柳谷美南と別れろ」

「……は?」

「どうせあれだろ、ああいった場所の同調圧力で柳谷美南に拒否権を無くして、無理やり結婚まで持ち込んだんだろ。柳谷美南が可哀想だとは思わねーのか、卑怯もんが!」



 うーん、殴っていい? 流石の俺でも今のはかちんと来たぞ。

 ただ、ここで俺から手を挙げるのはなしだ。俺からの暴力ってことで教師からの心象が悪くなる。

 それに数の暴力で絶対負ける。てか下手すると死ぬ。

 あとぶっちゃけ怖いです。喧嘩なんて人生で1度もしたことがありません。助けて。



「さあ、今すぐここで宣言しろ。さもないと……」



 ボキボキと指を鳴らすヤンキー後輩。

 卑怯もんはどっちだと高らかに叫びたいが、こいつの目はマジだ。

 勿論、別れるつもりはない。

 だけど、これをどうにかする手段もない。

 まさに八方塞がり。どうする……どうす──。






「さもないと。俺の親友に何をするつもりだ、健也」






「え……た、高瀬先輩!?」

「あ、冬吾」



 救世主現る!


 日に焼けて茶色がかった髪。切れ長の鋭い目付き。顔全体のパーツは整っていて、俳優と紹介されても信じるほどの美貌。

 背も高く、体格もすらっとしている。


 サッカー部キャプテンにして、最近はプロ注目の選手として取り質されているサッカーの申し子。そして俺の幼なじみ兼親友。


 高瀬冬吾。


 学園のヒーローの登場に女子達は黄色い歓声を上げ、男子達はたじろいだ。



「ユウ、おはよう」

「おはよ、冬吾」



 和やかに挨拶する俺達。それを見ていたヤンキー後輩(健也というらしい、知らんけど)は明らかに動揺していた。



「た、高瀬先輩……え、え……親友って……」

「ああ。丹波裕二は俺の唯一無二の親友だ。で、お前は俺の親友を囲って何をしようとしていた?」

「こ、これはそのっ……!」



 おお、あのヤンキー後輩がたじたじ。まるで親に叱られた子供みたいだ。

 イケメンは怒ると怖いと言うが、これはまさにそれ。特に冬吾並のイケメンフェイスだと、眉間にシワを寄せただけでヤンキーよりヤンキーっぽい。



「お前のことは部でも抜きに出たいい選手だし、俺も一目置いていたが……俺の勘違いだったらしい」

「そ、そんな……! お、俺はただっ、柳谷美南を助けようと……!」

「美南嬢がそれを望んだか? 助けてくれと言っていたか?」

「そ、れは……」



 冬吾の正論と圧力にしゅんとなるヤンキー後輩。

 これは、勝負ありか。



「冬吾、それくらいでいいよ。俺は大丈夫だから」

「いいやダメだ。こういう奴は1回わからせないと付け上がる。健也、放課後の部活はずっと走り込み。その後俺と先生を合わせて説教だ」

「ひっ……! い、いやだっ、説教はいやだあぁ!」



 ヤンキー後輩の顔が青白くなり、打ちひしがれた。ずっと走り込みよりも嫌な説教って……何するつもりなんだ。

 冬吾は周りを見渡す。それだけで、囲んでいた他の生徒達もビクッと背筋を伸ばした。



「君達も同罪だよ。今後、2度と俺のユウに近付かないで」

「「「「「は、はいっ!」」」」」



 囲んでいた生徒達は慌てて校舎に向かって走っていき、俺と冬吾だけが取り残された。



「ふぅ……助かった、冬吾。ありがとう」

「礼には及ばないよ。大切な親友が困ってたら助けるのは当たり前だろ」



 本当、マジでいいやつすぎる。



「でも、いつ俺がお前のもんになった」

「昔からずっと」

「怖い怖い怖い」

「ははは! 冗談だよ!」



 こいつの冗談だは冗談に聞こえないんだよなぁ。



「あ、そうだ。ユウ、結婚おめでとう」

「ありがとう。まだ籍は入れてないけどな」

「誕生日は4月16日。あと10日か。まさかユウが、美南嬢と結婚するなんてなぁ。人生何があるかわかったもんじゃない」

「それ俺が1番思ってる」



 柳谷と出会った2年前の春。

 正しく一目惚れだった。一目惚れすぎた。

 高嶺の花で、話したのは数回程度。

 それでも彼女の魅力に……柳谷美南という沼にどっぷりハマった。

 まあ、あいつは俺以上に俺という沼にハマってたわけだが……。



「じゃ、教室向かおう。昇降口前にクラス分けの紙が貼ってあるだろうし」

「今年も同じクラスだといいなぁ」

「そうなると、ユウとは幼小中高と合わせて15年だね。最早親の顔より見た顔だ」

「確かに」



 こんなに長い付き合いになるとは思ってもなかった。

 ホント、人生色々あるな。

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