ローズクオーツ(3)

 朝の五時五十分から、テレビのニュース番組の最後に、星占いの時間がある。


 最近は、特に意味はないけれど、自分の星座である山羊座の部分を見てしまう。ついでに、先輩の牡牛座も。

 山羊座と牡牛座の相性が良いとか悪いとか、そういうの。


 多分一般的には、好きな異性を相手に占ったりするものなのだろうけど、あいにく私にはそういった相手はいない。

 だから多分これも、ただの代替案というか、嫌な言葉で言えば、疑似恋愛というやつなのかもしれない。


 今日の占いでは、山羊座の恋愛運がすごく良くて、好きな人とたくさん話せるでしょう、などという適当な言葉で締めくくられていた。

 たとえ当たらなくても、そんなふうに言われるとなんだか気分が良い。


 季節は夏で、今日は七月の合宿当日だった。

 いつもより少しだけ早起きして、重い荷物を持って学校に向かう。

 バスに乗って一時間ほどの距離にある、青少年宿泊施設で、二泊三日の合宿が始まった。


 合宿所に着いて、大きな楽器の搬入が終わると、まず全体合奏があり、その後はパートごとの練習になった。

 私と祐希先輩は、いつもの二人きりのパート練習。


 恋愛運アップの占いがなぜか、頭の中をちらつく。

 これじゃ、まるで恋する乙女じゃないか。


 浮かんでくる邪念を振り払い、私は練習に集中した。

 私服姿の祐希先輩は、心なしかいつもよりも綺麗だった。


 水色のシンプルなワンピースを着ていて、薄手の素材が、中学生にしては存在感のある胸元を強調する。

 どうしてなのか、そんなどうでもいいところが目に付く。

 私の頭の中は、相変わらず暇を持て余しているのか。


「真雪、どうしたの? 今日はなんか力が入ってるよ」


 祐希先輩が私の肩に手をかけて、揺さぶる。なんだか柔らかいものが背中に当たる。

 リラックスできるようにしてくれているのだが、ドキッとしてかえって力が入ってしまう。


「合宿だからって、緊張しなくてもいいよ。いつも通りで、ね」


 先輩はいつも通りに優しく笑う。

 その笑顔を見ていると、ちょっとずつ緊張も解けていった。


 夜の全体合奏が終わって、皆でお風呂に入る。

 どうしてだか、邪念にまみれた私の頭は、祐希先輩の方を見ないようにしようと思うのに、つい気になって見てしまい、大人っぽい水色のレースの下着を目にして、無駄にドキドキしたりとかしていた。


 他の一年生にしても、先輩方にしても、中学生というのは似たようなもので、誰々の胸が大きいとか小さいとかで盛り上がったりしていた。


 なんだか、落ち着かない。


 お風呂の後に、皆で布団を敷いて、寝転ぶ。

 消灯時間まで、先輩も後輩もみんなで顔を付き合わせて、トランプ大会をしたり、おしゃべりしたり。


 ついに話題はお決まりの恋バナになり、先輩方主導のもと、好きな人の話をさせられたりなどしていた。

 私の番が来た時、『好きな人は祐希先輩です』などと言うと、もちろんみんな冗談だと思って、笑ってくれた。


 いくら私でも、一般的には異性同士で恋愛をするものだという認識くらいは持っていた。

 だから、皆の期待するような『好きな人』の話は、憧れている同性の先輩の話ではなくて、多分、格好良い異性のクラスメイトの話とか、ファンクラブができそうなくらい人気の異性の先輩の話とか、そういうものなのだろう。


 だけど実際、『好きな人』という言葉から連想されるような、特別な存在は、私にとって祐希先輩くらいしかいたことはなかった。


 その人のフルートの音が好きで、一緒にいると少し緊張してドキドキして、笑いかけてくれるとすごく嬉しい。

 その感情が『好き』でなくて、なんだろう。


 気づいてしまうと、私の思考はそちらへそちらへ、寄って行きがちになる。

 『好きな人』がいる。

 恋かどうかはわからないにしても、その気持ちは、私を浮き足立たせた。


 合宿二日目は、ただのいつものパート練習でさえも、それはより一層、幸せな時間に感じられた。

 先輩の笑顔を見ているだけで、本当に満たされた。


 私の恋愛運とやらは、確かに占い通り、アップしていたのかもしれなかった。

 

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