第215話 閑話 恋愛事情
※ 前話の最後に二行ほどですが追加があります。
×××
二月のイベントは、当然ながらバレンタインデー。
瑞希はメシマズ女子ではないが、お菓子作りはあまりやったことがない。
合理主義者である直史は、時間のかかった手作りチョコを、過剰に喜んだりはしないので、そのあたりは普通に買い物をする瑞希である。
長い買い物時間に付き合うのは、直史ではなく女の子連合。
いや、20歳過ぎた女性を女の子と呼ぶのかどうかは知らないが。
時期的にマスクをしていてもおかしくないので、顔の半分を隠せるのはありがたい。
そしてサングラスをしていれば、さすがのカリスマオーラも隠せるというものだ。
瑞希は恵美理とツインズを誘ったのだが、この二人を誘えば明日美も付いてくるのは当たり前である。
そして明日美が来るのなら、他にも友人たちが集まってくる。
けっこうな数になって、デパートのチョコ売り場に並ぶのかと思えば、そうではない。
「ふはははは、これが上級国民の力やで~」
瑠璃の父の会社は、デパート企業などと密接に関わっている。
VIPフロアでサンプルを見つつ、お目当ての商品を持ってこさせるわけである。
「ありがたいけど、ちょっと下品だぞ」
瞳の言葉にも、瑠璃は動じない。
「あ~ん? 聞こえんな~」
煽る瑠璃であるが、瞳も今さらそれに動じたりはしない。
瑠璃の場合は星が二軍キャンプに行っているため、それを見物がてら直接見に行くらしい。
さすがはお嬢様であるが、将来的に神戸に帰るのか、こちらの関連会社に就職するのか、まだ決めていないらしい。
瞳の場合は西が保険会社への就職を決めて、東京で生活することは決まっている。
今ははっきり言って暇な時期であるのだが、瞳の方がむしろ忙しく、この買い物にもちょっと気合を入れているのだ。
瞳はこのままで行けば、大学から実業団のバレーチームに入りそうである。
パートナーとの将来については、一番悩んでいるかもしれない。
他の面子は特殊なので、瑞希を除くと男に合わせていくしかないのだ。
ただ葵にしても、悩んでいることはある。
東大組としてはなんだかんだ、明日美にべったりの葵であった。
やたらと明日美に絡んでくるところに、淳がいたわけである。
明日美を取り合った仲と思えば、不思議なものである。
今ではそんな年下と付き合っているのだから。
理系の葵としては、将来は研究者として大学院にまで進み、大手企業の研究職などへの就職を望んでいる。
だが淳としては、プロに進むならある程度の球団は絞っているそうな。
とりあえず現在の球団の中では、育成に定評のある球団。
埼玉、北海道、東北などがパではいいと言っていた。
特に東北の仙台は、生まれ故郷である。
セでは広島がと言っていたが、埼玉以外は地方球団だ。
だが淳は、女よりも野球を優先する男である。
それで喧嘩になったりするのだ。
プロ野球選手はなんだかんだ言って、大卒でもおおかたは二年間は寮生活となる。
ただ結婚したり、最初から結婚している社会人は、例外で寮を出る。
葵は男に依存して生きるタイプの女ではない。
結婚しても仕事は続けるつもりだし、何より研究は楽しいのだ。
そのあたり遠距離恋愛を、どう維持していくのか。
この女子たちは、全員が野球選手を恋人にしてしまった。
正確に言うと明日美は、恋人期間をすっ飛ばしてしまったわけだが。
その中で遠距離恋愛が成立しているのは、ツインズだけである。
「そうは言っても、セ・リーグは関東での試合が多いから」
ツインズの場合は、それに加えて相手が大阪なので、新幹線さえ使えばそれなりに、応援に行くことも出来る。
大介がすぐに高給取りになって、あちらの拠点を用意できたのも良かった。
それに最初の数年は恋人ですらなかったのである。
ただパ・リーグであっても、交流戦を含めると、関東にいることは多いだろう。
シーズンオフはこちらで過ごせばいいわけであるし。
「会いたい時にすぐ会えないのは寂しいけど、それは他の職業だって普通にあるしねえ」
ツインズの言葉は、まさにその通りではあるのだ。
だが恵美理の場合は、武史がレックスに完全に球団を限定しているのが、他の皆とは違う。
武史だけは、野球よりも女を取っている。
間違いなく野球選手の中では、最も異質な精神構造をしているであろう。
買い物を終えた集団は、カラオケボックスに移行する。
そして今度は、明日美の問い詰め会議が始まる。
「せっかくやから、なんかうたってーや」
相変わらず無茶振りをツインズにする瑠璃であるが、ツインズもこういう時に歌うのは嫌いではない。
