第87話 聖女殺しのお知らせ


「…………ッ」


 ……だめだ、落ち着け。心を静めろ……。

 俺は冒険者ギルドにやってきた人物を見ながら、自分の魔力を必死で押さえていた。


 ……神官服。

 つまり、教会だ。

 なにより、神官服というのがだめだ……。神官、つまり、教会でも偉いのだろう。


 俺は自分の腕にある腕輪をローブの下に隠す。何があるか分からないから気を抜けない。

 今すぐにでもギルドから出たいけど、入り口付近を見てみると、他にも教会関連だと思われる者たちが、控えている姿が見えた。何より、外に出るためには、神官服の人物の横を通らないといけない。


「ねえ、お父様、お母様。私、最後にソフィアお姉様に会いたかったわ。今からでも呼び戻せないかしら?」


 と、そう言ったのはドレス姿の少女だ。


 着飾った彼女は、両手で隣にいる男性と女性の手を握りながら、甘えるように語りかけている。

 両親だと思う。そして恐らく貴族だと思う。

 この少女のことも気になった。ソフィアさんのことをソフィアお姉様と呼んでいる。


「お姉様も、きっと私に会いたいと思ってるわ。だってお姉様は私のことが、大好きなんだもの!」


「いけないよ。ナンシー。あの子は大事なお役目なんだから、もう会えないんだよ」


「そうですわよ。あの子は聖女ですから、今頃はきっとお役目を全うしているはずですわ」


「もうっ、ソフィアお姉様ってば、気が早いんだから。でも、昔から、せっかちなところがあるものね」


 両親の言葉に、不満そうにする少女。多分、彼女たちは、ソフィアさんの家族……なのだろう。

 そして彼女はというと、唇に指を当てながらギルドを見回していた。


「うーん、せっかくきたのだし、ソフィアお姉様に会えないのは、勿体無いのだけど……、あ! 見て、綺麗な宝石があるわ! 素敵な宝石だわ! 近くで見てみましょう!」


 そう言って、よりにもよって、こっちに駆け寄ってくる少女。

 それに付き従うように、一行もこちらへとやってくる。


(テオくん、動かないで。今動いたら、逆に不自然になる)


 小声で言ったのは、受付のジェシカさんだ。

 アイコンタクトで「私に任せて」と伝えてくれる。


 俺は頷くと、怪しくならないように、存在感をできるだけ消すことにした。

 そして、ついに彼女がすぐそばにやってくる。


「ねえ、お店の人っ。ごきげんよう」


「ようこそ、ギルドへお越しくださりました」


「ううん。気にしないでよくってよ。それよりも、そこのカウンターに置いてある宝石、いい宝石ね。私、それが欲しいわ。それ、何って言う宝石なのかしら? パラライト? それとも、メレールド?」


「こちらは加工石と言いまして、魔石を加工したモノになります。使用用途によっては大変危険なものですので、取り扱いには気をつけなければいけません」


 カウンターに置かれてある加工石を手で手繰り寄せながら、ジェシカさんが説明する。

 あれは、俺がさっき買い取ってもらった加工石だ。


「そうなのね。でも、私、それが欲しいって思うの。ねえ、いくつか買い取ってもよろしくって? 危険ってどれぐらい危険なのかしら?」


「もし、悪しき魔力を持つ者が触れてしまえば、その反動が跳ね返ってくることになります。魔力によって、その度合いが変わってきます。それ以外にも、相性というものがあります。いくつもの危険があるのです」


「そうなのね」


「ええ。だからーー」


「触ったらだめ」と、ジェシカさんがそう言って、加工石を回収しようとした時だった。


「なら、大丈夫ね! だって私はこんなに正しい人生を送ってるんだもの。だからお一つ……」


「「あっ」」



 バチィッッッ!



「痛ッッ!? って、ちょっと……! 痛いじゃない!」


 慌てて手を引っ込める少女。

 彼女は触ってしまったのだ。加工石に。


 そして、加工石の制限がかかり、痛みを感じてしまったみたいだった。


「何よこれ! 私を拒絶するなんて、この石、許せないわ! もう一度……」


 バチィイイッッッッ!


「あいだぁッ!? ちょっと! 何で、反応するのよ!」


 再び手を引っ込める彼女。


「この石! とっても野蛮じゃない! ねえ、ちょっと、あなた! あなたも触ってみなさいよ!」


「あ、ちょっと!」


 彼女が指名したのは、気配を消していた俺だった。

 ジェシカさんが慌てるも、彼女は俺のそばにやってくると、俺の手を掴んでいた。


 そして、


「あら……。あなた、結構かわいい顔してるじゃない。私好みの顔だわ」


「……ありがたきお言葉、光栄に思います」


 相手はお貴族様だ。

 不敬にならないように気をつけながら、俺は彼女にそう言った。


「うんうんっ。とっても素敵な声もしてるわ! ねえ、もっと顔も見せて。フードでよく見えないわ」


 そして彼女が俺の頭を覆っているフードを取っていた。

 俺の顔が彼女、つまり貴族と神官服の人物の前に晒け出される。


「まあっ、やっぱり素敵なお顔っ。これって運命かもしれないわ!」


 彼女が頬を赤らめていた。そのそばに控えている神官服の人物は、特に反応を見せていない。


 そして少女が話を続ける。


「ねえ、あなた。このあと、お暇かしら? せっかくだし、私とランチでもどうかしら? それに、ここにいるってことは、あなた冒険者なのでしょう? もしかして生活に困っているの? それなら、うちで働かないかしら? ねえ、お父様、お母様、どうかしら?」


