第38話 ゲンテーンの町
乗り込んだ木製のボートを『集中』で引き寄せ移動させる“集中移動”。
俺を乗せたボートは空を滑るように飛び、最速で森を抜ける。
通り過ぎていく景色の移り変わりはジェットコースターにも引けを取らない。
そして、感じる恐怖はジェットコースターの比ではなかった。
「「「「「「ぎゃあああああああああああああああああ」」」」」」
ブレーキを持たないこの移動手段。
圧倒的な臨場感で襲い来る恐怖体験に、自然と絶叫が口をついて出る。
俺たちの周りを覆うのはレイブンの展開するバリアだけだ。
バリアも空気の通りは阻害しないため、俺たちの肌を叩くように強風が襲う。
「さあ、皆さん。ゲンテーンに到着です~!」
レイブンの声に意を決して俺が集中のスキル発動を止めると、当然ボートは重力に従い下へと自由落下を始める。
近づいてくる地面はもはや巨大な壁のようだ。
俺は思わず眼をつぶる。
大きな揺れが体を襲ったのはその直後だった。
「痛てて。みんな大丈夫か?」
「う、うう。頭がクラクラするよお」
「なんとか、怪我は無いみたいっす」
ボートから体を起こす。
レイブンのスキル『金纏』により、周囲に展開していたバリアは着地の衝撃をしっかりと吸収してくれた。
どうやら他の皆も身体的なダメージは無いようで、のろのろと起き上がってくる。
「それでは、皆さん。出発しましょ~」
皆がぐったりとした表情を浮かべる中、一人元気なのはレイブンさんだ。
くるりとその場で向きを変えると、俺たちへ笑顔を向ける。
いったいどこからそんなバイタリティが出てくるのか。
「ゲンテーンはすぐそこですよ~」
「出発が早いっすよ! ちょっと休ませて欲しいっす」
ウサギから抗議の声が上がるがレイブンはどこ吹く風と言った様子ですでに歩き始めている。
俺たちは顔を見合わせると、仕方ないと立ち上がる。
彼女のやけに明るい声に引っ張られるように、俺たちはふらつく頭を抱えながらゲンテーンに向け歩き出した。
「これは、ひどいな」
歩くこと10分程。
近づいてきたゲンテーンの町並みを見て率直に感想を漏らす。
町を覆う三メートル程の石壁は、そのほとんどが崩壊していた。
壁の崩れたところから覗く町は巨大な嵐が過ぎ去ったかのように荒らされていて、木や石でできた建物はことごとく崩れ去っている。
レイブンたちからゲンテーンが魔族に襲われたという話は聞いていた。
ある程度は事前にこの惨状を予想していたとはいえ、町の破壊の痕は想像以上だった。
ゲンテーンに現れた魔族――ガーゴイルは、配下のモンスターと共に魔法を乱発し、町を破壊しつくしたという。
魔法の脅威はゴブリンメイジとの対戦で嫌という程体験している。
レイブンは、ここに暮らしていた住民や、身を寄せていた転生者がゲンテーンに戻ってきているだろうというが。
この状況では彼らの安否すら怪しいのではないだろうか。
「大丈夫ですよ~。みんなはきっと上手く避難しているはずです~」
俺たちを先導するレイブンは、それでも明るい声を上げる。
「は、はい。町の人も、転生者のみんなも、みなさん凄い方々なんですう。絶対に生きていますう」
キツネもそれに続き力強く声を発する。
その声は普段の気弱な口調と比べて、非常にはっきりとしたものだった。
確かに。結果を見る前に落ち込んでいても仕方がない、よな。
「……ああ。それなら生き残った人たちの事を手助けしてやらないとな。家をなくして困っているだろう」
「ええ。もちろんです~」
「は、はい」
俺の言葉に二人は笑みを浮かべ頷く。
「やっぱり。みんな町に戻ってきている見たいです~」
「ああ。どうやらそのようだな」
徐々にはっきりとしてくる町の様子。
崩壊した壁の隙間から覗く町の中には、まばらだが人影が見て取れた。
破壊された建物の間を縫うように、若い人を中心とした人々が忙しく動いている。
手には重い角材を抱えていたり、大きな包みを抱えていたり。
