23話 体育祭前日
学校の授業を終えた俺はいつものように目にもとまらぬスピードで教室を飛び出してマイホームへと帰宅した。家に着いてからは適当にゴロゴロしつつ、休憩を終えた所で俺は液タブを起動して、適当に頭に浮かんだ女の子のイラストのラフを描いていく。
あーあ、俺も仕事途切れない売れっ子イラストレーターになりてぇな……なんて思いながら椅子の背もたれに体重を乗せる。
つーか明日はいよいよ体育祭か、ぶっちゃけ行くのメンドクセェな。
俺がサボっても特にクラスに影響を及ぼすわけでもないし、行くの止めちゃおうかな。
でも行かなかったら藤原先輩に怒られそうだ。あの人なんやかんやで真面目だし。
まぁ生徒の模範であるべき生徒会長なので当たり前なのだろうけど。
そんなどうでもいい事を考えながら俺がイラストを描き続け小一時間、外が暗くなり始めた辺りで玄関の方から扉が開く音がした。
どうやら彼女が家に帰ってきたようだ。
「はぁ~疲っれたぁ~。私もう無理かも~」
部屋に入ってきた藤原先輩はスクールバックを地面に落として、カーペットの上に寝っ転がる。幾ら何でもフリーダム過ぎるだろ……。
「お疲れっす藤原先輩、いつもより遅かったすね」
「体育祭の準備とかに時間かかったからね。明日も朝からリハーサルあるし、早く学校に行かなきゃだから憂鬱だな~」
うへぇ、やっぱり生徒会ってめんどくさいんだな……。
体育祭実行委員ならまだ分かるが、生徒会は学校全体で行うあらゆる行事に何らかの形で仕事が割り振られるのだろう。社会人が怖い俺にとって高校生にして仕事する先輩には畏怖の念を抱いてしまう。しかも労働力の割に賃金は一銭も出ないしな。
まぁこんな打算的な事ばっか考えているから俺は駄目なんだろうけど……。
にしても、こういう頑張っている人を見ると口が裂けても明日サボりたいだなんて言えなくなってしまう。
「色々大変っすね先輩も……」
「うんそうだね……って立花君またさっき藤原先輩って言ったでしょ。私のことは千春っって呼ばなきゃ駄目だよ。一応家族なんだし」
……バレたか。まぁ藤原先輩の言う通り家族をいつまでも『先輩』呼ばわりするのはどうかと思う。
最近家でそのことを注意されたのだが、やはり彼女の名前を口にするのは抵抗がある。
「分かりましたよ……ち、千春さん」
「うん、良くできました。偉いね立花君は」
完全に子ども扱いされてるな……まぁ俺の方が年下だからしょうがないか。
「ところで立花君、私、最近生徒会の仕事で疲れているんだけど」
「はぁ……」
「可愛い弟君がどうにか癒してくれないかな~って」
意味ありげに藤原先輩がそう口にした。っても俺に出来る事なんてあるだろうか……。
「何して欲しいんすか?」
「んーっとね、マッサージ!」
「まぁ少しだけならいいっすよ」
俺は直ぐにそう返事をした。実際藤原先輩が頑張っているのは本当だしな、ちょっとぐらいなら彼女を労わってあげようという気持ちも湧いてくる。
「本当に? じゃあ早速だけどお願いしちゃおうかなー」
機嫌良さそうにしながら藤原先輩がカーペットの上で仰向けになる。
仕方ないので俺は作業椅子から立ち上がって彼女の元に足を運ぶことにした。
「ほーら立花君、早く、早くー」
そんな事を言いながら藤原先輩がその場で足をパタパタさせる。
……お尻のラインが少し透けているせいか大分エロイ。
ついでにスカートが捲れそうだった。まさに目に毒という光景である。
「急かさないで下さいよ。つかパンツ見えそうなので止めて欲しいっす」
「えー別に家族なんだし、少しぐらいなら良いんじゃない?」
「千春さんが良くても俺は嫌なんすよ」
「つれないなぁー」
藤原先輩はこう口にするが、何だかんだで一線は超えさせない雰囲気がある。
俺をからかいつつも貞操観念が高いとかマジで悪魔的過ぎるぜ。
最初の頃は俺も戸惑っていたが、最近はもう慣れた。
多分これが俺と彼女のコミュニケーションの形って奴なのだろうと無理やり納得させたのだ。
同居することになって始めは不安もあったが、既にもう一か月半が経過したのだ。
何だかんだで上手くやれていると俺は思う。
「じゃあやりますよ、よいしょっと」
ひとまず俺は藤原先輩の足を手に持って、足裏に対して指先を駆使して力を込める。
