杞憂の先には、虹がある(2)

「お姉さんっ!!」


「え……?」



 思うよりも先に手が動いて、

 彼女の両腕を掴んで、

 自分の方へと引き上げていた。


 あれほど

 合わせられなかった視線も、

 今ならじっと見つめられる。



「それは誤解です!!!


 雪さん以外に

 家族にしたいひとなんて

 いません。


 僕は、

 雪さんがいいと思ったから、

 あんな約束までしたんです。


 それなのに

 約束をほっぽりだして、

 裏切るような真似、

 僕がすると思ったんですか」



 責めるような

 視線に怖じ気づくように、

 けれど反抗するように

 お姉さんは僕から顔を背けた。



「だ、だって……雪生くん、

 つい最近まで

 引きこもりDCだったって

 仰ってたのに、

 毎日外へ出掛けられて、

 この前なんか、

『遅れちゃうから』と

 わたしの質問にも答えず、

 出て行ってしまわれた 

 ではないですか。


 それに……

 制服デートの一件以来、

 わたしを避けてますよね?


 拾ってくださった当初は

 あんなに親身に

 なってくださいましたのに、

 急に目も合わせて

 いただけなくものですから

 わたしは…………」



 井戸から湧出した水のように、

 とめどなく溢れ出してくる

 彼女の不満。


 それらのほぼ全てが、

 僕のせいだった。



 それ全部、お姉さんのことが

 好きになっちゃったからですよ。

 とは言えるわけもなく。



「ソ、ソンナコト、

 アーリマセンヨ??」


「嘘です……

 わたしが駄目な人間だから――」



 駄目だ

 聞く耳も持ってくれない。



 これは真実を打ち明けるのが

 一番なんだろうけど、

 そんなことしたら

 僕もただでは済まないし、

 この生活も

 続けられなくなるだろう。


 それは雪さんにとっても

 不本意のはずだ。



 どうしたものかな……待てよ?


 嘘を吐くのが駄目でも、

 全てを話さなきゃいけないって

 ことはないはず。それなら、


「あのですね、雪さん」


「どうせわたしなんか……」



 彼女はすっかり

 塞ぎ込んでしまっているが、

 彼女の言葉を

 否定しないものなら

 聞いてくれるかも知れない。

 その可能性に賭けよう。



「実はですね。


 僕、件の雛鶴さんのことがあって、

 女性と恋愛をするのが

 怖くなってしまったんです」



「本当、ですか?


 それならわたしが

 ここに居候するのは

 迷惑なのでは……」



 不安げな彼女の視線が

 こちらを向く。



「本当ですよ。


 雪さんと暮らす分には

 支障が無い程度だし、

 このままじゃ駄目だと思って、

 克服するために

 色々調べ事をしていたんです」



「では、最近よく

 出掛けられていたのは

 そういった理由で?」



「そうです」



 嘘ではないし。



 まだ少し懸念が消えない様子の

 彼女の誤解を解きたくて、

 もっと近付きたくて、

 意識させたくて。


 僕はまた無意識に

 とんでもないことを

 口走っていた。



「だから雪さんに、

 恋愛的な女性不信を

 克服できるように

 デートの練習に

 付き合ってくださいって

 言いたかったんです」



 平静を装ったまま、

 踊り太鼓の僕。


 しかしお姉さんは

 驚きも呆れもせず、

 ほっとしたような顔付きになって、

 少しだけ虚しげな表情を見せると、

「いいですよ」と承諾してくれた。



「あ、でも、場所は

 お姉さんが

 好きなとこにしましょうね? 


 そうじゃなきゃ、

 デートの練習には

 なりませんから」



 初めてのデートを前に、

 どうリードしていいか分からず

 あたふたする僕だったが、



「なら、アフタヌーンティーに

 行ってみたいです。


 それと……

 さっきわたしのこと、

〝お姉さん〟って

 呼ばれましたよね?


 お詫びとして、

 アフタヌーンティー代、

 奢ってくださいね?」



 と意地悪そうに

 微笑んでくれた。



 その粋な計らいと、

 魔女的な笑みが

 大人っぽさを感じて……

 童貞の僕には刺激が強すぎて、

 鼻血が出そうになったとさ。


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