第7話 「語られる出生」
昼食を食べた俺は、母さんの執務室の前に来ていた。
(さて、一体、どんな話だろうな)
覚悟を決め、ドアをノックすると中からどうぞ、と中から母さんの声が聞こえ、俺はドアを開け執務室へと入った。
「ごめんなさいね。少しだけ待ってね」
伯爵としての領地の管理や報告を処理する部屋であるこの執務室、この部屋の主である母さんは部屋の一番奥の事務机で書類の山を凄い勢いで削っていき、三分と経たない内に三十センチはあったであろう書類を片付けてしまった。
(‥‥すげぇ)
そんなことを思っていると、母さんは椅子から立ち上がる。
「これでよし! 待たせてごめんなさいね」
「う、ううん。母さんもお仕事お疲れ様」
「ふふふ、ありがと。それじゃあ、そこに座って」
母さんはそういうと部屋の中央にある応接用のソファーへと座り、俺もテーブルを挟んで反対のソファーへと腰を掛ける。
「失礼します」
そして、母さんと俺が腰かけたタイミングで湯気を上げる薄緑色の液体が入った二つのカップをシュメルさんがテーブルに置き、そのまま部屋から出ていき、執務室には俺と母さんだけが残り、沈黙が場を支配しようしたとき、母さんが動いた。
「ふふっ、シュメルがせっかく持ってきてくれたんだもの、冷めないうちに飲みましょ?」
「…そうだね」
母さんと同じようにシュメルさんが持ってきてくれたカップを持ち、口へ近づけていくと何処かミントのような香りがし、そのまま一口飲むと、スッキリとした香りが口いっぱいに広がった。
(凄い、さっぱりとした味だけど…甘い?)
口の中に広がった香りが鼻から抜けていく直前、ほんの僅かな甘みがあったことに気が付いた。
「ふふっ、シンはこの味が分かるのね」
「母さん、これは?」
「これはミシュシェス茶。ミシュシェスというハーブを少し炙ることでスッキリとした味、その後に僅かな甘みが来るお茶なの。私が好きなお茶の一つよ」
「そうなんだ」
それから、少しの間。俺と母さんはミシュシェス茶の香りと味を楽しみ、カップに入っていたお茶を飲み終え、カップを置く。
「ふう、どうやって話を切り出すか迷ってたけど、シュメルに感謝ね」
「そうだね‥‥それで母さん。自分を呼んだ話を、聞かせてもらえる?」
「ええ」
俺から切り出すと、母さんはわずかに居住まいを正し、俺も正すと母さんは話し始めた。
「私の眼から見て、貴方に聞かせても大丈夫かを判断して伝えてくれ。そうあの人から言われ何時かはと思っていたんだけど。貴方はもう十歳。時間の流れは早いものね」
「・‥‥‥」
母さんの言葉に、俺は何も言えず、ただ黙るだけしか出来なかった。
「まあこの話は今は置いておくとして、今からあなたに話す大切な話。それはあなたのお父さんに関係する話よ。」
(やっぱり、か)
お昼の時から母さんからなんとなく感じていた雰囲気、それが何なのかが今ようやくわかった。
(母さん、緊張してたんだ)
そんなことを思っていると、母さんは俺の父親について話し始めた。
「まず最初に、あなたの父親はこの国の者ではありません」
「この国の人じゃ、ない?」
「ええ、私が知る限りあの服装、をした者は見たことがありません。あの人はワフク、と言ってましたが」
(ワフク…和服、か?)
俺の記憶にある限り、和服と呼ばれるのは、日本の昔から存在する伝統的な服しか思い当たらなかった。
「そして、先ほど言ったようにあの人はこの国の人間も、この大陸、グランブルムではないと言っていました。ここよりも遥か東の、小さな島国の生まれだとも」
(それは…日本じゃないのか…?)
