銀色の指輪(4)

 午後の授業と帰りのホームルームを終え、放課後になる。


「美冬、行こ」


 真雪と話しながら、一緒に音楽室まで歩く。

 今日は天気がいいから、テラスのいつものスペースに、二人して椅子を並べる。


 しかし、楽器を持って、組み立てている最中に、大事なことに気がついた。


「あ、楽譜……家だ。ごめん、真雪の、見せてもらえる?」

「はいはい、どうぞ」


 真雪は自分の譜面台を、私の方に寄せる。そして、そのままでは自分が楽譜を見れなくなるので、私の方に椅子ごとグッと近づいてくる。

 私達の楽器は横に長いから、寄れる範囲には限度があるけれど、わりと近い。


 こういうことは今まで、何度となくあるから、別に慣れてはいるけど、やっぱりちょっとドキッとする。なんとなく、朝、『婚約者』とかよくわからない話をしたせいなのかもしれない。


 真雪の左手には相変わらず、例の綺麗な銀色が、きらきら光っている。


 意識すると気になってしまうもので。

 音を出すたびに、真雪の呼吸音まで耳元で聞こえて、まるで耳元でひそひそ話をされているかのような気分になる。


「美冬、そこのブレスなんだけどさ」

「あ、はい」


 急に、指摘が入った。

 同じように真雪にも、私の呼吸のタイミングはバレバレ、というわけらしい。


「あと二音だけ、頑張れないかな。そこ、フレーズの途中だし」

「うー、苦しいよ……」

「泣き言言わないの。一緒に吹くから、もう一回」


 真雪とのサシ練習は、いつも唐突に始まる。

 いつもよりも気合を入れて練習をしていたら、もう午後四時だ。今日は職員会議があるとのことで、私達はいつもより早く撤収を命じられた。


「久々にさ、ちょっと遊びに行こうよ」

「え? うん。どこ行くの?」

「ちょっと、そこまで」


 また何かを企んでいるような笑顔で、真雪が誘ってくる。私はこの笑顔に弱いのだ。彼女はわかってやっているのだろうか。


 楽器を片付けるとすぐに、私達は玄関口へ向かう。

 出席番号が隣同士になった私達は、靴箱の位置も並んでいる。そんなちょっとしたことが、何だか嬉しくなる。


 私達はそのまま、繁華街のある隣駅方面へ、いつもの道を歩く。

 相変わらず行き先を教えてくれない真雪に連れられて、着いたのはゲームセンターやカラオケやファストフード店などがある、繁華街のど真ん中。


 その中でも、一番古くて小さなカラオケ店の前で、真雪は足を止めた。そのままそこに入る。フリータイムがドリンクバー込みで七百円。よくわからないけど、この辺りの相場からしたらすごく安いと思う。


「えっ……カラオケ、するの?」

「うん。美冬、歌、好きじゃない?」

「そういうわけじゃないけど。あんまりやったことないから」

「じゃあ、尚更、やろう」


 真雪はなぜかとても楽しそうだ。


 真雪は当たり前のように、受付でフリータイムを選んだ。個室に二人で入る。少人数向けの部屋だから、想像よりもずいぶん狭い。そして薄暗い。


 身体をほとんどくっつける形になって、座った。何だか緊張する。

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