第37話 あつくなっちゃった


 夜。

 俺は宿の部屋で、今日手に入れた魔石のチェックをしていた。


 窓の外はもう暗くなっていて、空には月が浮かんでいる。

 灯してあるランプの明かりが部屋の中で揺れており、俺はその側で魔石の確認をしていた。


 ひとまずランプが消える前に、やらないといけない分だけやってしまおう。


「てーおー。それは明日でいいと思うよ……?」


「あ、テトラ……っ、今揺らしたら、ダメだって……」


 床に座りながら作業をしている俺に、後ろから抱きついてそう言ったのはテトラだ。


「もう夜遅いし、今日のお仕事は終わりにしよ?」


「うん。分かってるけど、この分だけ……。あと少しで終わるから、だめかな?」


「だめじゃないけど……テオは働きすぎだと思うの。村にいた時も、魔石をたくさん取れた日の夜はそうやってたもん。でも今日は色々あって疲れてると思うから、テオは過労で倒れるよ……?」


「心配してくれてありがと。これが終わったらちゃんと休むからさ」


「それならいいけど……」


 そう言ってくれたものの、テトラは頬を膨らませていて、それでも俺を後ろから抱きしめたまま俺の頭を撫でてくれた。


 心配してくれているんだ……。

 だからこそ、手早く作業を終わらせることにする。


 今やっているのは魔石の選別作業。

 今日森で取れたオークの魔石の質を調べているのだ。


 魔石にも、鮮度というものがある。

 鮮度は魔石によって様々で、鮮度が高いやつもあれば、いまいちのやつもある。そして時間が経つごとに、鮮度が変わってしまうやつもあるから、魔石を手に入れた際にはそれを見つけて、鮮度を落とさないように対策をする。