俗に言う足つぼマッサージという奴だ。
その後に俺は彼女の背中や腰、肩をほぐす。
「んっ……気持ちいいかも」
「なら良かったっす」
まさか藤原先輩と初めて学校の屋上で話した時はこんな事になるとは夢にも思わなかった。親の都合で同居することになって今はマッサージをしている……ちょっと前の俺では想像もつかないことだ。まさに運命の神様って奴はつくづく気まぐれな何だと思わされる。
そんな事を考えながら俺は彼女の首筋辺りを指先でほぐす。
にしても、これがJKのうなじか……。フェチというか、ぶっちゃけ俺はこの部分が好きだ。たまにイラストでも女の子が髪をたくし上げてうなじを見せるシーンを描いたりする。言葉じゃあ上手く説明できないけど、何故か異常なまでに魅力があるんだよな。
と、どうでもいい事を逡巡しているうちに、俺は良い事を思いついてしまった。
いつもからかわれているばかりだし、偶にはこちらから仕掛けてみるか……。
そう考えた俺は早速行動に移すことにした。俺は彼女の首筋を指先でくすぐるように柔らかくさすった。すると直後に彼女が声を上げる。
「やんっ! ちょっと立花君! どういうつもり?」
「すみません、手が滑りました」
「も~う絶対ワザとなんだから。次は私が立花君をマッサージしてあげる」
「や、別に俺はいいっすよ」
「いいから。ほら早くうつ伏せになって」
身体を起こした藤原先輩が俺の背中を押して強引に立場を逆転させようとする。
俺は抵抗する間もなく地面に倒れ込むことになった。
「ふふっ、どう調理してあげようかしら?」
「マッサージするんじゃなかったんすか?」
「冗談よ、ちゃんとやるから楽にしてて」
藤原先輩がそう言うので俺は仕方なく彼女に言われるがままに身体の力を抜いた。
その直後、背中に気持ちの良い感触が走った。
「そういえば立花君、明日は何の種目に出るの?」
「二人三脚っす。種目決めの時に寝てたら勝手に決められてました。ムカついたのでバックレようか迷ってます」
「それ自業自得じゃない。クラスに迷惑をかけるのは良くないと思うなー」
「そうっすかね? まぁ気が向いたら参加しますよ。それより千春さんはどの種目に参加するんすか?」
「私は借り物競争。何か楽そうだし、それにしちゃった」
おいおいすげぇな。俺が真っ先に切り捨てた選択肢を藤原先輩は選んじゃったのかよ。
まぁそりゃそうだよなぁ、彼女の場合、顔が広いから誰かにモノを借りるというのは簡単な事だ。それに相手も彼女なら喜んで貸すだろうし。
「千春さんにピッタリっすね。俺も本当はそれを選びたかったんすけど」
「ふふっ、でも二人三脚だって楽しそうじゃない。そういえば一緒に走る相手は誰なの?」
「あー、七宮っすよ。二人三脚といっても男女混合なんで」
「へぇー幼馴染ちゃんかー。結構意外かも……最近あの子、全然家に遊びに来ないけど仲良くしてる?」
「何とも言えないっすね。学校ではあいつ、リア充メンバーに囲まれてるんで。殆ど話さない上に俺があいつを避けてるから……」
「えー立花君酷いー。それじゃあ咲良ちゃん可哀想だよ。折角幼馴染と運命的な再会をしたのに勿体無いなぁ」
「運命って……千春さんはそういうの信じるタチ何すか?」
「そりゃあ多少はね。因みに私と立花君が義理の姉弟になったのも運命だと思ってるよ」
「……そんな恥ずかしい事良く口に出来ますね」
「お、立花君照れてる照れてるー」
上機嫌に藤原先輩がそう口にしてきた。結局こうなってしまうのか……。俺はいつも最終的には彼女にからかわれる立場に置かれてしまう。
にしても運命か……。
確かに偶発的な事は自分自身では操作できない故に、そう捉えることが出来ると思う。だけど俺はいつだって自分で考え、行動し選択肢をしてきた。
その結果が今の俺だ。
だから仮に将来、現状を悔いることになったとしても俺は安易に運命何て言葉のせいにして逃げたくはない。いつだって最後はその結果の責任は自分で背負いたいのだ。そんな意味のないことを考えながら俺は彼女からのマッサージを施されていた。
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