ナイフによる傷〜変えたかった過去
有川 玲哉
第1話
「沙耶、これなんだと思う?」
沙耶はかすかに眉を曲げてみせた。
「誕生日プレゼントだよ。あけてみてよ」
沙耶はか弱い笑みを見せてラッピングをゆっくり解きにかかった。言葉を喋れない沙耶との会話。その表情は優しく静かで、おっとりした顔に似合っていた。
沙耶は箱を開ける。
「ネックレスだよ。いつの間にかなくしちゃったろ。つけてくれる?」
沙耶は小さく頷いた。
高校3年の夏、ふたりでペアネックレスを買いに行った。
その途中の事件がきっかけで、沙耶は言葉を失ってしまった。
春輝は二十歳になった今でも、沙耶が言葉を取り戻してくれることを心から信じている。
沙耶の誕生日は七月七日、七がふたつもついているのだ。
例えば春輝が怪我をしても、仕事の面接に受かっても、目の前で渾身のギャグをかましたとしも沙耶は、表情とほんの少しの身体のモーションはあっても言葉を発することは一切ない。
そういう災難や嬉しい出来事などが彼女自身や、彼女の家族、友人、知人、彼女自身に起こったとしても、テレビや小説の中の出来事だったとしてもそれは変わらない。
沙耶は胸につけたネックレスを右手で触って顔をうつむけていた。
「懐かしいだろ。思い出すよなぁ、付き合いたてのころ。キュンキュンしない?」
春輝は思い出してニヤニヤ笑いながら沙耶に話しかけた。
沙耶は小さく息をもらしながら俯き加減のままこっちを見て、耳たぶを赤くしていた。
「はは、思い出すなぁ沙耶。よし、散歩にでも行こうか」
沙耶は微笑みながら頷いた。
階段を上がってくる音がして沙耶の母親がドアを開けた。
「春輝くん。沙耶、スイカ持ってきた。食べてね。いつもありがとう」
「こちらこそありがとうございます。頂きます。すみません」
春輝は少しかしこまりながらそう言ってスイカののったお盆を受け取った。
「ありがとうございます。美味しそう、今年初のスイカだ。沙耶食べよう」
「ゆっくりしていってね、春輝くん。沙耶の誕生日に来てくれてありがとう。沙耶も楽しみにしてたもんね」
沙耶は小さく頷き、頬を緩めて母親のほうを見た。
「スイカ頂いたら沙耶と散歩に行こうと思います。すぐ戻ります」
「そう。いい気晴らしになると思う。ありがとう」
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