銀色の指輪(5)

「真雪は、こういうとこ、よく来るの?」

「寮生の皆とたまに来るんだ。あと一人でも来てるよ。授業サボって」

「それはダメだよ、真雪……」


 私は苦笑いをする。


「まあとにかく。早速始めよう。サシ練習、校外学習編です」

「えっ」

「何か好きな曲ある? とりあえず、先に私、歌うよ」


 真雪はいつも通り、自由なペースで進める。

 軽快なイントロで始まる、流行りのポップスが流れてくる。なんだかクラシック好きの真雪のイメージからすると、意外だった。


 そして、歌い出しの数フレーズで、もうわかった。

 真雪は、すごく歌がうまいのだ。


 フルートのセンスを思えばそれはある意味当然なのかもわからないけど、艶のある声で、正確な音程やリズムで歌う。思わず聞き惚れてしまう。

 真雪の歌声に、息遣いに、ドキドキしてしまう。


 あのバレンタインデート以来、私が真雪を変に意識してしまっているからなのか、それとも単純に歌が素晴らしすぎて興奮しているのか、わからない。だから、少し困ってしまう。


 真雪は歌い終わると、私にマイクを渡してきた。


「はい、次、美冬ね」

「え、あ、うん」


 とりあえず、私も知っている曲を適当に入れて、歌うことにした。

 でも、先程の真雪の歌声の後では、自分の声は貧弱すぎて情けなく感じる。

 一曲歌い終わると、真雪は拍手をしてくれた。


「うん、やっぱり美冬の声は、綺麗だね」

「そんな……真雪の声のが艶々して素敵だし、なんていうか、センス、ってうか、比べ物にならないよ」

「うん、良いんだ。それは、鍛えがいがあるってことだから」


 真雪はそう言うと、私の歌に盛大なダメ出しをしてくる。フルートのサシ練習と同じように。

 そして、次にBGMなしで、自分が歌ってみせる。お手本を示してくれると、何が言いたいのか、よくわかる。


「美冬は、もう音程もいいし、指も回るし、リズムもばっちり合うようになってる。だけど、今足りないのは、『歌う』経験なんだと思うんだ」

「歌う?」

「そう。自分がこの世で一番上手いって気持ちで歌うんだ。思い切って。それだけでも、だいぶ変わると思う」


 具体的なダメ出しをした後で、最後は気持ちの話でまとめてくれる。わかりやすいのに加えて、だいぶ精神的に楽になる。


 その後は、私達は自由に歌った。フリータイムの時間いっぱいを使って。途中で真雪が、私の歌に即興でハモリをつけてくれたりもして、すごく気持ちよく歌うことができた。

 まさか二人きりでカラオケをして、こんなに盛り上がれるなんて思わなかったから、驚いた。


 その後は、私達は家路に着いた。


「ごめんね、だいぶ遅くなっちゃったね」


 真雪はそう言って、いつもの通り、駅まで送ってくれる。もう、ほんとにそこまでしなくてもいいのに、と思いながらも、やっぱりどこかで喜んでいる自分がいる。


 そして、駅に着いて、真雪と別れる時に、寂しいような気持ちになってしまう自分がいる。その気持ちがどこから来るのか、なぜそんなことになるのか、私にはまだ、向き合う勇気はなかった。


 もう少しだけ、待って。自分の心に話しかける。


 ……『親友』って、一体なんなんだろう。


 さよならをした後も、気づけば、真雪の歌声が、フルートの音が、頭の中に鳴り響いている。


 やっぱり、落ち着かない。ソワソワするのはきっと、この季節のせい。

 そういうことにしておきたい。


 ふわっと暖かい風が、夜の街に吹いた。花なんて見えないのに、どこからか桜の香りがする気がして、私はまたドキドキした。


 それはきっと、多分、ただの春、だった。

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