第2話 薬草採取はお前に限るぜ。


 頭の土を払って、残りの草のカスを髪から落とす。

 薄暗い路地に落ちたそれらは、風に吹かれて飛んでいった。


「…………」


 僕はそれをぼんやりと眺めて、これからのことを考える。

 今までパーティーで泊まっていた宿は、泊まれなくなった。お金もないし、荷物もないから、今の僕は何も持ってない。


 虚しかった。


 14歳で村を出ることになって、この街に来て2年目……いや、もう3年目に差しかかろうとしている。

 その間、毎日冒険者を続けた結果、上がったランクは一つだけ。FランクからEランクに上がっただけだった。


 普通の冒険者ならそれは、一ヶ月もあれば上がるぐらいのランクだ。

 それを僕は休みもなくやって、数年がかりでようやく一つ上がっただけだった。


 同じ時期に冒険者を始めた者たちは、ランクも上がり、今もなお冒険者として満足そうな人生を歩んでいる。


 そういうのを見ると、虚しく思える。

 比べてもどうにもならないから、考えないようにしていても、ふとした時に考えてしまう。


「……やっぱり僕は冒険者には向いてなかった」


【草取り】の能力を手にしてからと言うもの、こんなことばっかりだ。


 筋力も、体力も上がらなくなった。

 どれだけ特訓しても、だ。


 おまけに、気づいた時には不可解なことばっかり起こっている。


 例えば、戦闘中、僕の体が瀕死の重傷を受けた時。

 死んだ……と思ったら、目を覚ますと無傷になっていたり。

 その場合、前後の記憶がなくなっていたり。

 僕はよく記憶喪失になったり。


 カルゴたちにも聞いてみたけど、「知るか!」と言われただけだった。


 そして直前まで戦っていた魔物は、いつの間にか倒されていたりもした。

 その時、パーティーメンバーは全員気絶していて、誰も戦える人なんていないのにも関わらず、だ。


 そういうことが何度もあった。

 結局考えても答えなんて出ないから、運よく誰かが通りかかって倒してくれたんだろう……という話になって、やがて、誰も気にしなくなっていた。


 それが自然なことになっていた。


「……とりあえず、何かしないと」


 僕は薄暗い路地を出ると、道の端っこを歩き始めた。


 これからのことを考えないといけない。

 新しい仕事を探したり、他の冒険者とパーティーを組んだり……。


 だけど……それも多分、この街では難しいかもしれない。


「お、プランじゃねえか」


「ははっ。まだEランクか?」


「お前、まだランク上がってねえのか!?」


 街の中を歩いていると、ちょうど三人組の冒険者が通りすがって、僕の姿を見つけるとそう言って話しかけてきた。


「どうも……こんにちわ」


 革の鎧を装備している彼らは、ベテラン冒険者の人たちだ。


「おい、プラン。お前こんな時間から一人って、いつものあのパーティーはどうしたんだ?」


「お前まさか……パーティーから追い出されたのか!」


「…………」


「「「やっぱりそうだったのか! ついにか!」」」


 笑みを浮かべる彼ら。

 予想はしていたみたいだった。


「いつ追い出されるか見てたが、ついに追い出されちまったか!」


「どんまいどんまい。まだ若いんだし、そう悲観的になるなよな」


「そうそう。切り替えていけって!」


 僕の背中を叩きながら、快活に笑う彼ら。

 その顔は、純粋に励ましてくれている顔だった。

 彼らは僕の能力のことも、パーティーのことも知っている。カルゴが以前、酒の席でみんなに言ったと、本人から直接言われた。


「まあ、本当なら自分より下の冒険者なんざバカにしてえが、お前を見ているとそれすらも憚られるもんな」


「なんていうか……お前は、色々悲惨だもんな。能力もそうだし……この街にきた経緯とかもほぼ強制だったんだろ?」


「っていうか、ぜってーお前のリーダーのあいつ、お前の手柄を自分のものにしてるぜ? そのせいでお前、ランクが上がらねえんじゃねえか?」


「そうそう。残りの二人も同類だし、ありゃ、すぐ痛い目見るぜ。まあ、逆に考えるこった。そんなめんどくせえパーティーから抜けれて、ラッキーだったとでも思っておけよ」


 ま、頑張るこった、と彼らはそれだけ言うと、僕に背を向けて歩いていった。


 僕はその背中をぼんやりと眺めると、とぼとぼと歩き始める。


 そうすると……。

 他にも冒険者とすれ違って……。


「お、プラン、お前ついに追放されたのか! ま、良かったじゃねえか! ちょうどいい機会だし、ルーキーとでも組んでやり直せよ!」


 と、なぜかすでに僕の追放のことを知って、そう言う人もいたり、


「まあ、ソロってかっこいいじゃねえか! じゃあな、俺たちのニューホープ!」


 と言う人もいたり、


「薬草取りに行くんだが、プランも一緒にどうだ? お前がいると、妙にいい草が取れるんだよな! やっぱり薬草採取なら、お前に限るぜ…!」


 と言う人もいる。


 ……その言葉も純粋に気遣ってくれているんだと思う。

 でも、そう言ってくれた彼らは、僕よりも後から冒険者になった人たちで……なんともいえない気持ちで、僕は遠くの空を見た。


「…………」


 地面に目を向けると、タイルが敷き詰められている隙間から薬草が生えていて……。

 僕はしゃがむと、それを引っこ抜き、なんだか虚しくなる。


 そして、それでも歩き出そうとしていた時だった。


「あ、プランくん!」


 聞こえてきたのは明るい声。

 そこにいたのは、アリアさんだった。


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