第四章

第九話*緊張感は置いてきた

 事前に手渡された小型のヘッドセットを片耳に装着し、軽く動作確認する。

「そういやあ、なんで不死になった。それとも元から不死なのか」

 裏にベニヤ板を張られたガラス張りのドアを両脇から挟むように二人は立ち、ふとセシエルが小声で口を開く。

「いま訊ねることかね」

「聞く前に着いちまったんだ」

「キースにでも訊くと良い」

 これから戦闘になるというのに肝が据わっているとセシエルに呆れつつ、心強くもある。

「あいつに話したのか」

「大体のことは噂で知っているだろう」

「面倒だ。いま教えろ」

 こいつは正気なのかと眉を寄せ、中の気配を探ると共にゆっくり扉を開きながらかいつまんで回答する。

「護衛の依頼をした者に不死にされた」

「おい、ざっくりし過ぎだろ」

「それで充分だ」

 室内は元レストランだけあって、テーブルと椅子が散らばっており、厨房を囲うようにカウンターが設置されている。

 カフェレストランだったことが窺える。

「それ、いつの話だ」

「二十五」

 未だ質問を続けるセシエルに眉間のしわを深く刻む。

「五年前? つい、こないだじゃねえかよ」

 まるで童話だな。

「依頼主ってどんな奴だった。お前の他にも不死にした奴はいるのか」

「不死は一度きりの能力だ。もういいか」

 気負わないのは頼もしいが、いい加減に緊張感を持て。

「そいつに気に入られたってことか」

「そういう事ではない」

 ふと階段から足音がして、ベリルとセシエルはすかさずカウンターに飛び乗り厨房に身を隠す。

 様子を窺っていると男が二人、降りてきたようだ。変な動きがないか巡回しているらしい。薄暗い店内を男たちはそれぞれ、いつものように歩き回っているのだろう、どうせ誰もいないと適当に見回してカウンターに肘を突き煙草をふかしはじめた。

 ベリルとセシエルは互いに目を合わせると各々、男の背後で立ち上がり首を絞めて厨房に引き込んだ。

 呻き声を意に介さずそのまま絞め続けて落とすと、そこら辺の布を口に押し込んで猿ぐつわと両手足を拘束し厨房から出る。

 入り口に向かうベリルに何をするのかと見ていると、両開きの扉に男から奪ったベルトを巻いている。自分たちの退路も断ってしまう事になるが、逃がすよりはいい。

 そうして二人は階段に向かう。外にも非常階段はあるのだが、上れないようにふさがれているので問題はない。

 床に落ちている物に気を配りつつ、ゆっくりと見上げる。途中で折れ曲がった階段は薄汚れていて、あちこちにゴミが散乱している。

 ここで寝泊まりしている人がどこかから拾ってきたのか、破れた毛布などが散らばっていた。

「五人から七人といったところか」

 音を立てずに階段を上りながらベリルが答える。

 さらに目視で確認するため、二人は扉の壊れた入り口の両脇に立ち、慎重に中の様子を窺うとベリルの推測通りに五つの影が浮かんでいた。

 ベニヤ板の張られた窓から差し込む陽の光は微量で、室内は薄暗くセシエルは目を凝らした。

 何年も前に引き払われたオフィスには、必要のなくなったデスクと椅子が幾つか散らばっており、両端の壁には金属製の棚が一つずつ置かれている。

 どうやら、ミハイロヴィチはいないようだ。

 二人ではさすがに音を立てずに五人を倒すことは難しい。どうしたもんかなとベリルに視線を送る。同じことを考えているのは当然なことながら、ベリルから感じられる意思は自分とは異なるものだった。

 ベリルの視線にセシエルはピンときて頷き、階下に降りるとベリルは上に続く階段の手すりに身を隠す。

 一階に降りたセシエルは、二階の入り口に向かってそこら辺のゴミを投げた。もちろん響いた音は室内にも届き、五人の影はざわつく。

 しばらく見合っていた影は小声で会話をしたのち、あごで示された二人が様子を探りに部屋から出てきた。下に仲間がいることは知っているため、階段を降りることなく声を張り上げる。

「おい! どうした」

「ホームレスが入り込んだ! 手伝ってくれ!」

 そんな声が聞こえて、二人は肩をすくめつつ階段を降りる。

 物音や他の声がしない事を怪訝に思いながらも一階に到着するとハンドガンを持ち、警戒してレストランに足を踏み入れた。

 その途端、左に居た男が視界から消えて目を向けると、明らかにホームレスではない男に首を絞められていた。

「──っ!?」

 仲間の首を絞めながら睨みつける緑の瞳に体が強ばり声も出せず、銃の引鉄ひきがねを絞る事も忘れる。仲間の小さな呻き声にハッとした瞬間、凄い力で今度は自分の首が絞まっていく。

 もう一人いたのかと気づいたときには意識を失っていた。

 セシエルが二人を拘束しているあいだ、ベリルは彼らの持っていたハンドガンから弾倉マガジンを抜き本体を軽く分解する。

 退路を断つなら敵の無力化は万全に行う──こういう部分が、ベリルの成功率の高さにつながっているのだろう。

「あと何人だあ?」

 二人の拘束を終えて手を払いつつ立ち上がる。

「七人か八人といったところだろう」

「面倒だな。もし逃げられたらどうする」

「仲間が張っている」

「何人」

「四方に二人ずつ」

 ドローンも待機していると聞いて感嘆した。とことん逃がす気がないらしい。

 抜け目なく狡猾で大胆に、容赦なく敵を追い詰めていく様子はなるほど、悪魔と捉えるに相応しいのかもしれない。そこに容姿も絡んでいるのは間違いないだろう。

「なまじ顔が良いと面倒だよな」

「なんの話だ」

「なんでもねえよ」

 しまった声に出ていたかと視線を外してしらばっくれる。どうやらこいつベリルは、自分の顔にあまり自覚がないらしい。

「二階にはあと三人か」

 一人余るな。どうしたもんか。

 などと考えていると、ベリルが十数センチほどの黒い筒状の物を取り出してハンドガンの銃身に取り付けていた。

「あ、ずるいぞ」

 減音器サプレッサーなんか持ってたのかよ。

「ハンターほど必要不可欠なものは無いと思うのだが」

 セシエルに顔をしかめて見つめられ、むしろどうして持っていないのかと眉を寄せた。

「うるせえな」

 今日は、たまたま持ってなかっただけだ。

 ふてくされてそっぽを向いたセシエルに予備のサプレッサーを差し出す。

「合うのか?」

 そう言われることを見越していたのか、幾つかの部品がベリルの手のひらに乗せられていた。

「サンキュー」

 それを受け取り、カウンターに向かうとハンドガンを解体し始める。そうして、渡された部品を見繕い組み立ててサプレッサーを取り付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る