(4)如月三兄妹の恋バナ
斎藤さんは、かなり重度のベアベアーファンで、ベアベアー好きの間では有名だったりするらしい。メモに書かれていたSNSのアカウントを確認したあっちゃんが教えてくれた。
確かに、フォロワーの数が一般人ではなかった。ベアベアーに特化したインフルエンサーみたいなものだろうか。
斎藤さんの見立て通り、あっちゃんと彼女は気が合うらしく、ときどきメッセージのやり取りとかで雑談する仲になったそうだ。
「何、そいつ。兄貴は同僚だけど、愛莉までいくともう他人じゃん。そんなんと仲良くなりたいとか意味わかんねー」
話を聞いていた楽が、心底理解できないと言ったふうに首を傾げた。その隣では皐月が、聞いているのかいないのか、無言で牛丼の牛部分をぱくりと口に入れる。
五月の連休。なんとなく予定もなくて、あっちゃんも彼女の家族と出かけていて一人になった俺は、同じく予定のない皐月と一緒に楽のマンションに遊びに来ていた。
母さんから、ついでに楽の生活が乱れてないか見てこいという指示も出ている。今までは和臣がいたからそんなに心配していなかったが、一人暮らしとなると気になるらしい。しかし母さん本人が様子を見に行くと楽がとても嫌な顔をするそうで。
俺と皐月が来る分には構わないらしく、普通に部屋に入れてくれた。
生活は……まあぼちぼち。思っていたよりも散らかっていない。聞くと、たまに和臣がやって来ては掃除の指導をして帰っていくのだとか。気になるのは食生活か。冷凍庫に大量の冷凍牛丼が収められていた。自炊しろとまでは思わないけど、できれば野菜も食べてほしい。
冷凍庫の中身チェックをした流れでなんとなく三人で牛丼を食すことになり、ローテーブルを囲んで昼食タイムになった。
雑談をしているうちに、この一年で俺ら三人とも彼氏や彼女持ちになったという変化に気づいた皐月が「お兄たちの恋バナ聞きたいな~」などとにやにやしながら言うもんだから、順番に何かしら話す羽目になっている。
言い出しっぺの皐月にお前がまず話せと迫ると、「お互い部活、部活、部活に部活。今年はきっと甲子園行くよ! 涼くんの好きな曲、応援歌用に練習してる。吹部のほうもコンクールに向けて気合入ってて、今度メンバーのオーディションがあるんだけど涼くんがお守りくれて~」などと、斜め上の部活トークを長々と聞かされた。
途中から楽が完全に興味をなくして牛丼に集中し始めたから、俺が責任を持って聞いてあげねばと頑張っていた。疲れた。
その後回ってきた俺の番、最近の大きな出来事といえば斎藤さんの件くらいしかない。普段のあっちゃんの日常を話しても、この二人には「知ってるわ」の一言で片づけられてしまう。ネタがあってよかった。
「私はその斎藤さんの次のターゲットになってる、海外帰りのエリートイケメン? の人が気になるなあ。美蘭がよく遊んでる乙女ゲームに出てきそう。お兄は会った?」
「会ったというか、うちの部署に用事で来てたのを、遠目で見た」
「どうだった!? 乙ゲーの攻略キャラみたいな人!?」
「いやー、よくわからんけど、キラキラはしていた」
乙女ゲームやらないから、攻略キャラみたいかどうかは判断不可能。
「見たいなあ……」
「見てどうすんの」
「どうもしないよ。見るだけ」
「くっだらね」
楽が馬鹿にしたように笑った。皐月の顔がみるみるうちにむっとした表情になる。
「そんなふうに言わなくてもさあ、いいじゃん。楽兄は和臣くんでイケメン慣れしてるかもしれないけどさあ」
「カズってそんな騒ぐレベルのイケメンか?」
思わず皐月と顔を見合わせる。そういえば楽は人の顔を覚えるのが苦手なほうだし、そもそも他人の顔面や容姿にそんなに興味を示さない節がある。
「和臣はイケメンよりも、二枚目って感じがするよね。中性的な色気があるというか」
「アンニュイ系男子」
「それだ。気怠げ、儚げ、神秘的」
美蘭やあっちゃんも顔の作りは似ているんだけど、二人は和臣に比べるところころと表情が目まぐるしく変わったり、バイタリティに溢れている印象が勝っている。それに比べると和臣はどこかのんびりしている草食動物感があるのだ。