「そうだね。ナンシーがそういうのなら、考えてもいいかもしれないね。身辺調査をする必要があるだろうけど、そうしてみるかい?」


「確かにこの子の顔、いい顔してるわ。平民なのが少し気になるけど……いいんじゃないかしら? 私も気に入ったわ」


 両親二人が俺の顔を見て、同意していた。


「じゃあ決まりね! そういうことだから、行きましょうっ。あのね、うちは聖女を輩出した家なのよ。だから、とっても位の高い家なの。これもソフィアお姉様に感謝しないとね」


「そうだね。あの子は、手のかからない子だったよ」


「ええ。家のために聖女になってくれたものね」


「ほら! すごいでしょ!? でも、私、ソフィアお姉様がいなくなってから、少し物足りないの。だから、あなたがいいわ。さっ、行きましょう」


「お、お客様、困ります! 彼はうちの冒険者なので、勝手にスカウトされると、こちらとしても規約に従って対処をしないといけなくなります」


 ジェシカさんが慌てて俺の手を引っ張って、手繰り寄せる。


「なによ、ケチね。別に規約なんてどうでもいいじゃない」


「いけません。規約というのは、守るためにあるのです」


「ふーん。じゃあ、分かったわ。でも、とりあえず私は、あの宝石が欲しいの。私に痛みを与えた、あのにっくき石よ!」


 彼女がカウンターに置いてある石を見て、睨みつけていた。


「だから、ねえ、あなた。あの宝石に触れてみてくれない? 私が触ると、石の分際で、私を拒むの。納得できないわ!」


 バチッッッッッ!


「……いだぁぁ!? ほら!」


 もう一度、触れて、すぐに手を離す少女。


 恐らく、彼女が痛みを感じたのは、加工石との相性が悪いからだと思う。

 この分だと、ここにある分の加工石全てに彼女は反発してしまうと思う。


 しかし、彼女は諦められないようだった。

 彼女は、貴族だ。体裁というものもある。


「私、不名誉だわ。このままだと、私が邪だから、あの宝石が反発したということになるわ! それは、とっても不名誉なことよ! だから、あなたも触ってみなさいな。絶対、私が悪いんじゃない! 宝石の方が悪いんだから!」


 俺の手を握り、加工石に近づける少女。


 俺は心の中で謝りながら、加工石に触れた。


 しかし……。


 何も起きない。


「……何も起きないじゃない!? どうなってるの!? そんなのっておかしいわ! だって、さっきは!」


 バチッッッッッ!


「……いだぁぁ!?」


 再び、加工石に触れて、痛みを感じる少女。


「お父様、お母様! 二人も確認してみてよ!」


「「な、ナンシー!?」」


 両親の手を掴んで、加工石に触れさせる少女。


 直後。


 バチッッッッッ! バチッッッッッ!


「「……うぎゃああッッッッッ!?」」


 弾ける魔力が、彼らに襲いかかる。それは明らかに激しい反動だった。


「なんだね、これは! 不敬じゃないか!」


「あなた、……でも、この石……」


 二人が手をさすりながら、加工石を見る。


「確かに、私が触れても、何も起きませんので……これは加工石の性質によるものなのでしょう。なにより、お二人の痛み方……。邪な考えを持っているから、そうなる……と」


 神官服の人物が呟き、両親の方を見る。

 すると、二人の顔が青ざめたのが分かった。


「聖女の家族とあろうものが、加工石に拒まれるとは……なにやら、不思議なこともあるものですね」


「い、いえ、それは……」


「な、ナンシー……!」


「もう、信じられない! こんな野蛮な場所、二度と来ないわ!」


 その後、彼らは去っていった。


 その際に、神官服の人物だけは残り、懐から一枚の紙を取り出すと、それをギルドの受付のカウンターへと差し出した。


「教会からの、お知らせです。教会では現在『聖女殺し』なる人物を探しておりますので、これを掲示板に。それと騒ぎを起こして、申し訳御座いませんでした」


 謝罪をして、神官服の人物も去っていく。その際にこちらを一瞥して、俺たちの視線が交差した。

 しかし、特に何があるということもなく、その場の事態はそれで収まった。


「はぁ……行ったわね。これだから、お貴族様ってやつは……」


 全てが終わった後、ジェシカさんは大きく息を吐いてそう呟いていた。


「あの、ジェシカさん……。ありがとうございました。それと、すみませんでした」


「ううん。私はギルドの職員としての仕事をしただけだから。私の方こそ、ありがとうね」


 ジェシカさんはそう言うと、笑みを浮かべて受付から出てくる。そして、後ろから俺をぎゅっと抱きしめていた。


「ああぁ〜、テオくんがお貴族様に連れて行かれなくてよかった〜。もうっ、テオくんってばっ、ヒヤヒヤさせるんだからっ」


「く、くるしい……」


 ホッとしたという様子で、俺に頬擦りもしてくるジェシカさん


『『『ご主人様ぁ〜〜〜、抱きつかれて、いけないんだぁ〜〜〜』』』


 腕輪の中から、コーネリスたちがジトっとした目を向けてくるのが分かった。


『ふふっ』


 テトラはくすりと微笑んでいるようだった。

 そんなテトラは受付のカウンターの上に置かれている『聖女殺し』の手配書を気にしているみたいでもあり、俺はそんなテトラの腕輪をそっと撫でると、ジェシカさんに別れを告げて冒険者ギルドを後にするのだった。



 * * * * * *



 そして、テオが去った後、受付のジェシカは祈るように手を組んでいた。


「テオくん……。ソフィア様のことを、お願いね……。どうか、彼らに導きがあらんことを」


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