様子を見る限り、すでに住民たちにより建物の再建が開始されている様子である。
レイブンとキツネの顔には少しだけ安堵の表情が浮かんでいた。
やはり町の人々の安否に少なからず不安があったのだろう。
俺たちは町の正面まで周り、高さ三メートル程の大きな門の前までやってくる。
「そういえば、俺たちみたいな部外者がいきなりやってきて、町に入れてもらえるものなのか?」
「その辺は大丈夫だと思いますよ~。私達の時も事情を正直に説明したら受け入れてくれましたから~」
「事情って、転生者であることをそのまま話したのか?」
「ええ。警戒されるかとも思ったのですが、あまり疑われることは無かったですね~。女神さまが私たちをこの世界に送り出したのだというと信じてくれました~」
レイブンの説明に俺は首を傾げる。
「うーん。いくら神様の実在が信じられていたところで、そのまま転生者の話を信じるのは流石におかしくないか」
「どうやら女神様はこの世界に何度も直接干渉しているみたいで、その記録が人々の間に残っている見たいですよ~。例えばモンスターが大量発生して王都を襲った時に洪水を起こしてモンスターを退けたとか~、魔族の侵攻で人間が絶滅の危機に瀕した時に魔族が嫌う聖なる魔力を生む『大樹の森』を生み出し、魔族と人間で住む場所が分かれるよう大陸を分断したとか~」
「……それ、この世界のバランス調整失敗してるじゃねえか」
女神はこの世界に俺たちを送り出す時、この世界が未調整だから俺たちに実際にこの世界の攻略をしてもらい難易度の調整を行いたいという旨の発言をしていた。
しかし、過去にそんな大そうな事件を引き起こしているとなると、難易度が未調整どころか完全に失敗していたと言わざる負えないだろう。
しっかりしろよ、招き猫!
「あっ。レイブンさんに、キツネさん! お二人とも、よくご無事で!」
話し込む内に町を囲う壁へと近づいた俺たちに声が掛けられる。
黒いスーツを纏った青年は、笑顔を浮かべ手をこちらに振っている。
レイブンとキツネは、その男へと駆け寄っていく。
「コウノさん~! 無事だったのですね~」
「うう。心配していましたあ。生きててくれて良かったですう」
「ははは。まあ、何とか生き延びました。僕だけでなく『自警団』の皆も無事ですよ。むしろ僕たちはお二人の事をこそ心配していたんです。今まで一体どうされていたのですか?」
「はい~。森の中でモンスターに襲われまして~。それで、こちらのオオカミさんたちに助けていただいたんです~」
男がこちらに視線を向ける。
人のよさそうな笑みを浮かべた長身の好青年だ。
男は俺たちの存在に気づくと軽く会釈をし、近寄ってくる。
「はじめまして。僕は
「は、はい。はじめまして。ええっと、俺は大守論理です。俺たち五人も転生者です」
俺は男に合わせて慌てて頭を下げる。
少し慌ててしまったが、何とか自己紹介はできただろう。
「なるほど。全員が転生者なんですね」
「私は宇喰純恋です! はじめまして、コウノさん!」
「
「
「
皆もそれぞれが自己紹介をしていく。
「私とキツネちゃんは~、今オオカミさんたちのチームに入れてもらっています~。オオカミさんたちは~、今まで森の中で活動していたようで~、この町の転生者と合流するためにこの町に来たんですよ~」
「そうなのですね。それならここの転生者たちをまとめる『団長』のところにご案内しますよ。たしか今はこの町の町長の所にいるはずです。一緒にご案内しましょう」
「だそうですけど。オオカミさん、それでいいですかね~」
「あっ、はい。よろしくおねがいします」
コウノさんからのありがたい申し出に、俺は二つ返事で頷く。
「それでは行きましょうか。こちらになります」
この町で活動する転生者、コウノさんの案内に続き、俺たちはゲンテーンの町へと踏み入った。
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