(2)言うべきことの後回し
大橋涼は、わたしや美蘭と同じ中学出身の男子だ。
といっても、わたしは彼とは一言も会話を交わしたことがない。だから、ちょっと顔が爽やかアイドル系だな、くらいの印象だ。
一方で美蘭のほうは、中学三年間ずっと彼と同じクラスだった。
わたしたちはお互いのことをほとんど隠しごとすることなく、何でも打ち明けて育ってきた。それはもちろん恋バナも含まれていて、美蘭は当然のように彼を好きになったことをわたしに話してくれた。それから、高校選びは彼を追いかけるということも。
地元では有名な公立進学校、T高校。引っ込み思案で人見知りな美蘭は本人に直接聞くことなく、周囲の風の噂を駆使して大橋くんの進学先を特定し、そこを自分の志望校に決めた。
わたしは特に行きたい高校がなかったから、美蘭についていくことにした。というか、美蘭がいればどこでも良かった。幼稚園からずっと一緒だったのだ。彼女がいない学校生活なんて想像できない。
幸い、ふたりとも中学での成績はそこそこ良くてT高も合格圏内。わたしたちは危なげなく受験をパスして高校生になった。
その頃からだろうか、美蘭はちょっとだけ変わった。物静かで目立つことが苦手な彼女は高校でまさかのチアリーディング部に入部した。なんでも、チア部は野球部の試合応援に参加するのが毎年の恒例らしい。
またもや同じクラスになったらしい大橋くんにも、自分から話しかけるようになった。
クラスが離れたわたしが偶然休み時間に美蘭の教室の横を通りかかると、二人で雑談しているのもたまに見かける。仲良しとまではいかなくても、よく話すクラスメイト程度の関係には発展したみたいだ。
だからわたしは呑気に「いい感じじゃーん」なんて思ってたんだけど。
なんじゃこりゃ。
過去数年間のあれこれに思いを馳せて現実に戻ってくると、そこは相変わらずしんと静まり返った音楽室。そしてわたしを見ている大橋くん、吹奏楽部の同級生、先輩、後輩。
どどどどどうしよう。美蘭と同じく、わたしも注目を浴びることには慣れていない。
口をぱくぱくさせて混乱していると、ぽんっと肩に手が置かれた。
「如月」
手を置いた人、打楽器のパートリーダーである先輩がわたしの名前を重々しく呼ぶ。
「よくやった」
「……は?」
「われらが打楽器(パーカス)、全メンバー彼氏なし彼女なしの不遇の時代。あんたが止めたんだよ! おめでとう! ありがとう! これで太鼓を叩く奴らはモテないなんて言わせない! 見たかフルート!!」
先輩はぐいっと首を回してフルート担当の部員たちに顔を向ける。そこにいた全員彼氏持ちのフルート女子たちは、苦笑しつつうなずいた。
「見た、見た。しかと見届けた。如月さん、良かったね」
「お幸せに」
他の楽器の人たちからも、冷やかすような歓声が飛ぶ。いや、ちょっと待って。
「如月ぃ、ありがとう……あんたはパーカスの誇りだあ~!」
ちょ、ええ!? 先輩泣いてんだけど! 告白されたのはあんたじゃないだろう!
先輩の手に肩をつかまれたまま、わたしはがくがくと激しく揺さぶられた。
待って待って待って。
わたし一言も「付き合う」って言ってませんが!?
※ ※ ※
美蘭はおとなしいけれど、自分のことは自分で決める芯の強さがある。
その点、わたしはぐらぐらで、気も弱いしボーイッシュで強そうな見た目のわりに言いたいことが言えなかったりするわけで。つまり。
その場の雰囲気に抗えず、公開告白を断り切れず。なんか中途半端に付き合うのオッケーしたみたいな空気になっちゃって、そのまま解散になって家に帰って来てしまった!
やばい。その一言を心の中で繰り返しながら、自分の部屋でスマホの画面を凝視する。
「美蘭になんて言おう……」
つい、大きなため息をついてしまう。
たぶん美蘭も今頃は隣の山田家にいる。大橋くんに告白された。そうメッセージを送ってしまってもいいし、返信を待つ時間が気まずいなら、お隣にちょっとお邪魔して直接美蘭に伝えることもできる。別に通話でも構わない。
だけど、どれを行動に移すことにもわたしは躊躇ってしまう。
だって、嫌だ。親友が傷つくことをわざわざ言わなきゃいけないなんて。
……しかも不機嫌になった美蘭って、ぶすくれた顔がちょっと怖いんだよね。できればその顔も見たくない。
かといって黙っているのも感じ悪いし。隠しごとなんか彼女にしたことないから、心臓がバクバクして絶対に数日ももたないと思う。
「あー、もう! やだやだやだ!」
叫びながらベランダに出て、往生際悪く唸る。なんでわたし? どうせ美蘭以外の子を好きになるなら、わたしじゃなくてもっと全然関係ない誰かを好きになれよ大橋涼!
「皐月……?」
戸惑うような声がわたしを呼んだ気がして横を向く。と、隣の部屋の窓から圭にいと愛莉が顔を出して、心配そうにわたしを見ていた。お兄の部屋の窓、開いてたらしい。
「なんか嫌なことあったの……?」
愛莉に尋ねられて、ごまかし笑いを浮かべる。
「いやいやいや、大したことないから気にしないで。てか愛莉来てたんだ」
「うん。もう晩ごはんの時間だから帰るけど」
そう答える愛莉の手が圭にいの手と繋がれているのを見て、あー、なんか邪魔したなあ、と思う。それと同時に慌てていた気分も少し落ち着く。
圭にいたちはただただ仲良さそうで何よりである。付き合い始める直前は妙によそよそしくなってるっぽかったけど、元々暇があればべったり一緒にいる2人だった。今や邪魔者が割り込む余地もない。
そう、わたしは美蘭の恋における紛れもない邪魔者。
「はあ……」
「ほんとに大丈夫?」
わたしは眉根を寄せた圭にいに首を縦に振った。
「大丈夫。部屋、戻るわ」
「あ、うん……」
大変お邪魔いたしました。
部屋に入って内側からそっと窓を閉める。
とりあえず、明日大橋くんに会おう。それでちゃんとお断りして。美蘭への報告はその後でいいや。うん、そうしよう。
そんな感じで、わたしは嫌な現実を後回しにすることにした。
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