第86話 ソフィアお姉様はもういないの……?


「テオ、どう……?」


「やっぱり、だめだ。リンクが遮断されている……」


 宿の部屋の中で、俺はテトラに首を振った。

 ついさっきのことだった。この街を覆っていたソフィアさんの結界が消滅した。つまり、そこから考えられるのは、ソフィアさんに何かあったのかもしれないということだった。


「確かソフィアさんは仕事があるって言ってたもんな」


「うん。この前、屋敷に泊まらせてもらった時、そう言ってた」


 そして、この前俺はソフィアさんに『お守りのペンダント』というアクセサリーを渡していた。

 スキルで作ったペンダント。このペンダントがあれば、離れたところにいても、ある程度は互いのことを知ることができる。

 しかし、そのペンダントの反応も、完全に消えているみたいなのだ。


「そうなると……やっぱりソフィアちゃんに何かあったんだよね」


「うん。とりあえず、ギルドに行ってみよう」


 やっぱり、ソフィアさんのことだ。気になった。


 だから、冒険者ギルドに行ってみようと思う。


 用もあったし、あそこなら何か情報を得られるかもしれない。



 * * * * * * *



「あ、テオくん! ギルドにこんにちわ」


「こんにちわ、ジェシカさん」


 ギルドにやってくると、受付にいたジェシカさんが手を振って出迎えてくれた。

 でも、そのジェシカさんはどこか元気がないように見えて、無理をして笑っているように見える。


 ソフィアさんのことなら、ギルドの受付のジェシカさんに聞けば分かることがあるかもしれない。

 ジェシカさんはソフィアさんと個人的に話す仲でもあるらしいし、ソフィアさんの仕事に関することも、知っていると思う。


 でも、その前に……。


「それで、今日はどんな用なのかな。依頼かな? それとも、素材の買取りかな?」


「はい。実はお聞きしたいことがありまして。でもその前に、買い取って頂きたいものもありまして……」


「お! なになに! テオ君が持ってきてくれるものは、いつもすごいものばっかりだから、とっても期待できるな」


「ありがとうございます。それで、これ、なんですが……」


 俺はカウンターに、加工石をいくつか置いた。


「おお……! これ、加工石じゃない……!」


 ジェシカさんが、目を輝かせる。


 これは、いつか売ろうと思って作っていた物だ。

 どこで売ろうか迷っていたけど、ギルドでは素材の買取りの他に加工石の買取りも受け付けているみたいなので、せっかくだから今売ろうと思う。


 今日のギルドには、あまり人がいなかった。

 耳を澄ませてみると、最近魔物の動きが活発になっているため、冒険者はその討伐に出向いているという話が聞こえてくる。


「そうなのよ。最近は、瘴気の魔物の目撃情報もちらほらとあってね。それは『幻影の妖精姫』が対処してくれてるけど、瘴気の魔物がいるせいで他の魔物の動きも不規則になってるの。だから、この加工石はとってもありがたいわ! 武器に加工したり、防具に加工したりできるから、とっても助かるの。すぐに鑑定して、査定するから期待しててね」


 ジェシカさんはそう言うと、早速査定をしてくれた。


 一つ、金貨1枚だ。

 それが30個ほどあるから、その分の硬貨が俺の前に置かれた。


「でも、この加工石は本当に見事ね。安全面まで完璧に考慮されてるわ。ここまで加工するのは、難しいって聞くもの」


「普通に使うと、危ないですもんね」


 この加工石は、一応効果が制限されている。

 加工石は便利だが、使用用途によっては危険なのだ。

 だから、魔力に反応して、その効果が発動するようになっている。


 悪しき考えなどを持っている者が使えば、使用はできず、その感情が自身に跳ね返ってくるようになっている。


 この街で使用されている加工石の全てに、それが付与されているため、加工石の使用者もそれは熟知しているはずだ。


「それで気になるのが、作成者の欄ね。私の鑑定でも読み取れないけど、ここまで見事な加工石を作る職人さんは、誰なのかな。気になるな。でも……まあ、いいでしょう。私が責任を持って取り扱わせて頂きますね」


「あ、ありがとうございます……」


「いえいえ」


 ジェシカさんは、意味深にくすりと微笑んでいた。

 ジェシカさんはなんとなく、こっちの事情に気づいている節がある。

 だから、察してくれているみたいなのだ。


 とりあえず、これで加工石の売却をすることができたし、次が本題だ。


「あの、ジェシカさん。それで、聖女ソフィアさんのご予定とかは、ご存知でしょうか……」


「ふふっ。直球で聞いてきたわね。でも、今日のテオくんはそっちが本題だったのかな」


 ジェシカさんがくすりと微笑む。

 その辺りもすでに察していたらしい。


 それでいて、姿勢を正すと、かしこまった態度で頭を下げた。


「申し訳ございません。ギルドの規定と、教会の規定により、聖女ソフィア様のことに関しましては、お答えできませんのでご了承ください」


 それは断りの言葉。

 だけど、当たり前の言葉だった。


 聖女ソフィアさんは、そういう存在なのだ。


「他に聞きたいことはありますか?」


「では、あの、最近よく耳にする瘴気の魔物について、お聞きしたくて……。たとえば、瘴気の魔物の発生源がどこか、とか」


「ふふっ。それなら、お答えできますよ」


 ホッとしたように笑みを浮かべるジェシカさん。そして、教えてくれた。


「ここから遠く離れた街『ゼルシードの街』近くの崖が、瘴気の発生源だと言われております。今は近寄るのを控えるようにギルド側でも呼びかけをしてるから、テオ君も、絶対に近づいたらだめよ。絶対だからね」


「はい、あの、ありがとうございます」


「ううん、こちらこそ……ごめんね。ありがとね」


 ジェシカさんが柔らかく微笑む。俺たちは頷き合った。


 とりあえず、今のソフィアさんの仕事がなんなのかは、分かった。どこで、何が起ころうとしているのかも分かった。


 だから、俺はジェシカさんに改めてお礼を言うと、ギルドを後にしようとしたのだが……。

 ……その時だった。


「ん、なんだか、外が騒がしくなってるみたいね。……これは、嫌な予感がするわ」


 ジェシカさんがそう呟くと同時、入り口から数人の着飾った人たちがギルドにやってきた。



「ソフィアお姉様は、もうお役目に行ってしまったのかしら? せっかくだし、お姉様がいなくなる前に、もう一度会っておきたかったのだけど」



 そう言ってギルドに足を踏み入れたのは、ドレス姿のブロンドの髪の少女だった。

 どことなくソフィアさんに似ている顔つきの少女だった。


「ねえ、お父様、お母様、どう思います?」


「そうだね。ソフィアはもう行ってしまったのかもしれないね」


「あの子は手のかからない子だったから、立派にお役目を果たしてくれるでしょう」


 彼女の両隣にはブロンドの髪の男性と女性がいて、彼女の手を握っている。両親なのだと思う。



 ……なにより。



 彼らの後ろ。そこに控えるように立っていたのは、一人の人物。その人物は、ドレス姿でも、着飾っているわけでもなく。だけど、目立つ格好……神官服を着ていたのだ。


「教会にあった報告にあると、ソフィア様は早めに出立したようですね」


 神官服……。


 ……つまり、教会に関する人物だ。


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