第91話 帰ってきたあねご


 その時のメモリーネとジブリールは、燃えたぎる思いをたぎらせていた。


(メモがやらなきゃ……!)


(ジルもやらなきゃ!!)


((コーネリスお姉ちゃんはもういないんだから……!))


 今から自分達は、瘴気の原因になっている崖の底へと向かうことになる。

 聖女ソフィア様をそこに送り届けて、お役目で瘴気の原因を浄化するのが今回の目的だ。


 ご主人様、つまりテオも、ソフィアの助けになりたいと思っているようだった。


 だったら、自分達もそれを手伝いたい!

 メモリーネとジブリールはそう思い、武器であるバズーカを肩に担いでいた。


 あの、赤いお姉ちゃんはもういないのだから……。

 二人にとってコーネリスというのは、大切なお姉ちゃんだった。

 そのお姉ちゃんは今はいない。


 またいつ会えるのかも分からない……。


 だから、出てこれなくなったコーネリスの代わりにも、自分たちが切り開かなくてはならない。


 目的地までの道を。


「ご主人様……! メモとジルが前をいくよ……!」


「聖女のお姉ちゃんも、ちゃんと送り届けるよ……!」


「二人とも、ありがとう。任せた」


「「うん!!!」」


 テオが自分達の頭をそっと撫でてくれる。


 そうしてバズーカを抱えた二人が、瘴気に包まれている暗闇の中を走り始めた。



 ボン……ッッッ! ボン……ッッッ! ボン……ッッッッッッ!



『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 砲撃、砲撃。砲撃。


 壁からミミズのような魔物が這い出てくる。それら全ては、次の瞬間には砲撃される。


 先頭を走る二人の後ろを、聖女ソフィア様がついてきてくれている。最後尾にはテオの姿があり、後ろから迫ってくる魔物たちをバチバチと魔力を赤黒く弾けさせて、消滅させている。


 赤黒い魔力だった。

 月光の魔力ではなく、赤黒い魔力だ。


 バチバチと弾ける魔力は、乱れている証拠の現れ。

 それは、つまり、テオの心が乱れているということである。


 それでも、引き返すわけにはいかない。中断するわけにもいかない。


 むしろ、今のテオの魔法の威力は、いつもよりも強い。バチバチという音が心なしか強いように思えるため、考えようによってはそっちの方がいいのかもしれない。


 それを聞きながら、メモリーネとジブリールも砲撃する。



 やがて、前方に開けているところが見えてきた。


 恐らく、この横穴の洞窟の出口だ。


 しかし……その直後のことだった。


「「!」」


 その出口付近、天井が崩れて、先行していたメモリーネとジブリールが押し潰されそうになる。

 天井から魔物が這い出てきたのだ。


「「……う!」」


 ガラガラと降りかかってくる瓦礫。

 咄嗟に武器を構えようとした二人だが、地面が揺れて、足元がおぼつかない。さらに、足元からも別の魔物が這い出てきていた。


 奇襲だ。

 上と下から。


 この辺りは瘴気がまた濃くなっているため、気配も感じ取りにくくなっている中での奇襲だ。


「……危ない!」


 ソフィアが慌てて駆け寄り、二人を抱きしめ、防御の結界を展開する。

 ふわりと柔らかい香りが二人を包み込み、どこか安心できるような感じがした。


 直後、バチバチと弾ける魔力も迸り、崩れる天井も、足元から這い出てくる魔物も、瞬く間のうちに一掃されていた。


「「……ご主人様!」」


 3人を囲むように、赤黒い魔力が張り巡らされていた。

 メモリーネも、ジブリールも、ソフィアも無事だ。


 テオが守ってくれた。


「無事でよかった」


 優しげな瞳を向けながら、そっと頭を撫でてくれる。


((ご主人様はいつも優しい……))


 目を見てくれて、頭を撫でてくれる度に、そう思う。

 テオはいつも優しくしてくれる。どんなことからでも、自分たちを守ってくれる。


「……行こう。もう少しで出口だ」


 そうしてテオが歩き出す。


 あの出口を抜けたら、崖の下までは、残りもう三分の一ほどだ。

 そこからは今よりもきっと厳しい道のりになるけれど、多分、あっという間にたどり着くことになるはずだ。


 それを予感しながら、テオと共に出口へと出て……。


「「う……っ」」


 そこで、全員が顔をしかめた。


 瘴気が、濃すぎる。


 今までよりもずっと。


「これは……濃すぎます……」


 これには聖女のソフィアでさえも、顔をしかめていた。


 まるで地獄のように開いている底への大穴。


 瘴気が煮詰められている。

 凝縮していて、空気がどす黒くなっている。前が見えない。世界が闇に覆われている。


 敵の気配だけは無数にある。瘴気で生まれた魔物の群れ、その数は不明で、多すぎて数えきれない。この崖にびっしりとひしめき合うほどいる。

 下だけではない、上空にも同じようにいる。

 壁の中にも、後ろからも魔物が沸いている。どこもかしこも魔物だらけだった。何より、瘴気によって生まれたこの魔物たちは、瘴気がある限り無限に湧き続けることになるのだ。


 崖の底まで通じる道はあるにはあるのだが、崩れかけている細い足場だけ。

 その足場も、瘴気で染められているため、歩くことなんてできそうにない。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 そして一斉に、この場に竦む瘴気の魔物たちが、こちらを目掛けて襲いかかってきた。


「「く!」」


 メモリーネとジブリールは武器を構えて、それに対抗しようとする。



 すると……その時だった。



『テオ、腕輪が光ってるよ!』


「「!」」


 偶然か、必然か。


 いや、それこそが、眷属だ。


 テオの『降臨の腕輪』に赤い輝きがあった。


 それはつまり、降臨の兆し。


 色は赤。懐かしい輝きだ。


「「これって……!」」


 メモリーネとジブリールが、泣きそうになる。


 テオもほっとした様子で、懐から魔石を取り出すと、その魔石を天に掲げてスキルを発動した。


 使う魔石は妖精石。

 翡翠色に輝く鮮やかな宝石だった。


 それを代償に、テオがスキルを発動した途端、真っ赤な炎が立ち昇った。



「「「!」」」



 月光の輝きを灯したその炎は、全てを燃やし尽くす。


 瘴気に覆われた、この暗い場所も。


 各々の心に救う暗い気持ちも。


 全てが真っ赤に染められた中心で、彼女は赤いリボンを揺らして降臨していた。


「ふん!」


「「ああ……ああ”……!」」


「よかった……」


 メモリーネ、ジブリールがあわあわと唇を震わせる。目に涙をいっぱいに溜めていた。

 テオも降臨した赤い眷属の姿を、眩しそうに見ていた。


 その眷属は、右手にゴオゴオと燃える灼熱の炎を燃やして、左手にはバチバチと弾ける翡翠色の雷撃をたぎらせて、瘴気に閉ざされた暗い道を、さらに眩しく照らしてくれた。


 そして、赤い髪を手で払いながら、堂々と言った。


「私が出てきたからにはもう大丈夫よ! 全部燃やして、吹き飛ばしてあげる!! だから安心してくれていいんだからね」


「「うわあああああああ〜〜ん! コーネリスのあねごだあああぁぁああ〜〜〜〜!!」」


 メモリーネとジブリールの涙腺が崩壊した。


 もう、不安なことは、何もなかった。


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