「それじゃ『バラは美しく散る』を」
「なんでそれやね~ん!」
「いや、神戸育ちのルリルリに合わせたからだけど」
「ああ、宝塚関連か。けどうち、別にヅカはそれほど好きでもないんやで?」
「そんじゃあ……あ、『かげきしょうじょ』のエンディング入ってるや」
「だからなんでそっちやね~ん!」
小ネタを挟みながら、さて先日衝撃のプロポーズを受けて、即座に承諾の返事をした明日美である。
数日は芸能ネタとスポーツネタの両方で、大々的に放送されていたものだ。
知り合い関連ということで、恵美理の方にも葵の方にも色々と取材があったものだ。
関節的な知り合いである、瑞希やツインズの方にまで。
今年の10大ニュースの一つを、既に埋めてしまったと言うべきか。
だが決して大袈裟ではないのだ。
テレテレとしながらも、のろける明日美である。
「元々勝也さんを見て野球を始めて、実際に生で会ったのは高校生の時に何度かだけだったんだけど」
当時既にプロ入りし、日本最強であった上杉は、野球に絡んだ催しには引っ張りダコであった。
その中の一つに、女子野球の、日本代表と世界各国の代表との試合があった。恵美理も一緒であった。
本格的に話したのはそこが始めてだったのだが、直接会ったのは甲子園である。
人混みでバランスを崩した明日美の、細く引き締まった腰を支えたのが、上杉であったのだ。
なんだか瑠璃が感動している。
「か~! 古典やな~!」
あとはテレビ番組での競演や、映画での友情出演など、それなりに会うことは回数はあった。
だが男女の関わり合いは全くなかったのだ。
交際期間0日。
そしてプロポーズからの承諾であるが、間違いなく恋愛結婚である。
単に交際期間がすっ飛ばされただけであって。
だが一目ぼれというなら、ツインズも同じである。
小さいけどすごいのがいると、珍しく兄が他人を無条件で誉めていたので、練習試合を見にいったのが決定的だった。
その後に家に遊びにきてから、ぐいぐいと押して押して、ついに押し切ったのだ。
比べると瑞希は、今思えば初対面から好感度は高かったし、恵美理もそうであった。
対して初対面時は、好感度が低かったのは間違いなく瑠璃である。
星は普段はおとなしい、どちらかというと苛められるぐらいの、地味な性格をしている。
だがやる時はやるという、そのギャップに萌えてしまったのだ。
なお葵も明日美関連では、邪魔な男が明日美の周囲にいると思っていたのだが、結局は付き合ってしまっている。
人間の恋愛模様というのは、色々なものがあるのだ。
そして皆がぶっちゃけているので、瞳もこの際だからカミングアウトしようかと思った。
「私もちょっと、驚いた感じだったな」
中学入学の時点で、既に身長は170cmオーバーだった瞳である。
「実は私は高校生になるまでは、自分がレズビアンだと思ってたんだ」
現在は普通に西と付き合っているわけだが。
小学生の第二成長期を迎える前から、普通に大きかったのが瞳である。
そして小学生の高学年ともなれば、頭一つは飛び出してしまうわけだ。
小学生男子の心無い言葉に傷ついた瞳は、女子校である聖ミカエルに入学。
そこで散々にモテまくったのは、友人たちも知ることである。
瞳は明日美も恵美理も、友人たちのことは可愛いなとずっと思っていた。
だが高等部に入るとガチの同性愛者がいて、それで自分との違いに気付いたのだ。
なるほど、と言われてみれば、王子様的な扱いは確かに受けていた瞳であるが、それが西と付き合い始めたのは、どういう理由であるのか。
「友達を大切にするやつだったからかな」
自分よりも小さい星を見て、軟弱そうだな、と思ったのが最初の瞳である。
だがそんな星を対等か、それ以上の存在として見ていたのが西である。
実際に深く知ってみれば、星はメンタルお化けであることは、良く分かったものだ。
意外な告白もあったが、なるほど~と皆が納得していた。
そしてここから、シモに走るのがツインズである。
瑞希や聖ミカエル組は、そちらの話は素面では出来ない。
「でもお付き合い開始ってことは、これから初デートとかもするんだよね?」
「婚約してるなら初デートで最後までいかないとね!」
またこの子たちは、と頭が痛くなる瑞希である。
ツインズを止められるのは、直史とイリヤを除けば明日美ぐらいしかいない。
だがその明日美を相手に、二人がかりでは誰にも止められない。
「初めては痛いよ~」
「この中では未経験者他にはいないよね」
いないが、酒も入っていないのに、こういう話をしてくる。
セクハラ大魔王が二人もいれば逃げられない!
