第三章 ゲンテーンの怪奇

第37話 この世界について

 ゲンテーンへと飛び立つ少し前。

 俺たちは移動用のボートを作成していた。


 俺たちのチームはキツネ、レイブンを仲間に加え、メンバーは七人となった。

 七人乗りのボートとなると相当な大きさが必要となるが、幸い材料となる木なら辺りにいくらでも生えている。


「おりゃああああああああっ!」


 キツツキにより振るわれる連撃。

 ユニークスキル『連穿』の効果で威力が高められた拳が、大木の幹を穿つ。


「ハッハー! 大木を打ち倒すウチの拳。これでキツツキのだよっ!」


「汚名っすか? それを言うなら面目躍如とかじゃないっすかね?」


「そんな細かいことはどうでもいいんだよっ!」


 事前に避難を済ませていた俺たちの前に大木が倒れる。


 高さ十メートル程。

 この木の幹に穴を開けてボートとするのだ。


「よしっ! もう一回っ!」


 実際に水に浮かべるわけでは無いので、細かい細工は不要である。

 キツツキは大木に穴を開けてしまわないよう威力を調整しながら拳を叩きこんでいく。

 辺りには木くずが飛び散り、さながらドリルで掘削しているかのようだ。


 ……キツツキ一人にボートづくりを任せるのは忍びないが、下手に助けに入れば巻き込まれて最悪死ぬ。

 これは見学に徹するのが吉だろう。

 完成までは少し時間が掛かりそうだ。


 他のメンバーを見れば、一様に見学に回る様子だ。

 キツツキが拳を振るう様子を遠巻きに眺めている。


 そうだ。今のうちにレイブンにゲンテーンの町のことを聞いておくか。

 キツネからも街の様子は聞いていたが、あの時はレイブンの救出のことがあり、あまり時間が取れなかったからな。


「ゲンテーンの町のことですか~? もちろん、喜んでお教えしますよ~」


 レイブンは二つ返事で話を聞かせてくれることになる。

 思えば異世界に来てからはモンスターとの戦闘ばかりで、この世界の現状について知る機会が無かった。

 これを機会に今、俺たちがどのような状態に置かれているのか知っておくべきだろう。


「まずは地理のお話から~。確かオオカミさんはノートを持っていましたよね~。貸してもらっていいですか~?」


「ああ。これでいいか?」


 俺は背負うカバンからノートとボールペンを取り出す。

 レイブンとはまだ出会って数時間の付き合いだが、彼女の話口調に引きずられ俺の話し方も崩れてしまっていた。


 レイブンは俺から筆記具を受け取ると、紙の上に何やら図形を書き込んでいく。


「よし。これで完成です~。私たちがいるのはクラフトという大陸です~。大陸の中央には『大樹の森』と呼ばれる巨大な森林が東西に広がっていて、現在私たちがいるのがこの森です~」


 レイブンは縦長の楕円を描くと、その中央部に『大樹の森』と書き込む。

 この楕円が『クラフト大陸』という事なのだろう。


「大陸は森を境界に北側と南側に分かれています~。南側は人々の住む人間領です~。穏やかな気候が特徴で、大陸の中では一番空気中に漂う魔力が薄い場所です~。私たちが今から向かうゲンテーンは、森と人間領のちょうど境目辺りにある町です~」


 楕円の下側に『人間領』という書き込みがなされる。

 そして『ゲンテーン』と点が打たれたのは人間領の中でも北東方面、森よりもちょっとだけ人間領側の地点だ。


「なるほど。北側には何があるんだ?」


「森の北側には魔族が住む魔族領が広がっています~。魔族領は生物が住めないほど大気中の魔力が濃い地域です~。魔族領に生息するのは魔族や魔力の高いモンスターだけです~」


 レイブンは空白だった楕円の北側に『魔族領』と書き込む。

 

「うん? 魔力っていうのは俺たちの体内にもあるんだよな。空気中の魔力が濃いと生物が住めないというのはどういうことだ」


「どんな物質でも過剰に摂取すれば悪影響があるのは地球でも同じですよね~。例えるなら空気中に含まれる酸素も、無ければ生物は生きていけませんが、濃すぎればそれはそれで毒になります~。人間の体内にある魔力は魔族と比べて非常に少ないものです~。魔力の濃い場所では体が大量の魔力を受け入れきれず機能不全に陥ってしまうようですね~。ちなみに魔族は逆に魔力の薄い人間領では長い時間活動することはできないようです~」