母さんから明かされる情報に、どうにか理解するだけで精いっぱいになりながらもどうにか情報を頭の中で整理していく。その間も母さんの話は続く。
「そして、あの人がグランブルム大陸に来たのは、ある目的のために旅をしていたと思うの」
「ある目的?」
「ええ。と言っても、最後まであの人はそれが何なのかは教えてくれなかったけどね」
「そうなんだ…じゃあ、母さんと父さんの馴れ初めは?」
「そうね…ちょっと恥ずかしいけど、もう、話してもいいかな?」
まるで少女の様に恥ずかし気に髪を弄る母さんを見て、一体どんな馴れ初めだったのか?そう思ったが、口にはせず、母さんの言葉を待つ。
「私とあの人の出会ったのは、今日のように晴れていて温かい春の日で、その時の私は、家出をして冒険者をしていたの」
「母さんが…冒険者?」
「ええ、そうよ。意外だった?」
「う、うん」
この世界での冒険者というのは、いわゆる傭兵であり、何でも屋といった感じの職業で、その内容は採取や討伐、商人の護衛など多岐にわたる。
そして、母さんが荒くれ者のイメージが強い冒険者をやっていたのは、正直意外としか思えなかった。
「これでも、ギルドから【煉獄の剣姫】の二つ名を与えられていたのよ?」
「え、確かそれって、ギルドの上位ランクの金以上で、尚且つ実力を認められた人だけが与えられる?」
「そう、それよ」
「凄いんだね、母さん」
「ええ、けど、それがあの時は裏目に出てしまった」
「え、どういう事?」
「有名になるってことは、それだけ敵を作ってしまい、同時に対策をされてしまうこともあるという事よ」
そう言葉を切り出した母さんの顔は暗かった。
「当時、二つ名をもらった私はより精力的に依頼をこなして、その日は他の冒険者と商隊の護衛の依頼を受けたの。初日は何ともなかったけど、二日目に、それは起こったの」
「‥‥‥」
言葉を紡ぐ母さんの言葉を聞き逃さないために、全神経を耳に集中する。
「その日の午後、斥候に散っていった冒険者たちが戻らず、私たちは警戒を強めて進んでいたの。盗賊に限らず、強い魔物が出現する可能性もありえたから。でも、その日は何も起きなかった。けど、その翌日、通る予定だったい道が雨が降っていないのにも関わらず悪路になっていて、何かがおかしいと思いつつ、私は予定とは違う、広い道を提案して、先を急いだ。けど、それは敵の思うつぼだった」
「もしかして…待ち伏せをしやすくする為に、進路を変更させたかったの?」
「そうでしょうね。今思えば、用意周到だったと思うわ‥‥そして、翌日、ついに盗賊たちが姿を現して、最初は話し合いで解決しようとしたけど、それは無理で。やがてどちらともなく武器を構え、戦いは始まった。私たち冒険者は二十人に対して、その五倍もの人数の盗賊、いえ、盗賊団との戦いが」
「‥‥」
思わず、生唾を飲みながら、母さんの次の話に耳を傾け続ける。
「戦いは、敵味方が入り乱れる混戦になったわ。前後左右。すべてが敵で、私たちは一人、また一人と数に押されて倒れていき、それでも商人たちを逃がすために戦い続けて盗賊団のおよそ五割を倒すことが出来たけど、その頃には私たちは残り数名で、私も魔法を使いすぎて、もう魔法が使えず、これ以上戦えない、そう思った時だった。あの人が、姿を現したのは」
重かった母さんの言葉と雰囲気が変わった。それはまるで、自分を守ってくれたヒーローをみる無邪気な子供のよう眼だった。
「あの人は、黒い見たこともない服を着ていたわ。そして、こう言ったのよ」
『おいおい、大人数で少人数を虐めるのは情けなくないか?』
「ってね。うふふっ」
「ええ…そんな言えば」
襲われるんじゃ、と思ったが俺がここにいるという事は、勝ったのだろう。それに気づいたのか、母さんは楽しそうに、いや、嬉しそうに笑っていた。
「あの時のあの人は、本当に凄かったわ。動きにくそうな服装からして想像できないほどの動き、そして一振りで倒していく疾風にして剛の剣技。それらによって、二分とかからず首領を含めた盗賊団は壊滅させると、生き残った私たちの所へ、ちょっと運動したといった風に、あの人は近づいてきて、私にこう言ったの?」
『大丈夫か?…それにしても君はきれいだな。思わず見惚れるよ、付き合ってもらえないかな?』
『はぁ!?』
そのことを思い出したのか母さんは楽しそうに笑みを浮かべた。
「ふふっ、さすがの私も状況についていけなかったわ。何度か口説かれたことはあったけど、まさか出会って二言目でいきなり付き合ってくれないかって言われたのは、後にも先にもあの人だけだもの」
(いや、そりゃそうでしょう‥‥)
普通、出会っていきなり付き合ってくれと言える猛者はいないだろと、既に実例があるが、思わず内心でツッコんだあと、深く考えては駄目だと頭を切り替えることにした。
「あの、母さん。父さんからの言伝って?」
「ああ、ごめんなさいね。つい熱が入っちゃった」
恥ずかしそうに手で顔を少しのあいだ仰いだ後、母さんの表情が切り替わった。
「それじゃあ、あの人からの言伝を伝えるわ」
「…うん」
緊張で高鳴る心臓の音が嫌に大きく聞こえる中で、母さんが口を開く。
「伝説と謳われる龍「永遠の星龍(エターナル・レイ・ドラゴン)」と会え。そして、そいつと一緒に仲間を作り、世界を旅して、この世界の敵を倒せと」
「え‥‥?」
「それともう一つ、あなたに教えることがあります。あなたの父親の名前です。その名を、スサノオノ・ミコトです」
「‥‥‥‥‥え…?」
母さんの口から告げられた名前に俺は一瞬頭がフリーズして母さんが後半何か愚痴を言った気がするが今俺はそんな事を気にする余裕はなかった。
(ええええええええっ!!??)
思わず、目の前の膨大な情報に、そして有名すぎる名前に俺の頭は尚も混乱し、それが全部呑み込めたのは、一週間が経ったときで、しかしその時には既に運命の歯車は、動き始めていた。
グランブルム大陸の最高峰。通称【霊峰】。正式名称カエルム山脈。空を支えるように見えるほどに大きな山中で、それは目を覚ました。そして開いた瞼の下から現れたのは真っ暗な中でも存在感のある金色の瞳。そしてその瞳はまるではるか遠くを見通すかのように暗闇の中で輝いたが、それは直ぐに閉じた、まるで、まだ時ではないとばかりに。そしてそれは再び眠りに就いた。次に目を覚ます時がその時だというかのように。
出会いは、すぐそこまで、迫っていた。
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