銀色の降誕祭(4)

 美冬は今まで一度だって、誰かに触れたいと思ったことがないのだそうだ。だから、不意に触れてきた拓巳の手に違和感を覚えた。多分そういうことなんだと思う。


「ほんと、不思議だよね」


 言いながら、美冬は、私の手を取る。

 両手で包み込んだ私の手を、そのまま自分の胸元に近づける。

 また私の心臓が、ドキドキと波打つ。


「真雪の手なら、平気なのに」


 美冬は笑う。

 喉が、カラカラに乾く。水分なら十分とっていたのに。


「それは……私が、女だから、じゃないかな」


 喉の奥からやっと絞り出した言葉も、カラカラに乾いていた。


 と同時に、私も気づいてしまった。


 私が美冬に対して抱く『好き』も、美冬が私に対して思う気持ちとは、きっと大きく違うのだということに。


 美冬は多分、純粋に戸惑っているだけなのだと思う。

 きっと今まで異性に触れたことがないから、友達の『好き』も、恋愛対象の『好き』も、区別がつかなかったのだ。

 私は、そう思った。

 だけど、美冬は続けて言う。


「私、もう諦めようかな。恋愛、ちょっとはしてみたかったんだけどね。……やっぱり私には無理なのかな」

「そんなの、わからないよ」

「そうかなぁ」

「私も人のこと言えないけど。きっといつか、現れるよ。美冬が本当に好きになれる人が」


 精一杯、胸の痛みを堪えて言う。その人が誰になるのかわからないけれど、それでも美冬を応援したいと思った。


「うん。だと、いいなぁ」


 美冬は微笑む。涙は止まったようだった。





 いつの間にか、ずいぶん遅い時間になっていた。


「美冬、帰りの電車、大丈夫? 結構、雪降ってるみたいだけど」


 窓の外を見ると、思ったよりも早いペースで、雪が積もり始めていた。


「今日、うちの両親、家にいないんだ。クリスマスデート、なんだって」

「そうなんだ」

「だから、今日、ここに泊まっちゃ、だめかな?」


 いたずらっ子のように、美冬は笑った。

 見てみれば、美冬の荷物はずいぶん大きくて、もしかしたら、初めから泊まるつもりで来ていたのかもしれない。


 泣き疲れてお腹を空かせた美冬のために、私は作り置きのローストチキンを温め、タイマーセットして炊いておいたエビピラフを器によそう。


「真雪、すごいね。料理できるんだ」

「うち、母子家庭で、母親が仕事でほとんど家にいないし、家事は私の仕事だったからね」

「そっか、そうだよね。これ、すごく美味しい。なんか、私、今すごい幸せ」

「美冬はほんといつも、美味しそうに食べるね」


 温かい料理で、私達はすっかり元気になった。

 それから、なぜか作ってあった手作りのケーキを美冬に披露した後は、一緒にお風呂に入り、布団を並べて敷いた。


 午前0時、日付が変わった。

 もう寝ようと電気を消そうとする私に、美冬がストップをかけた。


「真雪、待って」

「うん、どうした?」

「お誕生日、おめでとう」


 美冬は満面の笑みで言って、私に小さな包みを手渡した。


「え、ありがとう。知ってたんだ」


 生まれてから十七回目のクリスマスは、今までの人生で一番、幸福な誕生日になった。

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