「それで大陸の北と南で魔族と人間の住む地域が分かれているわけだな」


「はい~。そういうことですね~」


 レイブンは大きく頷く。


「しかし、そうなると魔族領に行くには手段を考える必要があるな」


「魔王の件ですね~」


「ああ。魔王はどこにいるのか神からは明言されていないが、『魔の王』というぐらいなのだから魔族領にいるのだろう。もちろん、まだ俺たちの強さで魔族領に乗り込むなんて自殺行為だが、強くなっても魔王の下に行けないんじゃ話にならないからな」


「それなら心配はいらないですよ~。大気中の濃い魔力が人間にとって毒になるというのは、人間が体内に持つ魔力が少ないからです~。つまりレベルが上がって体内に保有する魔力の量が多くなれば害は無くなるはずです~」


「そうすると強くなれば自ずと魔族領に立ち入れると言うわけか」


「はい〜。魔族と戦うのなら魔族並みの魔力を持つのは必須ですからね〜」


 魔王と戦うためには強くならなければならないと考えていたが、強くなって魔力を増やさなければ、魔王の下に向かうことすらできないということか。


「そういえばこの世界の住民も魔王がどこにいるのか知らないのか?」


「そのようですね〜。『魔王』という存在は歴史上何度も確認されているみたいですが、ここ10年程は目撃例はないみたいです〜」


「まあ、そう簡単には見つからないか」


 魔王が俺の思っているように魔族の王だと言うのなら、魔族領に行けば探す事もできるだろう。

 それよりも今は目先の事態に集中すべきだ。


「それでゲンテーンというのはどういう町なんだ?」


「はい〜。ゲンテーンは人口が二百人程の町です〜。森に近い立地から木材の切り出しや、森に自生する植物、モンスターの素材を加工して武器や薬を作るのが主な産業です〜。その性質上、モンスター退治を専門にする冒険者も多く住んでいますね」


「おお。この世界にも居るのか、冒険者」


 冒険者と言えば異世界ファンタジーでお馴染みの職業だ。

 作品により様々な扱い方をされるが、一貫しているのは依頼者から依頼クエストを受け、モンスターの討伐などを生業とする職業と言うところだろうか。


「はい〜。そのようですよ~。この世界の人たちは何人かに一人の割合で『女神の加護』が授けられているようで、その方たちは私たち転生者と同じようにレベルやスキルを持っています~。そういったモンスターと戦う力を持つ人をこの世界では冒険者と呼ぶようですね」


「そうすると俺たちも冒険者という扱いになるのか?」


「いいえ~。冒険者となるには教会に登録が必要なようですよ~」


? 冒険者ギルドみたいなものか?」


「いいえ~。その協会じゃなくて、神様を信仰する方の教会です~。この世界の人々は常識レベルで神の存在を認識していて、『聖メネカ教会』はこの世界のほとんどの人間が信仰する宗教です~。本物の女神さまがいて、『女神の加護』のように神様の存在を直接感じることができるんですから、人々が神を信仰するのも当然ですよね~。教会に女神の加護を持ったものが届け出ることで冒険者の資格を得ることができるのです~」


「なんか俺のイメージと違うな。冒険者と言えば元の世界のフリーターみたいなイメージだったが、宗教組織に属してるのか」


「はい~。この世界では女神の加護を持つものは神の使いであり、邪悪な存在から人類を守る守護者であると考えられているようですね~。冒険者はモンスターと戦う義務が生じ危険が伴いますが、金銭面で好待遇が保証されているためよほどの理由がない限り女神の加護を持った人はほとんどが冒険者になるみたいですよ~」


 レベルとスキルを持つこの世界の住人、か。

 女神は俺たちをこの世界に送り出す時に俺たちにこの世界のテストプレイをしてほしいと言っていた。

 だから俺は、この世界の人間はまだモンスターと戦う力は与えられていなくて、俺たちの活躍具合を見て、後から加護を与えるものだと思っていたのだが、その考えは違ったようだ。


 それなら魔王の討伐は俺たち転生者だけでなく、現地の人間にも戦闘面でサポートを受けられるのかもしれない。


「よしっ! みんな、ボートの準備で来たよっ!」


 キツツキの快活な声が響く。

 見ると、木の幹に突貫工事で大きな穴があけられた木製ボートが完成していた。


「ふふふ。ではみなさん、出発しましょうか~」


 レイブンの声に俺たちは期待を胸にボートに乗り込む。

 目指すは、この世界で初めての人間の町となるゲンテーンの町だ。

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