(3)君がいい
金曜日、あっちゃんと一緒に帰る約束をした。
俺の会社の最寄り駅は、あっちゃんが通う高校の最寄り駅と俺らの家の最寄り駅の中間地点にある。
あっちゃんが部活で少し帰りが遅くなり、かつ俺が残業のない日に限り、俺たちの帰宅時刻は同じくらいになる。
偶然鉢合わせる日もあるけれど、どうせなら一度ちゃんと時間を合わせて帰ってみようという話になり、あっちゃんが会社の最寄り駅で途中下車してくれて待ち合わせることになった。
彼女は学校の友人がたまに彼氏と一緒に通学したりしているのを電車で見かけるらしく、そういうことに憧れがあるらしい。俺は何をどうしたって高校生には戻れないので一緒に通学や下校は無理だけど、会社員のままでいいのなら、一緒に帰るくらいはしてみてもいいかと思った。
でも、ちょっと大事なことを忘れていた。
待ち合わせ場所の駅前。地元の駅と違って大きくて、人も多い。ナンパも多い。あっちゃんの高校は世間知らずのお嬢様が通うことで有名な虎華女学院。あっちゃんはその高校の制服を着て、駅で俺が来るまで待ってる。妙な人に声をかけられる率、めちゃくちゃ高い。
そういうことに考えが至ったのは、駅前で実際にあっちゃんが絡まれているのを見たときだった。
二人組の男に何か話しかけられてあっちゃんが困っているのを発見し、大慌てで駆け寄る。
「あっちゃん」
俺に気づいたあっちゃんが、ととと、と彼らから離れて俺のそばに来た。
「彼氏来たんで!」
真横で不機嫌な大声を出されて、俺までびっくりしてしまう。二人組の男……というか、駅の近所の高校の制服を着た男子生徒二人組は、ちょっと顔を見合わせて去っていった。それを見送ったあっちゃんがほっと息をついた。
「大丈夫? 来るの遅くてごめん」
「ううん。怖い人たちじゃなかったから、大丈夫だった。ただずーっとだらだら話しかけてきてうざかった」
慣れてないのに声かけたから中途半端な感じになったんだろうな。いや、慣れてたら人にあたりかまわず声かけて迷惑かけていいってもんでもないけど。
「ふーん、なるほど! 君が如月くんの彼女か!」
突如、聞きなれた声がしたから振り向くと、斎藤さんが仁王立ちで立っていた。なぜここに。
「なぜここにっていう顔をしているね? 偶然通りかかったのよ」
「はあ、そうですか」
「圭都くん、この人誰?」
「会社の……同僚? というか先輩というか」
同僚つっても、一緒に仕事したことないけど。
「どうも~、後輩の如月くんがお気に入りの、斎藤製菓の美人受付嬢、斎藤しほり二十八歳でーす」
おどけた様子の斎藤さんに、やれやれと思う。最初こそどうだったかわからないが、この人は本気で俺をどうこうしようとしているわけでもなく、最近はただからかいに来ているだけのようなので、あまり構えすぎないことにした。とはいえ苦手なタイプの人だから、藤木さんのコバンザメ生活は継続中。
けれどもちろん、あっちゃんはそんな事情を知らないわけで、俺を取られると感じたのか、袖をつかむ手の力が強くなった。
「彼女の前でお気に入りとか適当なこと言わないでくださいよ、勘違いされます」
「適当って失礼だなあ。でもまあ、本気で君を狙うのは辞めたわよ。知ってる? 今ね、海外勤務だったエリートイケメンが帰国して本社の海外事業部にいるの。そっちに焦点合わせてまーす」
「ちらっと移動してきた人がいるっていうのは聞きました。でもそういう人は既に恋人いそうですけどね……あっちゃん、大丈夫だよ。この人別に俺のこと好きじゃないから」
袖をつかむ力が弱まる。そのまま手を繋ぐと、彼女の緊張した表情も少し緩んだ。それを見た斎藤さんが苦笑する。
「そうそう、別に好きじゃない。よその会社の偉そうなだけの御曹司なんかとお見合い結婚させられる前に、かっこよくて性格の良い、しかも親が納得してくれるくらい仕事できる人を探してるだけ! なかなか見つかんないけど。如月くんはまあまあの条件だったのに、仲良しの恋人がいるからか私から逃げ回ってばっかりよ。脈なしだと思って諦めまーす。だからお嬢さん、そんな怖い顔しなさんな」
