第4話 Be
シチューを食べ終え、お腹を落ち着かせている俺に、水銀が話しかけてきた。
「さて、人間。お前が今いるここはシアンタウンだ。お前は、青酸の森を通ってここに来た。それは覚えているな?」
水銀の言葉に俺は頷いた。それを見て水銀も頷くと、再び口を開いた。
「単刀直入に聞くが、お前はここに何をしに来た?ここはお前ら人間にとって危険な場所だ。まさか、肝試しに来たんじゃないだろうな?」
そう怪訝そうに言う彼に、俺はここに至るまでのことを一通り話した。
ニトロのことを言うと水銀と黄リンは考え込んでしまった。
「ニトロがお前に優しくした?考えられないな」
「ニトロは人間が大嫌いなはずだよ!人間に優しくなんかするわけないよ!」
水銀と黄リンが口を合わせて言う。
(彼はとても親切だったけどな……)
確かに途中でどこかには行ってしまったが、悪い化学物質ではなかったはずだ。
「それにしても、君、教師なんだね!化学の教師ってどんな職業か僕知ってるよ。化学について色々なことを教えるんでしょう?」
「そうだよ。よく知ってるね」
そう言うと褒められたことに気を良くした黄リンが誇らしそうな顔をした。
「ふん。……『水銀や黄リンは危険な化学物質です。だから人を殺すときに使いましょう』って教えるのか?」
そう水銀が自嘲気味に笑った。いきなりそんなことを言われて俺は驚く。
「そんな教え方しないよ。『黄リンは空気中では自然発火するので、水中に保存しましょう』、『水銀は常温で液体の金属です。硫化水銀には結晶構造の違いで赤色と黒色の固体が存在します』って教えるんだよ」
そう言って水銀の顔を見てはっとした。
「……君の瞳の色。それって硫化水銀の色と同じだね」
そう言うと、わずかに水銀が感心したように見えた。しかし、それはかなりかすかな表情の変化でかつ短時間のことだった。まばたきをした後には再び彼はつまらなさそうな顔に戻っていた。
「……ふん。まあいい。とにかく、ここでじっとしているんだな。命が惜しいなら、シアンタウンを一人で歩こうなどと考えるなよ」
水銀はそう言って踵を返すと扉の前まで歩いていった。
外に出る前に足を止め、黄リンに話しかける。
「黄リン。俺は鉱山の様子を見に行ってくる」
「分かった。行ってらっしゃい」
そう言ってひらひらと黄リンが手を振る。それに返さず水銀はさっさと出ていってしまった。
静かになった部屋で水銀が出ていった扉を眺めていた俺に黄リンが声をかけた。
「水銀は口も目つきも悪いけど、本当はいいやつだから、嫌わないでね」
そう心配そうに言う黄リンに笑ってみせる。
「うん。分かってるよ」
そう言うと黄リンがほっとした顔をした。
扉まで点々と続く水銀の雫を見ながら俺は微笑んだ。
大分体も本調子に戻ってきて、俺は背伸びをするとちらりと黄リンを見た。
彼は水槽の中で器用に体育座りをして眠り込んでいる。
水銀にも釘を刺された手前、探索に出ようとすると黄リンに止められるかもしれない。そう思い、彼に気づかれないようそっとベッドから降り、白衣を羽織ると音がしないようにゆっくりと扉に向かった。そしてドアノブに手を伸ばす。
「探索に行ってくるの?」
隣から急に声をかけられて、心臓が飛び上がるほど驚いた。びっくりして黄リンの方を見ると彼がニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
「こっそり出掛けようとしてたでしょ?ふふん、僕にはお見通しなんだから!」
そう言って黄リンが胸を張る。
「ばれちゃったか……。せっかくシアンタウンに来たから、あちこち見ておきたいと思ったんだ。駄目かな?」
そう遠慮がちに聞いてみると「いいよ」とあっさり黄リンが承諾した。
「え?いいの?」
驚いて聞き返す俺に彼がにっこりと笑みを作る。
「勿論!人間がシアンタウンに興味を持ってくれるのは嬉しいからね!……でも、水銀が言ってたとおり、ここは君にとって危ないところだから、気をつけてね」
そう言って心配そうな顔をする彼に俺は微笑んでみせた。
「ありがとう、黄リン」
そう言って頭を撫でるように水槽を擦る。彼が心地よさそうに目を細めた。
「うん!行ってらっしゃい!」
俺は彼に手を振り返すと、ゆっくりと部屋の外に出た。
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