第十一話*信じるもの、信じられるもの
──セシエルはホテルのロータリーに入る手前で車を止めた。それに怪訝な表情を浮かべたベリルだが、応えがないのでシートベルトを外しドアに手を掛ける。
「あのよ。ちょっと気になってるんだが」
それにベリルは顔を向けた。
「あんた、アメリカ人じゃねえよな」
確証がある訳じゃないし、どこからどう見てもアメリカ人なんだけどよ。疑いようが無いはずなんだが。
「なんていうか、ちょっと気になるって言うかさ」
違ったからってどうにかする気はないぞ。
「ただほんのちょっと気になっただけだ」
俺の勘違いでも本当でも、どっちでもいいんだよ。
迷いながら言って直ぐ、
「いや待て」
手を上げて考えをまとめるため瞼を閉じる──なんだって俺はこんなに知りたいと思っているんだ。どっちでもいいなら聞かなくたっていいじゃないか。
「悪かった。言わなくていい」
それでも頭を抱えて唸っているセシエルを見つめ、ベリルは目を細め視線を外した。
「ノースカロライナ州のフェイエットビルに、私の師がいる」
「師匠? 傭兵のか?」
「年老いてはいるが強さは健在だ」
私を救い、側に居ることを許し。私の全てを知り、それを受け入れた。
「救う? 知る? なんだよ、それ」
ベリルの言っていることが解らずに目を眇める。
「知りたければ彼に会うと良い。カイルという名だ」
「いいのか?」
「彼に委ねる」
その言葉に躊躇いは感じられない。
それくらいには、その師匠を信頼しているってことか。どれくらい何を抱えているのかは解らないが、俺にはそれを知る価値があるってことなのか?
セシエルはしばらくベリルの横顔を見つめたあと、溜め息を吐いた。
「いや、止めておく。面倒だ」
一蹴したセシエルに、ベリルは切れ長の目を丸くした。そんなベリルの表情に、やや渋い顔をする。
「いや、まあ。知りたいのは知りたいんだが」
そういうところ、関係ないかなって。
「あれだ。もう充分ていうか」
追いかけっこで胸焼けしそうなくらいに腹一杯だ。
「そうか」
無表情につぶやいたその口元に、微かに笑みが浮かんでいたような気がした。
「おい」
車を出て遠ざかるベリルを呼び止める。
「楽しかったよ。ありがとな」
セシエルは照れくささもあり、そっけなく発するとベリルは軽く手をひとふりしてホテルに向かった。
──後に俺は、人類の中にあって存在を否定されるものを「ミッシング・ジェム」と呼ぶことを知った。生物的にも科学的にも、宗教的にも人類の歴史に認められないものを言うらしい。
まさに、
不死だからと自分勝手な言い分に当てはめられるあいつにとっては、いい迷惑だろうな。
まあ、俺にはどうでもいい話だ。
あいつがどんな秘密を抱えていようが、俺がその一部を背負う必要なんかないんだし、知ったところであいつへの認識が変わることもない。
それほどあいつに関心がないと思われるかもしれないが、そうじゃない。
どう言えばいいのか。最悪な出会いではあれど、共に闘ったことから何か強い絆めいたものでつながった感覚だ。
友情なんてハッキリと言えるほど、俺たちは単純な関係じゃない。
と、まあ……。俺はそう考えているが、あいつがどう思っているのかは解らない。わざわざ会って酒を酌み交わすつもりもない。
ただ、あいつがどこかの空の下で仕事をこなしているなら、それでいい。
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