「……本当ですか? 圭都くん、ほんと?」
「ほんと」
本当は、もっといろいろな言葉を並べて安心させてあげたいのに、こういうとき俺は何も出てこない。黙り込んでいたら、逆にあっちゃんに「わかった」と安心してと言わんばかりの笑みを見せられてしまった。
そんな俺たちを見て、斎藤さんが肩を竦める。
「どっちが年上なんだかって感じのおかしなカップルね。実はね私、虎華の卒業生なんだけど、駅前を通りかかったら虎華の制服を着た子が男の子に絡まれてるじゃない? 先輩面していっちょ助けてやろうじゃないのと思って近寄ったら、横からぴゅーって如月くんが走ってきてさ。お姉さんの出る幕なし。如月くん、こんなとこに虎華の女の子置いといたらダメだよ。この制服、妙に狙われやすいのよね」
「……はい」
「わかればよろしい。ところで彼女さん、あっちゃんだっけ?」
「愛莉です」
「愛莉ちゃん。君が如月くんにエミリアベアベアーちゃんあげたんでしょう? これ」
斎藤さんがあっちゃんのスクールバッグについているベアベアーを指さす。あっちゃんが頷くと、きゃーとその場で明るく飛び跳ねた。
「私、ベアベアーちゃん大好きなの! あなたも好きなの?」
「あ、あたしはえっと、エミリア姫が好きで……でもベアベアーも可愛いなって思います。コラボじゃないときも可愛いお洋服着てるから……」
「ほんと? あのね、もしよかったら一緒にベアベアーちゃんとその他可愛いものについて談義しない? これ、私のベアベアー専用アカウントなんだけど……」
「しほりお嬢様ー!」
スマホを取り出して何かをあっちゃんに見せようとした斎藤さんが、名前を呼ばれたほうを見る。つられて顔を向けると、ロータリーに停車した高級車と、困ったようにこちらを見て立っている運転手らしき人がいた。
「お嬢様、そろそろお時間です!」
「忘れてた。もう行かなきゃ。愛莉ちゃん、またね。如月くんも!」
斎藤さんはひらりと手を振り、あっという間に車のほうへ走っていってしまった。
車が走り去るのを、あっちゃんが目を丸くして見ている。
「お嬢様って呼ばれてたけど、あの人お金持ちなの?」
「俺んとこの会社の社長令嬢……」
「えーっ……圭都くん、い、いいの? あの人と付き合って結婚したら社長になれたかもしんないよ!? 付き合うの、あたしでいいの!?」
斎藤さんと結婚したところでさすがに社長にはなれないと思うけど。どっちにしろ、興味ないしどうでもいい。
「あっちゃん、が、いいんだよ。帰ろ」
恋愛ドラマでさんざん使い回されているようなくだらない返答。それでも嬉しそうに笑ってくれる。
本当にあっちゃんがいいと思っているけど、どれくらい伝わっているのかわからなくて、不安になる。
後日、会社でまたもや斎藤さんに追っかけられて、逃げ切ることに失敗したところ、パンダの絵が描いてあるメモを渡された。
「これ、愛莉ちゃんに渡しておいて。私の連絡先」
見ると、SNSのアカウントや連絡アプリのIDなんかが羅列してある。この人、あっちゃんをどうしたいんだろう。困惑して顔を見ると、「絶対に渡してよ」とくぎを刺された。
「あの子、私と同じ趣味の香りがするの。服とか小物とか。きっと気が合う。友だちになりたい。私のほうが年上な分、手に入れてきたものの量が多いはずだから、あの子の好きそうなものを教えてあげたい。あと単純に愛莉ちゃんが可愛いからお近づきになりたい」
「あの子、俺のなんで取らないでほしいんですけど……」
「恋人になりたいとは言ってないでしょー? 友だちになりたいの。そんなことまで口出しする権利はあんたにはなーい!」
ぷんすか怒る斎藤さんを見た藤木さんが「同性の友達少ないんだわ、あいつ」とぼやいた。
とりあえずメモはちゃんと、あっちゃんに渡すことにした。その後どうするかはあっちゃん次第だ。
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