第37話 プラン様の出立と、とっておきの草言葉


 ユグドラシルフラワーを咲かせるための必要な肥料を取るために、国の外に出ることになった。

 狙うべくは、龍種が生息している地帯の土だ。


 龍種は魔力が濃い場所に生息していることが多い。そして排泄物などで龍の体内にあった物が山の養分になっていることがあるため、これ以上にないぐらい質のいい土を集められると思う。


「……プラン様、忘れ物はないですか? 体調は万全ですか!?」


「はい。心配してくださり、ありがとうございます」


「それならいいですけど、やっぱり、不安な気持ちもあります……」


 僕の手を握ったカレストラさんが、うるうると揺れる瞳を向けてくれる。


 土を取りに行くことにしてから、数日が経ち。

 必要な荷物を持っている僕の隣には、身支度を整えたリーネさんもいる。

 今回、国の外に出るのは、僕とリーネさんの二人だ。


「プランくん! 頑張ってきてね。でも、危ないことがあったら逃げるんだよ!?」


「はい。アリアさんも心配してくれてありがとうございます」


 城の入り口には、アリアさんも見送りに来てくれている。


「リーネさん。私、メイド服を着て、リーネさんの代わりが務まるようにがんばろうと思います!」


「よろしくお願いします。アリアさん」


 アリアさんとリーネさんが張り切ったように頷いた。


 今回、アリアさんは国に残るようにすることになった。

 そしてリーネさんの代わりに、カレストラさんの補佐をするとのことだった。


「私が行っても多分、役に立てないと思うもん。だけど、書類整理や身の回りのお世話とかなら結構得意だし、二人がいない間は私がカレストラさんを補佐します!」


「ふふっ。期待してます」


 カレストラさんが柔らかく微笑んだ。



 そんな風に挨拶を済ませた僕たちは、二人に見送られて、街の中を歩き始める。


 まず、向かうのは国の外に向かうための場所だ。

 この国に来た時にも使った転移の場所に向かい、そこから龍種が生息する山に向かうことになる。


「目指すのは、セレムーネ山と呼ばれる山です。ここは頂上に花が咲き誇っており、私とプラン様が、無傷で目的を達成することのできる山になります」


「そこが一番、土の質もいいんでしたよね」


「ええ。ユグドラシルフラワーに、必要不可欠な栄養素が多分に含まれていると予想されます。私も実際に登ったことはありませんが、文献や気候から考えると、ほぼ確定です」


 リーネさんが説明してくれる。


 しかし、問題は、その山に生息する龍に会わないように気をつけることだ。


 戦闘になったら、僕が葉っぱカッターで戦うつもりだけど、不要な戦闘はできるだけ避けるのが無難だ。


 そうして会話をしながら歩いて行くと、この国の中央、花に囲まれている広場へとたどり着いた。

 灰色の地面にはうっすらと魔法陣が刻まれており、リーネさんが外に転移するための呪文を唱えれば、外に行けることになっている。


 そして、そこに待っていたのは、一人の少女で、


「お待ちしておりました、プラン様」


「あ、シトリアさん!」


 この前、肥料のことを教えてくれたシトリアさんだ。

 小麦色の髪をした彼女も、見送りに来てくれたみたいだった。


「どうしてあなたがここにいるのですか。プラン様の出発は、騒ぎになるといけないから、極秘で行う予定だったのに」


「もう、みんな、バッチリ気づいておりますよ」



「「「じーーーーーー」」」」



「ほら!」


 周りに身を潜めてこっちを見ているのは、この国の人たちだった。

 みんな息を潜めて、草むらから顔だけ出して、僕とリーネさんがいる場所を囲むように大勢いるみたいだ。



(うう……。せっかくプラン様が目の前にいるのに、歓声をあげれないなんて……)


(ダメよ! プラン様は今からお仕事で国の外に行くんだし、これは極秘なんだから、今日は騒いじゃダメ。歓声を上げるのは帰ってこられてからよ!)



 いつも、彼女たちは僕を見るたびに、「きゃ〜〜!」って言ってくれて、明るい顔をしてくれるから元気をもらっている。

 だけど今は気を使ってくれているみたいで、見守ってくれているみたいだった。


(でもプラン様、国の外に出たらもう帰ってこなくなるんじゃ……)


「「「ええ〜〜〜〜! それは、いやぁ〜〜〜〜〜!」」」


 途端に、場をこだまするのは絶望の悲鳴で……。


「やはりこうなりましたか……。だから秘密裏に国を発とうとしていたのに。……こうなったら仕方がありません。プラン様、彼女たちに出発の挨拶をしましょう」


「で、でも」


「ほら、恥ずかしがらずに、手を振ってあげてください。大丈夫です、プラン様なら、できると思います」


 リーネさんがぐいぐいと僕の背中を押し、みんなが僕のことを見ている。



「「「じーーーーーーーーー」」」



 ……とりあえず僕は手を振ることにして、挨拶もすることにした。


「あ、あの、少しだけ国の外に行ってきます。そして、また帰ってきたら、色々よくしていただけると嬉しいです」


 なんとか、震える声で、僕がそう言った瞬間だった。



「「「きゃああああ〜〜〜〜〜〜! プラン様、やっぱり素敵いいい〜〜〜〜〜! そんなこと言われたら、一生よろしくしちゃう〜〜〜〜〜〜!」」」



「む、むぐ……っ」



 お、押しつぶされる……。

 甘い匂いが……。


 黄色い声援をあげた彼女たちが、走ってきて、みんなで一斉に僕を抱きしめてくれた。


 右から、左から、いろんな角度から。

 彼女たちの温もりと柔らかさ、僕はそれに飲み込まれてしまいそうだった。


 そして数十分が経ち、落ち着いた頃には僕の衣服は剥がれていて、ヘトヘトになってしまっていた……。


 それでも、だ。


「「「プラン様、行ってらっしゃいませ! 帰ってくるのを、楽しみにしてます!」」」


 そうしてみんなが応援してくれて、絶対に肥料を持ち帰ろうと思えた。


「プラン様。お守り代わりとして、この草を持って行ってください」


 そう言って、シトリアさんがくれたのはお守りだった。


 でも……これは草?


「外の世界は憎しみと、悪意に満ち溢れていると聞いたことがありますので、そういう場合にはその草をプレゼントするといいですわよ」


「ありがとうございます」


 なんにしても、嬉しいプレゼントだ。

 もらった草は大切にポケットに忍ばせておくことにする。


「では、プラン様。行きますよ」



 転移の魔法陣が発動する。

 そして僕たちは、国の外へと転移する。


 それからリーネさんが別の呪文を唱えると、今回の目的地の山にまで転移するのだった。



 * * * * * *



 そして、山に辿り着いて、頂上を目指している途中で、それは起こった。



『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』



「おや、誰か襲われていますね」


 山を登り始めた辺り、そこには咆哮をあげるドラゴンがおり、


「あれは……」


 そのドラゴンは三人の冒険者を襲っているみたいで。

 その冒険者たちを見て僕は気づいた。


 あれは……カルゴたち。僕が元いたパーティーの三人だ、と。


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