14話 幼馴染とミドルネーム

 あれから数十分が経過した。藤原先輩がふざけて許嫁などとホラを吹いたせいで一時はどうなるかと思ったが、必死の弁明をする事で何とか七宮は俺と先輩が再婚して姉弟になったという事を分かってもらえた。


「つまりハル君と千春先輩は親の再婚をする事で仕方なく同居するハメになって、二人は恋人関係ではないんですね?」


「大体それで合ってる」


「そっか、なら良かったし……」


「全く幼馴染ちゃんってば、話の理解が遅すぎると思うわ」


 やれやれという態度で藤原先輩がそう口にする。

 いつもは真面目な彼女であるのに七宮に対してはずっとからかう事ばっかりに集中している。一体何があったんだよ……。


「藤原先輩が嘘つかなければここまでこじれなかったすけどね」


「だって咲良ちゃん可愛いんだもん。妹みたいで」


「こ、子ども扱いしないで欲しいし! というかハル君、千春先輩と付き合ってないなら今度私と遊びに行かない?」


 急に何を言い出すかと思えば、まさかのお誘いだった。

 もちろん俺の答えは……。


「いや、行かねぇし」


「あーあ、咲良ちゃん振られちゃった。可哀想に……」


「千春先輩は黙ってください! てかハル君何で断るの? 今週末とかどうせ暇でしょ?」


「暇かもしれんが、そもそも外に出るのが嫌だ。お外怖い、週末は家に籠るに限る」


「じゃあ仕方なく家で妥協してあげるし! それなら問題ないでしょ?」


「急な用事を思い出した気がする」


「絶対嘘だし! どうしてハル君そんなに冷たいの? 昔と全然違うし……」


 しゅーんと七宮が俯いて落ちこんでしまった。流石に虐め過ぎたか……。

 だが俺の返事は変わらない故にこういう態度を取るしかない。


「小学生の頃の俺とは違うんだよ。七宮がイギリスに行ってる間に俺も変わったんだ。それにお前にはクラスにちゃんとした友達が居るだろ? そっちと仲良くしたらいいじゃねーの?」


 お節介かもしれないが、七宮は俺と関わる前にやるべき事があると思う。それは転校してきた彼女が新しい学校で生活する中で他のクラスメイトと関係を築くことだ。幼馴染であるからといって、他の人をないがしろにするのもどうかと思う。折角リア充メンバーたちに人目置かれたんだし。


「ハル君には関係ないじゃん。誰と仲良くしようとあたしの勝手だし!」


「なら誘いを断っても俺の勝手だろ」


 意表返しという形で俺は先程の七宮からの誘いをやんわりと断る。

 すると彼女が頬を膨らませながら不貞腐れる。そんな顔をしても駄目だっつーの。


「そんな事言うなら学校中に千春先輩と同居している事言いふらすし!」


「お前それはマジで止めろよ」


「なら遊びに行こっ! そしたら問題解決だし」


「くっ……脅すなんて卑怯な真似を」


「え、別に脅してないし……ただあたしの機嫌を損ねたらうっかり口が緩ませちゃうかもしれないって言っただけだし」


 それを脅しって言うんだよ。まぁコイツに何を言っても無駄か……。


「立花君行ってあげなよ。折角こんな可愛い幼馴染が誘ってくれてるんだしさ」


「先輩まで……」


 まさか藤原先輩が七宮の味方をするとは思わなかった。いや彼女も俺と同居していることを言いふらされるのは困るのだろう。

 いずれにせよこれで二体一の劣勢。

 なら仕方ないか……。


「分ーかったよ。行けばいいんだろ。その代わり俺と藤原先輩の事は他の人には絶対に言うなよ」


「うん! じゃあ今週の土曜日空けておいてね!」


 という訳で結局七宮と約束をしてしまった。あぁ……さよなら俺の休日。


「話も纏まったし、暗くなる前に咲良ちゃんを帰した方が良いんじゃないかしら?」


「そうっすね。この後俺が夕食作らないといけないし……」


 すっかり忘れていたが、今日の料理担当は俺なのである。

「な、ハル君の手料理、あたしも食べたいな……。あーでも家に連絡してないし、今日は無理かなぁ……」


「確か七宮の親って厳しかったよな? 今日は帰った方が良いんじゃねーの」


「うんそうする……でも今度あたしも夕食食べるし! これも約束ね」


「分かったよ。じゃあとっとと帰ろうぜ。じゃあ先輩、ちょっとコイツを送ってきます」


 夕食の食材を買い忘れたし、外に出る分には丁度いい機会である。

 つーわけで俺と七宮は家を出た。


 ※※※※


 日が沈んだせいで辺りはすっかり暗くなっている。その中でも設置されている街灯だけが暗闇の中で光り輝いていた。


 俺は七宮と一緒に彼女の家の傍へと歩いていた。彼女の実家は俺の家から五分ぐらい歩いた所にある。だからそこまでの苦労はない……。にしても幼馴染と急に再会するとは思わなかったぜ……。そんな余計なことを俺が考えていると、隣の彼女が口を開いた。


「ねぇハル君、どうして学校であんな態度取ったの? あたしの事嫌いになった?」


 今朝の事を掘り返してきやがった……。

 もうその話は終わったと思っていたんだがな。


「別に嫌いとかじゃない。急に七宮が現れたから驚いただけだ」


 まぁ色々と理由はあるが、こう言っておけばいいだろう。


「ふーん、じゃあハル君は照れ隠しでああいう態度を取ってたんだ。このツンデレめっ!」


 ドッと俺の脇腹をつついてくる。……どうしてそういう結論になる。

 つーか男のツンデレとか需要ない上に気持ち悪いから認定してくるのマジで止めて欲しいんだけど。


「うるせぇっつの。七宮だってクラスメイトに対して猫被っていただろうが」


「あれは仕方なくだし……最初の印象とか大事だから」


「そうかよ……つか、いつの間にか家着いたな」


 住宅街にある豪奢な一戸建てが七宮の実家である。

 家の正面にある門で俺と彼女は別れることにした。


「うん、わざわざありがとねハル君」


 別に大したことはしてない。あくまでも買い物のついでだ、ついで。

 そう俺が内心で思っていると、家の門戸に向っていたはずの七宮がふとこちらに振り返る。


「み、ミドルネーム……」


 七宮が急にそんな事を言い出した。


「は?」


「昔はミドルネームで呼んでくれてたじゃん。今みたいに苗字で呼ばれると距離感ある気がして何か嫌だし……」


 七宮・エリー・咲良。そういえば彼女にはミドルネームがある。

 確かに小学生の頃はエリーって呼んでいたような気がするけど……。


「別に呼ぶ名前なんてこだわる必要無いだろ」


「そんな事ないし! 他の人は苗字とか名前で呼ぶけど、ミドルネームを知ってるのはハル君だけだから……特別、なの……だから前みたいに呼んで欲しい」


 若干顔を紅潮させながら七宮がそう口にする。

 そんな表情をされたら俺も断りづらいっつーの。

 流石にここで俺が拒否するほど鬼の子でもない。

 まぁあれだ、昔の呼び方に戻るだけだ。何の問題はない。


「分かったよ、じゃあなエリー。また学校でな」


 俺が七宮にそう言うと、彼女が驚いたような顔をしながらこちらを見る。

 なんだよ……ただミドルネームで呼んだだけだろうが。


「うん! またねハル君!」


 そう言い残して七宮は家の扉の方へ帰っていった。

 俺はその様子を見てから踵返す。

 あいつは相変わらず変わってないな……。

 そんな事を思いながら俺はその場を後にした。

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