 そうすれば、この魔石を使った加工石を作るときに、効力の高い品を作ることができるのだ。

 その品は己を守るお守りになる。だからなるべく、無駄にはしたくない。


「あ、でも、昔おばあちゃんも言ってたよ? あまりこだわりすぎるのもダメって。だからテオ、やっぱりもうお仕事はやめようよ〜〜」


「て、テトラ……」


 テトラが俺の体を揺らして、休ませようとしてくれる。


 ……優しい気遣いだ。


 それを受けながら、俺はサッと最後の仕上げを済ませた。


 そしてーー


「終わったよ」


「……ほんと?」


「うん。テトラが応援してくれたから、いつもよりも早く終わったよ」


 俺はそう言って、テトラの頭を撫でた。


「……ふふっ。もう……テオったら、好き……っ」


 ようやく安心したといった表情でテトラが微笑んでくれる。

 その頬は赤く色付いていて、テトラは俺を後ろから抱きしめたまま、口づけをしてくれた。


「「…………っ」」



 ランプが揺れる夜の部屋の中で、俺たちの影が仲良さそうに重なっていた。



 そして俺たちは寝る準備を始めることにして、寝床のベッドメイクを整えた。


「テオ……今日もテオと同じベッドで寝てもいいですか?」


 儚げな声音で聞いてくるテトラ。


「うん。おいで」


「……はいっ」


 頬を赤く染めたテトラが、顔を綻ばせて俺を抱きしめてくれた。

 俺はそんなテトラの頭をまた撫でた。銀色の髪。毛先だけ琥珀色になっている。


 俺はその髪に指を通し、手櫛で優しくテトラの髪に触れる。


「それ……すき」


 テトラの耳まで赤くなった。

 俺は手ぐしをしながら、テトラの瞳を見続ける。


 そうするとテトラも俺の頭に手を伸ばし、俺の頭の後ろを手櫛で触れながら、俺の首筋に頬ずりをしてくれた。


 少しだけ俺よりも身長の低いテトラの顔。

 それがすぐそばにあり、テトラの琥珀色の瞳が溶けるような輝きを放っていた。


「ふふっ、照れるね……」


「うん……」


 照れるのは照れる……。

 あと、


「くすぐったいね……」


「うん……」


 ほんとうにくすぐったい……。


 どうしてこんなにくすぐったいのだろう……。

 テトラの声を聞くだけでそういう気持ちで自分の中が満たされて、どうしようもなくなる。


 だから、俺たちはそれを誤魔化すように、抱きしめあった。


「てお……」


 そしてテトラは抱きしめたまま俺の体をくいくいと押して、そのまま俺はテトラを抱きしめたまま背中からベッドに倒れこんだ。


 ミシィ、とベッドが軋む音がした。

 俺の体の上にいるテトラが、甘えるように俺の胸に顔を埋めている。


 シーツの擦れる音がやけに大きく聞こえた。

 その間も、部屋の中にある蝋燭はゆらゆらと揺れていた。


「ねえ……テオ。私ね、今、とっても幸せだよ……?」


「うん」


「今日も、とっても楽しかったよ……?」


「うん」


「テオとお揃いのローブを着れて、眷属のコーネリスちゃんもできて……。テオと一緒にいると、私はいつも幸せだよ……?」


「うん」


 テトラの静かな声が、夜の部屋を彩るようだった。


「テオはどう……? 幸せ……?」


「俺も幸せだよ」


「そっか……っ。ふふっ」


 俺が答えると、微笑んでくれるテトラ。


 そして俺の体の上にいたテトラが、そのままベッドの上で俺を抱きしめたまま体制を変える。ごろりと転がり、お互いに横向きになり、そのまま見つめ合う体制になる。向かい合っているテトラは俺の頭の下に腕を入れてくれていて、俺がテトラに腕枕をされているようになっていた。


「ねえ、テオ……。今日疲れたよね……」


 俺の頬に触れながら、「お疲れ様でした」と言ってくれる。


「だからテオ……。私にしてほしいことはないですか……?」


「してほしいこと……」


「うん。甘えてほしいし、テオがしてほしいことはなんでもしてあげたいの……。だから……」


 ……そっか。


 俺はその言葉に頷いた。

 そして向かい合っているテトラの胸に顔を埋めて、テトラを抱きしめた。


「てお……可愛い」


 テトラが俺の頭を撫でてくれる。優しく……そして少しずつぐしゃぐしゃと俺の髪をかき乱すように……。

 そうしている間、俺はテトラの匂いに包まれていた。柔らかくて、甘い匂いだ。


 この香りをかいでいると、自然と体から力が抜けてくる。


 ……今日は疲れた。

 テトラの前ではそんな素振りは見せないようにしようと思ったけど……無理だった。

 体の節々は痛いし、全身が悲鳴をあげている。


 だから今だけは……こうしていたかった。


「……テオ、私嬉しいよ。テオに甘えられるの、私、すきだよ……」


 テトラが俺の頭を撫でながらそう言ってくれる。


「テオはいつも頑張ってくれるから、私もテオに何かやってあげたいよ……。だからテオが甘えてくれるの、嬉しいの……」


 テトラの顔を見てみると、優しい瞳で俺のことを見てくれていた。


 俺はそんなテトラをきつく抱きしめる。


 テトラも華奢な手で、きつく抱きしめ返してくれる。


「てお……っ」


 距離が近くなり、落とされる口づけ。


 唇に熱が伝わる。


 蝋燭の火がふっと静かに消えて、夜の中で俺たちは近かった。



 静かな夜だった。その夜の中で、俺たちはずっと抱きしめあっていた。


 そんな時だった。


「ごしゅじんさま……」


「「あ……っ」」


 眷属の腕輪の宝石が光り、一人の少女が姿を表す。

 それは赤い髪の女の子だ……、


「ごしゅじんさま、あつくなっちゃった……」


「「あ……っ」」


 顔を真っ赤に火照らせたコーネリスは、荒い息を吐きながら、服を少しだけはだけるのだった……。


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