(4)圭都くんの言う通り
「えーっ! 愛莉ちゃんT高じゃないのっ?」
あたしの進路希望を聞いたクラスメイトが、意外そうに目を見開く。
圭都くんと話して数日後。
あたしの調査票には、第一志望の欄に堂々と「虎華女学院高等部」の文字が書かれている。
圭都くんの言う通り、パパとママはあたしが虎華に行きたい言うと、応援してくれた。たぶん、T高よりもレベルが高いから反対されなかったっていうのもあるとは思うけど……。
「遠くない? 寮とかあるの?」
クラスメイトの質問に首を横に振る。
「電車で1時間くらいかかるけど、受かったら家から通う」
「そっかー。受かるといいね。お嬢様学校てイメージだけど、どんな感じかまた教えてよ」
「受かればね」
「大丈夫だよ、愛莉なら」
一緒に話を聞いていたゆーこちゃんがにこりと微笑みながら励ましてくれる。なんだかんだで彼女もあたしを応援してくれるひとりだ。
「かっこいいなあ、虎華かあ」
かっこいいなんて言われると、ちょっと嬉しくなってしまう。まだ受験すらしていないのに。
授業開始のチャイムが鳴り、あたしの席にいた数人は手を振って各々の席に戻っていく。
今から提出するつもりの調査票をにやにやと眺めているとふと視線を感じた。
顔を上げると、少し離れた席の矢野くんと目が合う。と思ったら、すぐに顔をそらされた。えぇ……? なんだったんだろ……。
そのまま矢野くんのことは忘れて特に会話を交わすこともなく、数日が過ぎた。と思ったら今日、急に話しかけられた。
あたしは放課後の教室でひとり勉強していた。
「山田、なんで学校残ってるの?」
部活道具の忘れ物を取りに来たという矢野くんに不思議そうに尋ねられて、あたしは苦笑する。
「自習してるの。学校にいれば、わかんない問題があっても職員室に行って先生に質問できるから」
パパとママとの約束で、あたしは塾に通わずに高校受験をすることになった。学費の高い私立の高校を目指すのなら、なるべく塾の費用だって節約したほうがいい。
頼れるのは自分と本屋で売ってる参考書と高校生のお姉ちゃんと、中学校の先生。利用できるものは利用する。
というわけで、あたしはこれから放課後は学校で自習をすることに決めたのだ。
「ふうん。勉強頑張ってるんだね。虎華……だっけ」
「うん、そう」
あれだけ大声で友達と会話していたんだから彼にも話の内容が聞こえていたんだろう。隠すことでもないから素直にうなずく。
するとなぜか矢野くんは少しだけ不機嫌そうにうつむいた。
「俺、T高志望なんだよね。山田もだと思ってた」
「あー、虎華にするって最近決めたから」
「遠いのに、なんで? T高よりも偏差値高いから? 女子高が良かったの?」
なんでそんなこと訊くんだろう。あたしはうーん、と首を傾げる。
「偏差値とか女子高とかそういうんじゃないんだけど……少し、みんなとは違う学校に行ってみたかったりとかして」
あと、圭都くんにも言ったけど名前がかっこいい。
「ていうか矢野くん、のんびりしてて大丈夫? 部活は?」
「あっ、ほんとだ。勉強の邪魔してごめんね。頑張って」
ばたばたと教室を出ていった矢野くんを見送る。
本当に、なんだったんだろう。変なの。もしかして矢野くんも虎華に行きたかった? でもあそこ、女子高だから心が女の子とかそういう事情がない限り、男子は進学できないと思うんだけど……。
というか矢野くん、T高志望って言ってたし違うか。
ごくごく当たり前の結論にたどり着いたあたしは、結局彼が話しかけてきた理由もわからず頭に?マークを浮かべたまま家に帰る。
まあ、教室にたまたまあたしがいたから雑談がてら声をかけてきただけかな。
自分の家が見えてきたと思ったら、家の前に誰かがいる。近づいてみると、ママと如月のおばさんが立ち話をしていた。
「へえ~、結婚ねえ。圭都くんももうそんな年かー」
聞こえてきたママの言葉に、足がとまる。
「そう言ってもまだ25なんだけどね。まだ急ぐ年齢でもないしもう少しうちにいてほしいような、かといっていつまでもいられると心配な気もするけど」
「母親なんてそんなもんよ。といってもうちはまだ全員学生だから実感ないわあ」
「そうよねえ……あら、愛莉ちゃん。おかえりなさい」
こちらに気づいたおばさんに声をかけられて、固まっていた体が再び動き始めた。
顔に無邪気な笑顔を貼り付ける。
「おばさん、ママ。ただいま~。何の話? 圭都くん結婚するの?」
「ああ、違う違う。結婚するのは圭都の友達よ」
「でも、圭都くんももう結婚してもおかしくないのねって話してたの」
なあんだ。圭都くんのことじゃなかった。よかったよかった。
ほっとした一方で、一瞬ひやりとした心は、元通りにはならない。
圭都くんは、いついなくなってもおかしくない。あたしは結婚すらできない年齢なのに。
嫌だ。まだそばにいたい。猫扱いで子ども扱いでもいいから、そばにいたい。
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