第10話 ガマ人間
はぁ。
はぁ。
はぁ。
レモンが息を切らし、上半身を起こす。
「レモン様、大丈夫ですか?」
「ガ、ガマが……」
「ガマ?」
「あぁ、みかんの結婚相手はガマ人間だった。早く、夢の中に戻って結婚を止めないと!」
青ざめた顔。
震える唇。
いつものレモンとは、まるで別人だった。
「私が行きます」
「アスパラが? お前、戦闘系魔女じゃないだろ!」
「えぇ。でも、今の状況を考えると百戦錬磨のレモン様より、私の方が勝算があります」
「ふざけるな! いいか、あいつを倒すのは私だ!!!」
「ガマガエルを見ただけで全身が硬直して動けなくなるのに、どうやって戦うおつもりですか?」
「い、今のは……。想定外の敵の姿に驚いただけだ」
そう話すレモンの手は、震えていた。
「レモン様、どうしてそんなにガマガエルがお嫌いなのですか?」
「どうして……? 考えたことはない。生理的に嫌いだとしか――」
「苦手なもの。苦手なこと。それには何か理由があるはずです。レモン様を見ていると、生理的に苦手なだけではなく、ガマガエルに対する怒りも感じます。恐らくは、過去生に関りがあるのでしょう」
「過去生……?」
「はい。でも今は、過去生療法をしている時間はありません。私が、みかん様の夢の世界に入ります。私の体に異変がありましたら、すぐに起こして下さい」
「——わかった」
レモンは、渋々承諾するしかなかった。
夢の世界へ入ったアスパラは、二次元的世界観に一瞬戸惑う。みかんが、どうしてこの世界のいびつさに不信感を抱かなかったか、不思議に感じた。みかんの気配を辿り小さな張りぼて教会に着くと、紙人形神父の前でみかんが紙にサインをしようとしていた。
「みかん様!!!」
振り返ったみかんの目は、正気を失っていた。
「アスパラ様? お祝いに来て下さったのですね」
弱々しく微笑むみかんの傍ら立つ新郎は、確かにガマ人間だった。
「みかん様、サインをしてはなりません! 新郎をよく見て下さい、人間ではありませんよ!!」
「なにを言うの? たけるさんが人間じゃないなんて――」
焦点の合わないその眼で、みかんはたけるを見つめる。
「みかん様、第三の目でしっかり見て下さい! この張りぼての異様な世界に早く気づいて下さい!
ビュッ
ビローン!
突然、アスパラの首にガマ人間の舌が巻き付いた。
「くっ」
アスパラの顔が歪む。両手で、巻き付いた舌をほどこうとするが、きつく絞められていた。
「たけるさん、アスパラ様に何をするの⁉」
『僕たちの仲を裂く者は抹殺する!』
ガマ人間の言葉が、頭の中に響く。どうやら、テレパシー会話のようだ。
「そんな恐ろしいことはやめて下さい」
「君は、僕と結婚したくないの?」
「したいわ! でも……」
その刹那、張りぼて教会の上空からレモンが現れた。
「み~か~ん!! これを持って、その男をよく見てみろぉー!!!」
テニスボールぐらいのクリスタルボウルが、みかんに向かって放り投げられた。みかんは慌ててキャッチし、クリスタルボウルを両手で握り締めた。
「クリスタルボウルが壊れたらどうするんですか!」
そう怒ったみかんの体を、七色に輝く大きなエネルギーが包み込む。低下していたチャクラレベルが上昇した。みかんの意識がはっきりし、その目にはイケメンのたけるではなく、気持ち悪いガマ人間が映った。
「えっ?」
正気を取り戻し、驚くみかん。
「どりゃー!!!」
レモンが、クリスタルソードでアスパラに巻き付いた舌を切る。
「ぐほっ、ぐほっ」
咳き込むアスパラ。
「アスパラ、大丈夫か?」
「——はい、なんとか。レモン様、どうしてここへ?」
「お前が苦しそうにしてるから、何度もたたき起こそうとしたんだよ。でも、全然起きないから慌てて入って来た」
「ではこの勝負、絶対に勝たなくてはなりませんね」
「あぁ、はなからそのつもりだ。百戦錬磨の私が、負けるはずがない!」
「その割に、震えていますよ」
「うるさい、武者震いだ!」
状況を全く読めないみかん。
「あのぅ、たけるさんは?」
「……たけるの正体は、そのガマ人間だよ。まだわからないのか?」
「ええええええええー。嘘よ、嘘ですぅ。私、あんな人とお付き合いしていません。プンプン」
「プンプンって……。お前まだ調子悪いのか?」
ビュッ、ビュッ、ビュッ
奇妙な音と共に、ガマ人間の口から小さなガマガエルが吐き出された。三匹のガマガエルが、レモン・アスパラ・みかんの顔に張り付く。
「○×△~~~ギョエーーー」
そのまま失神するレモン。
「レモン様~~~。あぁ、こうなったら私が……。えっと、ガマガエルの天敵って何だったかしら? 鳥? 蛇? そうだ! 両方召喚すればいいんだわ。召喚の呪文は――」
アスパラは必死にガマ人間と戦おうとするのだが、なにせ実戦経験がほとんどない。ガマ人間は隙だらけのアスパラを相手にするより、みかんに目を向けた。
『みかんさん、そのクリスタルボウルは危ないよ。今すぐ、叩き割った方がいいよ』
「あなた私を騙していたの?」
『何を言っているの? 君は今、まやかしを見せられているんだよ』
「嘘よ! 私もう、騙されないわ」
『そうか。じゃ、この女がどうなってもいいんだな?』
ガマ人間は、アスパラの首にまた舌を巻きつけている。どうやら、切られても舌はすぐに再生するようだった。
「うっ……」
息ができないアスパラの顔が血の気を失っていく。
『この女を助けたければ、この誓約書にサインしろ!!』
「だ、だめ……。みかんさ……ま」
『みかん、お前がサインすれば二人は助けてやる。悪い話じゃないだろ?』
サインすれば……
私さえ我慢すれば……
二人は助かる。
二人を助けなきゃ……
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