皐月と二人で盛り上がっていると、楽が冷めた目をして言った。
「見た目と雰囲気だけはそうかもだけど、あいつわりと活動的だぞ。おれには基本優しいけど、ピアノとかオタク活動とかだと、ときどきアグレッシブにもなる。サッカーだったらフォワードかトップ下のミッドフォルダー。普通ならやらない角度からシュート撃ったりして、しかもそれが入っちゃうタイプ」
元サッカー部の弟の解説、ちょっと何言ってるかわからない。わからないけど、冷めた瞳の中にちょっとしたきらめきが見て取れるから、楽はそういう活動的な和臣が好きなんだと思う。
半年ほど前、和臣のアパートからうちに帰ってきて部屋で泣いていた姿をふと思い出した。ただの幼なじみ同士の喧嘩で片づけられそうにない、もっと大事なものが粉々に砕けたような泣き方をしていたから、どうしてしまったのかと驚いた。
その後しばらく経ってから和臣と恋人になったんだという話を聞かされたときは、もっと驚いたけど。楽はそういうとき、あまり自分から動かない。和臣に引っ張られて動いていることが多い。目まぐるしく関係を壊したり進展させたりしているあたり、確かに和臣はただのんびりしているだけの草食ではないように思えた。
「楽と和臣ってさあ」
「ん?」
「どんな恋人づきあいしてんの?」
「ごふっ……」
お茶を飲んでいた楽が、思いっきりむせた。
「な……なんで?」
「何慌ててんだよ。どうせ俺の次に恋バナする約束だっただろ。……でも、付き合う前は同居してたくせに、付き合ってる今は離れて住んでるから。なんか不思議だなあって」
そう言うと、楽じゃなくて皐月がなぜか居心地悪そうに視線をさ迷わせ始めた。
「皐月、どうしたの」
「えっ? えーと……」
「あー、兄貴、こいつおれらが喧嘩して同居解消したの、自分のせいだと思ってんだよ。皐月、もういいかげん気にすんな」
「あ、はい……」
すん、と皐月の挙動不審が大人しくなる。そういえば秋頃にも皐月は楽につられたようになんか落ち込んでたけど、関係あるのかな。まあ、楽本人が気にすんなと言っていることだし、俺もこの話題には触れないでおく。
楽は皐月の頭をぐりぐりと撫でながら言った。
「今んとこ、おれらはこれくらいの距離に住んでてたまに会うくらいがちょうどいいってだけ。でもたぶん、一緒に住んでたときよりも今のほうが仲良いよ、おれら。カズがな、面白い」
「どゆこと」
楽は耳元を赤らめて、でもどこか嬉しそうに笑った。
「カズ、けっこうマメに連絡してくるし、会うとめっちゃ喋るようになった。そんで帰りたくないとか駄々こねる。一緒に住んでるとそんなことなかったから面白い」
「和臣くんが幼児退行してる……いった! お兄痛い痛い」
「お子様なお前には退行してるように見えても、進行してんだよ!」
呆れた顔をした皐月の頭を、楽が笑顔のまま乱暴にこね回している。
おれは束の間、自分とあっちゃんが離れて暮らし、たまに電話したり会ったり、帰りたくないと駄々をこねたりする光景を想像した。想像しようとして、失敗した。
あっちゃんはおれが小学生のときからもうずっと、当たり前に会いたいときに会える距離にいる存在だから、そういうものを思い浮かべることすらできなかった。
「どうしよう、楽。おれ、楽が和臣離れしたみたいにはあっちゃん離れできなさそう……」
「しなくてよくね? 今の距離感で上手くいってんじゃん。おれら上手くいってなかったからそうしただけだし」
「そういうもの?」
「そういうもの。上手くいかなくなってから、近づくなり離れるなり考えれば?」
「……わかった」
「楽兄ー! いーたーいー! 圭兄助けてよ! バカ!」
さすがにかわいそうになってきたから、そっと楽の手を皐月の頭から引きはがす。
楽の困ったところは、妹に対する照れ隠しが暴力的なところだ。あまり髪の毛をどうにかすると、皐月がハゲる。
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