Re:frain

θ(しーた)

1話

 着信音が聞こえた。

 私は携帯で確認する。例のサイトのお問い合わせ欄からきた「依頼メール」だった。メールを一通り読んだあと、カバンから手帳を出して日程を確認し、返信をする。

「◯◯駅前のコーヒーショップにて。14時半に。黒の帽子を被った人に声をかけてください」

私がよく使うコーヒーショップの名前と住所を添付して返信する。14時の欄に「面談」の二文字を付け加える。

 私は周りを見る。六畳の小さな部屋は本当に殺風景で家具も最低限しかない。小さなベッドに本棚、そして机が一つ。その机の上には5年もののノートパソコンが置かれている。

 気が付くと、部屋に朝日が差し込んでいた。

「朝、ね」

私は、朝の大学までに少しだけ寝ようと思い、ベッドに寝転び少しだけ眠った。


 私、須山香織すやまかおりは普通の大学生とは少し違う。友達がいて、バイトもサークルも頑張って、それなりの恋をして、と言った「花の大学生」とは違う生き方をしている。私がしていること、それは自殺希望者の話を聞くこと。専用のサイトを作り、自殺を決めた人にそのサイトからお問い合わせをしてもらう。本人と私の都合が合えば、何回か面談をする。それで終わり。私はカウンセリング資格があるわけでもないし、そのような研究をしているわけでもない。ただ、私は「人が死ぬ時、何を思うのか」それを知ることが私にとっての命題であり、生き甲斐だった。

 メールは不定期に来る。三日連続来ることもあれば、3ヶ月ほど来ないこともある。このサイトを開いて二年になるが、相談した人数は30人を超える。実際、その結果自殺に及んだ人はその十分の一にも満たないけれど。私と話をして、自殺を諦めると言うような人もいる。結局、誰かが死のうとする時、同じように死を恐れている。その人の声を聞いてあげる、それだけでその人が死なないという選択をすることもある。

 私がここまで、死に執着するようになったのは、三年前の出来事からきている。私が高校二年生の時、最愛の弟を失った。自殺だった。私が見る限りでは家族関係が崩壊していることもなく、父は厳しいながら優しく、母は家族想いだった。そして、私は弟に家族以上の愛情を抱いていた。もちろん、それが間違っていることだと思ったから、私はその感情をひた隠しにしていた。弟はそんな姉の感情に気づくはずもなく「ねぇちゃん」とよく私を慕ってくれた。どうして、弟が自死を選んだのか、わからなかった。今でもわからない。あの時、弟は何を感じていたのか。弟はどうして、死んだのか。何が不満だったのか。何が彼を苦しめていたのか。私は知りたいと思った。どうして弟は自殺したのか。私が人生をかけて愛していた人はどうして死んでいったのか。それを知りたい。そう思い、サイトを立ち上げ、自殺希望者の話を聞くことにした。

 その思いを持つとき程なくして家庭環境は壊れていった。母と父は喧嘩をするようになった。父は仕事を辞め、酒に浸り、母に暴力を振るうようになった。母はそんな父親を見限り、家を出ていった。私はそんな家から出ようと、奨学金を借りて、地方の地元から都会のこの街の大学に進学した。大学に進学してから、私の「自殺希望者との面談」はより活発に行われ、私はどうして弟「須山翔吾すやましょうご」がどんな思いで死んだのかを探るようになっていった。

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