言われてみれば、経験者ばかりであるか。
「運動してたら割と、痛くないというのは聞くけどな。異物感は凄かったけど」
「まあ、そやな。そんなに心配いらんのとちゃうか」
瞳と瑠璃の、謎のマウントの取りように、恵美理は首を傾げる。
「私はけっこう痛かったけど……」
「そりゃタケが下手だったからだよ」
「タケだからね」
ツインズは容赦がない。
「でもあたしたちも痛かった~」
「大介君大きかったもんね……」
「上杉さんも大きそうだしね」
おい、もうやめてさしあげてください。
謎の視線は瑞希に向けられる。
だいたいこの集団の中では、一番関係が深いと思われているのが、直史と瑞希のカップルである。
これは黙秘権を行使すべきだと、頭の中の法律が囁いている。
「……うちはお互い、それなりに耳年増で準備していたから……」
黙秘失敗である。
最後に目を向けられた葵は、視線の圧力に屈する。
「まあ……痛かったけど、好きだったら我慢できるんじゃない」
ぶっきらぼうにそう言うが、周囲のニヤニヤが止まらない。
ただ瑞希としては、好きだったらでまとめるわけにはいかないと思う。
男性の大きさは、おおよそ体格に比例することが多い。
実際は民族や人種でもかなりの違いがあるらしいが。
自分は一人だけしか知らないが、知識だけはあるムッツリスケベの瑞希である。
「好きだからと言っても、緊張で上手くいかないことはあるわよ。私たちも段階を踏んでたし」
なんでこんなことを告白しなければいけないのだ、と内心で思うことはあるのだが。
弁護士になると必ずあるのが、性犯罪関連の問題である。
ぶっちゃけると世間一般である傷害などの犯罪より、性暴力を伴う犯罪の方が、はるかに大きい。
いや、正確に言うと問題になりやすいのか。
単純な傷害による怪我などとは、被害が違うのが性犯罪である。
弁護士となるとむしろ犯罪に問われる側を弁護することが多いように思えるが、民事を多く抱える瑞希の父のような存在は、刑事犯罪での民事訴訟も多く抱える。
人間が存在する限り、おそらくなくならないのがこのタイプの犯罪だ。
たとえば普通の強姦であっても、それに傷害がつくかどうかで、量刑が変わったりする。
処女であればまず傷害致傷がつくのが、出血の問題だ。
実際には処女でなくても、強姦で出血することは多いのだが。
殺人事件に比べれば、はるかに数が多い犯罪。
そして単なる傷害に比べると、被害者のその後の生活を、大きく変えてしまうことにもなりかねない。
これは嫌な話であるが、知っておいた方がいいと瑞希は思った。
そこで完全に表情を改めて、弁護士モードになる。
「将来自分が、あるいは知り合いがレイプ被害に遭った時は、まずすぐに警察に行くこと。この時被害者は精神的に大きなショックを受けていることが多いから、誰かが付き添ってあげることが大事ね」
担当する警察官は、強姦であれば刑事になるはずだ。
今でも刑事には、男性の方が多い。もちろんこういったことのために、女性刑事も増えていると言われているが。
被害をなるべく正確に伝えたら、警察に付き添ってもらって産婦人科へGOだ。
だいたいこういった事件に専門の医者が、警察とは関係を築いているのだ。
「レイプの場合は処女でなくても、だいたい膣内に裂傷が出来るものなのよ。この時に医者から診断してもらって、診断書を出してもらうことが、後に大事になることが多いの」
もはやからかう雰囲気は欠片もなく、全員が瑞希の解説を神妙に聞いている。
「だいたいレイプの時の男性の言い分は、あれは合意であったというのが多いのよね。だから傷害の事実を出せば、それを覆すことは簡単なの。ただ体質的に、潤滑液が分泌しやすい人もいて、傷がつかないこともあるのだけど……」
自分の体を守るための、ごく自然の反応なのだ。
「避妊をしていなかったら、それまでろくに関係がないのに性行為をしたとして、これも犯罪性の有無に関わるわね。それでも抵抗しなかったから合意だと思ったとか抜かすやつがいるから!」
珍しく怒っている瑞希は、周りの視線が変わっていることに気付いた。
「まあそんなわけで、セックスは色々と大変だから、相手にもちゃんと自分が初めてだと説明して、なんならローションとかの使用もお勧めします」
は~と感心したような視線を向けられるが、瑞希としては喋りすぎたとも思う。
「なんやずいぶんと大切にされてるんやな~。ホッシーはそのへんあんまり上手くないっていうか、普通やしなあ」
これ以上のリアルな私事は、顔を赤くした明日美が鼻血でも流しかねない。
「慣れたらけっこう乱暴にされるのも気持ちよくない?」
好奇心で葵がそういったが、それは自分の性癖の暴露でもあるぞ。
「……否定は出来ないわね。その、個人の性癖には色々とあるから、相手に付き合ってもらうなら、ある程度はお互いにあわせていかないと」
これ以上は自分の軽いレイプ願望を暴露することになるので、話を終わらせる瑞希であった。
×××
かげきしょうじょのさらさと愛のカップリングは今季イチオシです。
野球関係ないって? 八話を見ろ!
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